リミアの気がかり
ジーンと私リミアの二人は一緒に『山と湖の国タイターナ公国』へ七歳の誕生日の次の日に留学することが決まりました。
魔法はこれまで使えていた転移など殆どのもの使えないらしいです。
まぁ、それも元々、王城内と屋敷内以外では普段から転移は禁じられていたし、歩くのが嫌いなわけではないから、多少面倒という事はあっても、まぁ、慣れれば大丈夫だと思うのですよ。
多少の不安もあるけど楽しみな気持ちの方が大きかったのです。
ただ一つだけ気がかりなのは許嫁ティムン・アークフィルお兄様の事なのです。
十一歳年上の生まれた時からの許嫁ティムン兄様は今年十八歳。
十歳でラフィリル王国内の学園の騎士学科に入学し首席で卒業後、高等科で魔導騎士科に進み今年の
春には卒業を予定している、国王陛下や将軍であるお父様からも期待されまくりの有望な人材なのです。
学園に席を置いている間は身分も伏せている為、社交界にも出ていなかったけれど卒業と同時にティムンお兄様は、国王直々に何らかの職を賜り、社交界にも顔を出すことになるでしょう。
美しい顔立ち、すらりと伸びた手足、オレンジ色の髪の毛とはちみつ色の瞳は、社交界でも噂の的になり、世のご令嬢達もほっておかないだろうとお母様とお父様は呑気にも、楽しそうに話していました。
『冗談じゃない!』なのですわ!
お兄様は私の、私とジーンだけのお兄様ですのに!
お兄様は私の許嫁で私の将来の夫となる方!
それなのにっ!それなのにっ!
えっ?生まれた時からの許嫁なんて嫌じゃないかって?
そりゃ、好きになれそうもない相手なら嫌でしょうとも!
でもティムンお兄様は本当に素晴らしいのですよ!?
見た目も然ることながら何といっても優しく穏やか、それなのに騎士学科主席と言う知力実力を兼ね備えた『文武両道』『質実剛健?』とかいうすごい人なのですわ!
言葉が難しくてよく分からないのですが、強くて頭も良い人の事だとお父様がおっしゃっていました。
あまり人を褒めたりしないお父様が手放しに褒めるのですからお兄様は本当にすごい人なのです!
そんなお兄様が社交界デビューなんてしたら!
ああ、考えただけでも恐ろしい!
見た目も良くて頭も良くて、しかも強くて優しくて!挙句の果てに今まで隠していた身分、公爵家嫡男だと知れたら、それこそ貴族のご令嬢達が色めき立つのが子供の自分にも分かるというものです!
許嫁とはいえ自分はまだ六歳、親が決めた婚約など覆してしまおうという令嬢達が出てくるに違いないのです。
ちなみに最近は貴族間でも恋愛結婚が増えて来ているようで、女性側の不名誉を守る為の救済措置として女性側が社交界デビューする前での婚約破棄は普通に認められているらしいのです。
まったく余計な『救済措置』などいらぬお世話と言うものなのです!
そりゃあ、まぁ、それで救われるご令嬢はいるにはいるのでしょうけれど…。
私にとっては正直、いい迷惑というものです!
言わば、社交界デビュー前の婚約など、いざティムンお兄様に好きな女性が出来ようものなら、いつでも白紙に戻されてしまう可能性『大』なのですから!
なんて恐ろしいっ!
自分が留学なんぞしている間に横からどこぞの令嬢に持っていかれでもしたらどうしよう!などという心配がにわかに湧いて出てきたのです。
そう、留学が決まった後の他愛もないそれも家族との会話の中、父母の一言で私は奈落の底に突き落とされたような気持ちになったのです。
もちろんお父様お母様に悪気がないのは、分かっております。
むしろ逆なのです。
いつだって、お父様お母様はわたしやジーンの事を思って下さっています。
そして血族で姫(女性)である自分が特別な目で見られていることも、何となくは理解しています。
希少な存在だと言われていますものね。
お母様は優しく慈しむように私に言いました。
「学園で好きな男の子が出来たら言いなさい。それなりの相手であればティムンとの婚約は解消できるから」と…。
「え?それは、どういう意味ですの?お母様」
私は耳を疑いました。
何を言いだすのですかと!
「そうだな、そもそもティムンとの婚約は名目上で生まれたばかりのお前への王族や他の貴族たちからの煩わしい求婚の打診を断る口実が欲しかったというのが一番の理由だったからな」
「は?」
「そうよね~血族の姫ってだけで、王家から王子の婚約者候補として名前を挙げられたりしては後々大変だものね。ティムンがまだ生まれたばかりのリミアの許嫁になってくれて本当に良かったわよね~ティムンは賢い子でリミアを守る為の名目上の許嫁も快く引き受けてくれたしね」
「め、名目上の許嫁?」
私は愕然としました。
まさに信じていた繋がりが足元から崩れた瞬間でした。
「そうよ、だからね。リミアはリミアの好きな人を選んでいいのよ?もちろん、リミアに相応しい人格や品格、能力は備えていないと何かと差しさわりはあるけれどね」と母はほほ笑んだ。
「そうだな、ティムン以上の奴なら俺も認めるぞ」と笑いながら父は言ったのである。
留学先も決まり夢と希望でいっぱいだったのはつい昨日の事だった。
今は留学どころではなくなり、泣き出しそうになるのを堪え、もう眠くなったので…と、談笑を続ける父母を残し弟のジーンと一緒に子供部屋へと戻ったのでした。
お兄様は…お兄様はもともと名目上だけの仮の許嫁のつもりで婚約を承知したの?
いつでも解消できるから?
そう思ったら部屋に入った途端に目から涙がとめどなく溢れ出したのでした。