ダンジョンに入りました
リーデハルトは替えの利かない唯一のギルド職員である。超高難易度ダンジョンを攻略し転移魔法を連発出来る彼はまさしく最強と呼べるだろう。これがハイスペックチートか。
ダンジョン内に足を踏み入れると、そこは一面の雪景色だった。見渡す限りの銀世界。かろうじて見える道にも薄く雪が降り積もり歩くたびに足跡を残す。踏み締めるごとにしゃりしゃりと音がなる雪道を歩きながらタンバは腕を擦った。いくら対策として防寒着を着込んだところで寒いものは寒い。魔力放出により顔の露出している部分を覆って寒さを誤魔化しているとはいえ、魔力にも限度がある。今回は最下層の宝物殿まで潜る予定なのだ。無駄な出力は避けたかった。
「ハルト様、大丈夫ですか?」
心配そうにニワがリーデハルトに問い掛ける。二人は防寒着を着込み多少着膨れていたが、リーデハルトは普段のギルド職員制服のまま。筋肉質な二人と違って彼は男性の中では随分と華奢な部類に入る。薄いローブを羽織っただけのリーデハルトにタンバもニワもやはり一度戻った方が良いのではないかと進言する。
「ん? ああ、全然大丈夫だよ。これでも元冒険者だから、気温遮断の術は心得ているからね」
魔力を薄く体に沿って張り巡らせる気温遮断。ただの魔力放出より無駄が少ないそれは精密な魔力操作が要求されるが、やはりリーデハルトはいとも容易くこなしてみせた。
実際にはそんなことしなくても彼は寒暖差に強い。異常耐性どころか異常無効化を持つ彼はおよそ人間らしい感覚が薄いのだ。例え寒さで手足や頬が凍り砕け散ったとしても、凍えた血液が欠片となって舞い散ったとしても。「割れちゃった」と笑えるぐらいには。
最強に近付くほど痛みなど感じなくなる。神に近付くほど人の感覚は薄れていく。「人間離れした力」というのは文字通り人間から離れていくのだ。人の皮を被った人でなし。もはや人と呼べない人から外れた存在。英雄も災厄もすべからく人外である。
リーデハルトの倫理観や常識は上辺だけをなぞった薄っぺらなものであるが、それでも彼が神にならず、人でなしのくせに人として生活できているのは薄っぺらな博識のおかけだった。その自覚が彼にはあった。だからこそリーデハルトはSランクの同胞に倫理を説くのだ。彼らが人であるように。彼らが神にならぬように。
よく楽しさと面白さに負ける刹那主義のリーデハルトも同胞には酷く甘いのだ。
「ハルトさん、こっち階段ありました!」
「今回はダンジョンボスの強さで査定するんですよね。探索せずに進むだけでいいなら、最下層手前まで三日かからないかも」
二人は往復合わせて一週間分の食料と水を持ってきていた。タンバが食料を、ニワが水を、それぞれ三人分詰め込んだ上で自前の武器とダンジョン内で泊まるのに必要な日用品を持ってきている。容量はそれで一杯になってしまっため、もし足りないものがあればダンジョン内で調達するしかなかった。一週間以内に査定が終わる予測に彼らは安堵の表情を浮かべる。
リーデハルトはぶっちゃけさくっとダンジョンボスまで転移してさくっと倒してさくっと宝神器見付けてさくっと日帰りするつもりであったのだが、どうやら二人がやる気に満ち溢れているのでとりあえず任せることにした。