女神の子供達
それは穏やかな冬の午後の事だった。
窓の外は、真っ白な雪で覆われキラキラと光を反射している。
「坊ちゃま!お嬢様!お父様とお母様がお呼びですよ」
家令のブラントが子供部屋で遊んでいた二人の子供に声をかける。
「「はぁーい」」
この国の王都を守りし要の将軍ダルタス・ラフィリアード公爵とその妻”月の石の主”とも”現存する女神”とも呼ばれるルミアーナ夫人の愛し子ジーンとリミアは、元気よく返事し、一階にある談話室へ向かった。
普段、忙しくて中々会えない父にも会えると二人は嬉しそうに談話室に飛び込む。
「「お父様、お母様!」」
「おお、元気がいいな、ちびっこ共!」そう言いながら父ダルタス・ラフィリアードは両手を広げ二人を迎える。
この国の公爵であり将軍である父は大きく逞しい。
二人は勢いよく父の腕に飛びつく。
まだ小さな二人を父公爵が片手ずつで持ち上げると、二人はきゃあきゃあと嬉しそうな悲鳴をあげる。
英雄と呼ばれる父公爵は、他国からは恐れられ鬼将軍だの闇将軍等と言われている。
頬には大きな傷があり、恐ろし気な風貌だが、子供達や妻にはメロメロで始終笑顔である。
そんな三人の微笑ましい様子に母である公爵夫人ルミアーナも思わず笑顔になる。
しかし、今日は子供達の将来を考える大事な話をしなければならない。
ルミアーナはこほんと咳払いをして、夫にまとわりついている子供達に話しかける。
「ジーン、リミア…あなた達ももうすぐ七歳になります。我が国では通常は十歳から学園に入学しますが、他国ではもっと早いところもあります。ちなみに隣国のジャニカ皇国では七歳から義務教育が始まります」
「「学園!」」二人の子供達は目をキラキラさせて話に聞き入る。
「それってティムン兄様と一緒の学園ですか?」と、リミアが尋ねる。
ティムンとは、十歳年上の年若い叔父である。
叔父と言っても母ルミアーナの実家アークフィル公爵家に跡取りとして迎え入れられた養子であり、母ルミアーナとは義理の姉弟である。
そしてリミアの許嫁でもあった。
ティムンはこの双子達が大好きで双子達も優しいティムンが大好きだった。
「残念ながら別ね。ティムンは、自国内の学園ですが、あなたたちは、国外の学園で学ぶべきだと考えています」
「「ええっ!ティムン兄様と一緒がいいっ!」」
「ダメです!」と、母ルミアーナは一蹴する。
「「ええ~」」
「おいおい、ティムンはどっちにしてももう卒業なんだから、一緒には通えないんだぞ?」と父ダルタスが言う。
「「でも、兄様と一緒のところが良かったんだもん!」」と二人が言う。
さすがは双子、息ぴったりである。
「あなた達はこの国では、あまりにも知られ過ぎています。この国の英雄であり将軍であるダルタス・ラフィリアード公爵と月の石の主として恥ずかしながら女神にまで例えられてしまっている私の子供達として人々から敬われ大切に想われ過ぎているのです」
わずか六歳の二人だが、その言葉に黙った。
そう、二人にも母の言わんとする事がわかったのだ。
二人は歳のわりに聡い。
母や父に甘える可愛らしさ幼さはあるものの、物事を理解する力や知識は既に六歳のそれではなかった。
周りが大人ばかりだった事もあるだろう。
それもこの国の主軸となる偉大な大人たちばかりである。
国王も王妃も実の孫のように大切に愛しんでくれる。
まだ子供のいない王太子や王太子妃もジーンとリミアの事は目に入れてもいたくないであろう可愛がりようである。
父は英雄で将軍、母は女神と呼ばれるこの世界に存在する精霊たちの主。
そして生後間もなく自分達からあふれ出した自分達では制御しきれぬほどの身の内の魔力を制御し続け支えてくれている、この国の聖魔導士や大神殿の神殿長や神官達。
そんな大人たちに護られ囲まれて過ごしてきた。
二人のこの力は一歩間違えれば恐怖にもなり得る強大な魔力だったのだから。
この国で二人の事を知らぬ者などいない。
いるとすれば、まだ言葉もしゃべれぬ赤ん坊くらいだろう。
そして特別扱いしないものも…。
何故なら二人は『明らかに特別な存在』なのだから。
周りの大人たちが自分達を特別扱いするのも分かっていた。
『女神の子』そして、自分達が『この国を創造せし始祖の魔法使いの生まれ変わり』だと囁かれていることも知っていたし、感じていた。
双子達がまだ母ルミアーナのお腹にいた頃、前世の始祖の魔法使いの意識があり、黒魔石に寄る災害の時、母を助け、母の身の内から自分達の魔力を母に注ぎ、精霊界から助け手として精霊軍を召喚したという奇跡の話はわずか六年前の事で、伝説と言うにはまだ新しすぎる話である。
…と、言っても当の双子たちは生まれ落ちた瞬間から前世の記憶など抜け落ちているので、自分達が偉大な始祖の魔法使いだなどという大それた意識など皆無だったのだが…。
けれど自分達がラフィリアード家の双子だという事はこの国の誰もが知っている。
その見た目の美しさ愛らしさからもあり、母や自分達の絵姿は街で出回っているしファンクラブなるものまである。
街を歩くだけで、自分達を一目見ようと人垣ができてしまう。
母ルミアーナと共に、魔法で髪の色や瞳の色を変えて出かけても『おっかけ隊』と呼ばれる熱狂的なファンがいて、この屋敷を出るところから見張っていて追いかけてくるものさえいる始末である。
二人が『普通』という感覚が分からなくなるのも仕方がなかっただろう。
だからこそ、母ルミアーナは愛する我が子二人を国外の学園に通わせようと考えたのだった。
二人の事を知るもののいない国で…。
身分も何にも縛られない場所で…。
『普通』の学園生活を経験させてやりたいと思っての事だった。
同年代の友達との泣いたり笑ったり…わくわくどきどきする時間を経験させてやりたいと…。
そして、それは子供達自身も望んで夢見ている事だった。