思い出は美化されました
リーデハルトは犬猫と同じ感覚で人を拾ってきてはダンジョンへと放つギルド職員である。装備一式は経費で落ちるし、なんなら自分でダンジョン攻略して大量ドロップすら可能なので売却すれば物価の乱高下で風邪を引きそうだ。元いた場所に返してきなさい。
Bランク冒険者のタンバとニワは綺羅綺羅しい目でリーデハルトを見詰めていた。約五年振りに命の恩人との再会である。過去の思い出は大抵美化されるものだが、二人のそれは著しかった。
大した特産品もない村から憧れの帝都へ移住したが仕事を見付けられず、その日に食うものすら困る貧窮状態時の二人に、リーデハルトが手を差し伸べて冒険者としての道を教え知識と装備を与えた、というのが実際の出来事。
しかし二人にとっては「命の危機に瀕した自分達を拾い上げ、世話をし、知識を与え、貴重である冒険者用の装備品まで譲り渡してくれた施しの英雄」という認識だった。
一方リーデハルトはそうでもない。事実は事実のまま記憶しており、その記憶は感情に左右されない。彼は瞬間記憶能力を持っているため一度見たものは全て覚えられるからだ。
しかし何もかも覚えているままだと普段の行動処理に時間がかかる。そのためわざと記憶の奥底に沈め、必要な時のみ検索するように思い出す。
ただその検索が面倒なので基本は沈めままにしていた。それ故に彼は過去を振り返らない質である。
生まれつき膨大な魔力を宿し、それに耐えうる器を持つリーデハルト。彼だからこそ可能な技術であり、普通の人間ならば発狂するか脳の処理が追い付かず廃人と化していただろう。
覚えている記憶に差異があると理解しているリーデハルトは基本人の言葉を否定しない。自分にとっては違うけれどその人にとってはそうなのだろうと。
どこまでも他人事の感覚でいる彼はある種泰然としていた。それは時として周りの者から「多くを語らない素晴らしい人格者」として崇められる。
彼は慇懃無礼の刹那主義だが、周囲の人間は彼の言動からつい、かの青年を美化しすぎるのだ。
「ハルトさん……俺、ずっと貴方に会いたくて…………貴方のおかげでここまでこれて……そんで……うぅっ…………」
ダンジョンに入る前から既に号泣しているタンバ。ニワもその後ろで涙ぐんでいる。
装備はリーデハルトがダンジョンに放った当時の物ではなく、上級冒険者らしいものに変わっていた。
しかし青年がお守りとして特に深い意味なく渡した青と銀の糸で編まれたミサンガは、落とさないように革のベルトに巻き付けられていた。擦りきれてはいたが五年も無事でいるミサンガの方に驚くリーデハルト。中々に酷い。
「Bランクに昇格したのは君達が努力したからだよ、私はただきっかけを与えただけ。二人とダンジョン探索なんて懐かしいね。今日は一緒に頑張ろう」
当たり障りのない話を口にしつつ号泣の理由に思い当たらないリーデハルトは表面上苦笑しつつ、涙腺でも緩いのだろうと特に気にしていなかった。
その姿にタンバは「何て控えめで奥ゆかしい人だろう、一生着いて行きます」と誓いを新たにしていた。ニワもまた「自分の行動を自慢せず奢らないなんて流石はハルト様、どこまで素晴らしい人なんだ」と感激していた。
二人とも見当違い甚だしい。リーデハルトは見た目で得するタイプのようだ。