留学先とお目付け役
家族で話し合った結果ジーンとリミアの留学先は、隣国ジャニカ皇国から海を隔てた先にある山と湖の国タイターナ公国に決まった。
この国に決まった一番の理由は四方を高い山に囲われている為、外界との関わりが少ない割に、星読みと魔物の研究が進んだ国で、身分をかくして過ごすにはうってつけだという点である。
要するに物凄く、のどかな田舎の国なのだ。
ラフィリルで主流の精霊信仰も薄く、その土地独特の竜神信仰がありラフィリルの伝説もこの国までは届いていないので当然、ジーンやリミアの事など知る筈も無い。
また意外にもこの国の魔法学の水準は高く、現在、その教育基準が最高峰と言われているジャニカ皇国に次ぐ国であることも大きい。
(ラフィリルは、この世界のはじまりの国とは呼ばれているが、こと『魔法学の教育水準』においてはジャニカやタイターナの方が上なのである)
しかも、この世界でも希少な翼竜や湖竜などもいて、ドラゴン研究者が集う国としても有名で、各国からの融資で建てられた研究機関もあり必然的に諸外国からはマニアックな変わり者が集まる事で有名な国だったりもするのである。
***
「「えっっ!船旅!ですか?」」
子供達は母ルミアーナに聞き返した。
「ええ、そうよ。魔法で転移するのは簡単だけれど、あなた達には普通というものを学んでほしいの」
「え?魔法を使って移動するのは普通ではないのですか?」
リミアが意外そうに尋ねると母ルミアーナは少し困ったような表情になある。
「う~ん、そこからですか…。そうよ、リミア、魔法が存在するこの国でも転移の魔法が使えるものは、ほとんどいないわ。母様だって精霊の力を借りているにすぎないし、そもそも精霊の加護なんて血族にしか無いのだから…」
「そ…そっか」とリミアは頷き、ジーンは黙って聞いていた。
「血族であるあなた達は生まれながらに魔力が豊富だけれど、今回、留学にあたり、これまで以上に厳重に頑丈に封印してもらうので、これまで簡単に使っていた転移や空を飛ぶ魔法は使えませんからね?」とルミアーナが言うと
「「えええ~不便っ!」」と二人は口を尖らせた。
「…では留学はやめますか?」
「「えっ!」」
「他の人達と明らかに違う力をもっているせいで得られない経験というものもあるのですよ。それらを知る権利を放棄しますか?」
「えっ!お母様!そんなの、嫌っ!学園いきたいっ!」
「僕も外の世界を知りたいです母様!」
「では、魔力の封印を受け入れなさい。それが留学の条件です」
「でも、もしもの時、魔法が使えなくてはリミアの事を守れません!」とジーンが言うと母はにっこりほほ笑んだ。
「あなた方にはそれぞれに精霊をつけます。もしもの時は精霊を頼りなさい。そして本当の危機に瀕した時には自動的に封印は解かれるようにしています」
ジーンは少し考えて納得し頷いた。
「…わかりました」
本当はいつだって自分がリミアを守りたいが、リミアの安全が約束されるのであれば自分はそれでよい。
他の事でリミアを支えてやれば良いのだとすぐに気持ちを切り替えた。
「リミアもよいですね?」
「うう…はい」
「心配しなくても、軽い風をおこしたり小さな灯りを灯したりする程度の魔法は使えるでしょうし、学園で魔法学を学べば、学んだなりの魔法は使えるようになるでしょう。詳しくはタイターナ公国への道中、精霊に尋ねるとよいわ」
「「え?そうなんですか!」」
全く魔法が使えないかとがっかりしていたが、どうもそうではない事に二人は純粋に喜んだ。
「リン、シン!」ルミアーナが、そう唱えるとリミアとジーンの腕にはめられた腕輪の月の石の精霊が姿を現わした。
リンとシンと呼ばれた精霊たちは母ルミアーナに跪いた。
「「お呼びでしょうか我が主!」」
「あなた達に私の命よりも大切な子供達の守護を命じます。甘やかさず出来る事は出来るだけ自分達で対応させ、どうしても必要な時だけは手を貸して見守り主体で支えてやって下さい」
「「御意」」二人の美しい精霊が片手を胸に深々と頭を下げてその言葉に従う。
『月の石の主』と呼ばれれる母ルミアーナは月の石に宿る精霊に名をつける事によって、この世界で実体を持たせ、人の形をとらせることが出来る。
この世界に存在する精霊たちは全て母ルミアーナの『しもべ』である。
そうして精霊のリンとシンは、リミアとジーンのお目付け役兼守護精霊として二人につけられたのだった。