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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤いスカーフ

作者: 明日

 


「ねえ、ねえ、私気になったんだけど」

「な、何よ、急に」


 日陰でも暑い夏。私と早苗はジェットコースターの列に並ぶ。早苗は、炎天下に負けずにはしゃいでいた。

 このアトラクションを本当に楽しみにしていたらしい。

 お昼時を過ぎ、午後一番に乗るのはこれだと、断固として譲らない程度には。


 まあ確かに、この遊園地に来てこのジェットコースターに乗らないのはモグリだろう。

 ……何のモグリかはわからないが。



 列に並んでいる途中、早苗がテンション高めに係員を指差した。


「この遊園地の係員ってさ、みんな黄色いスカーフ巻いてるじゃん!?」

「えと、そうだったかな……?」


 自信が無い。だが、視界に入る着ぐるみでは無いスタッフは確かに、茶色い探検家のような服に黄色いスカーフを巻いていた。


「あ、と、ホントだ」

「でしょ!? でもさ、ほら、あれ見てよ」


 早苗が指差している係員も同じ服装だ。

 だが、確かに違う。


「赤いスカーフだよ!」

「だね」


 巻いているスカーフが、赤いのだ。


「何でかな? オシャレ?」

「アトラクションごとに違うんじゃないのー?」


 私は冷たく突き放すように返す。正直どうでもいいのだ。それよりも午後、園内をどう効率的に回るか。私はそちらに燃えていた。


「テンション低いよー絵里香―!」

「セーブしとかないとね。今日中にアトラクション全部回るんだから。午前は、もう……」

「ごめんて、何回も謝ったじゃん!」


 早苗が細い眉を顰めて笑う。

 だが、そんなことでは許すまじ。ミラーハウスで散々迷ったあげく、通常十分程で進める迷路に三十分も掛けたのだ。それに加えて、初めにお土産コーナーに入って時間を浪費したことも許しがたい。

 その他の時間のロスのせいで、アクアツアーに行くのが後回しになっている。


 お土産は最後!! それが遊園地のお約束でしょうが!!!

 私の脳内で、獅子が吠えていた。




 空気を変えようとしたのだろう。早苗は急に話題を変えた。トーンを落とした、おどろおどろしい声音で、薄笑いを浮かべながら。


「そういえば、知ってる? このジェットコースターってね、出るんだって」

「出るって、何が?」

「決まってんでしょ」


 早苗は手を身体の前でだらりと下げて、そして勿体ぶって言った。


「お化けよ」


 舌まで出して、楽しそうに語り出す。おどろおどろしいまま行けば良いのに、楽しそうな話し方では怖さも半減だ。

 ましてやこんな人の多い場所、明るくて暑いこの行列の中では、怖いなんて思えるものじゃ無い。

 だが、早苗はそんなこと構いやしなかった。


「昔ね、まだ開園当初の話なんだけど……ジェットコースターに設計ミスがあったらしいのよ」

「何? 脱線事故でもあったって?」

「早いわよ。しかも違うし。そうじゃなくてね、ほら、ジェットコースターって強度を出すためにワイヤーがいくつも張ってあるじゃない?」

「ああ、うん」


 早苗が指差した先には、確かにボルトで留められたワイヤーが張り巡らされていた。


「当時、ジェットコースターの車体が通る度にそれが緩んでいったんだって。それである日、たるんだワイヤーが猛スピードのコースターの最後尾にいた客の首にちょうど引っかかって」


 早苗が、「ぱーん」と言いながら、首を持ち上げる動作をする。

 言いたいことはわかった。要は、首が飛んだ。そう言いたいのだ。


「そりゃ大変ね。でも私、今まで生きててこの遊園地で事故があったなんて聞いたこと無いんだけど」


 そんな流血沙汰があれば、すぐさま新聞に載る。それどころか、お昼のワイドショーで大騒ぎになるだろう。この裏野ドリームランド自体、閉園になってもおかしくない。

 荒唐無稽な話だ。そう私は一蹴した。


「ぶー、つまんないのー。絵里香ももうちょっと怖がってよ」

「はいはい。そんなことより、そろそろだよ」

「うぃ」


 話している内に、列は進んでいく。

 恐らく、次の組でギリギリ乗れるか、もしくはその次かくらいだろう。

 早苗はその長身を丸め、すごすごと列の前の人に倣った。




「はい、ではここまででお願いしまーす」


 係員の女性の元気な声が響く。やはり、私達で組が切れた。最後尾だ。

 手荷物を籠に預け、ガシャンと閉められるゲートを後ろに、私達は大人しく座った。


「ね、やっぱオシャレじゃない? あのスカーフ!」

「またそれ? 何で?」

「だってさ、あのお姉さんのやつ柄があったよ? 向こうの人も違う感じの色だし」

「赤系統でまとめてるのかな?」


 まだスカーフにこだわっている早苗に、適当に合わせる。確かに、黄色地に斑模様で赤色が付いている人や、真っ赤に染まっている人もいる。

 きっと、制服の中でも個人の裁量が許されている場所なんだろう。私はそう納得した。


 やがて、私達に安全バーが下ろされ、乗っている車両が動き出す。

 ガチャンガチャンと音を立てて、歯車がゆっくりと車両を持ち上げていった。


「そういえばさ、私達最後尾だよね!?」

「またそれ!?」


 テンションの高い早苗は、楽しそうにこちらを向いて叫ぶように話し続ける。

 そんな元気があるのなら、これから叫ぶのに使えばいいのだ。


 景色も下に置き去りになっていく。太陽に近付くにつれ、暑くなっていくような気さえした。下を見れば、コーヒーカップやメリーゴーラウンド、VR施設などまだ行っていないところが沢山見える。

 子供用の小さなジェットコースターでは、小さな子供がキャーキャー言っていた。


 とうとう、頂点に付く。


 ジェットコースターで一番怖いのは、やはり最後尾だ。私はそう思う。

 まず、速度。意外にも、最後尾が一番速くなる。と言うよりも先頭が遅いのだが、一番速いところが一番怖いというのはシンプルな理由だろう。

 先頭はもう山を下り始めている。だが、私達はまだ頂上だ。


 位置エネルギーが運動エネルギーに変わる瞬間。

 だんだんと下を向いていく視界に、私の横隔膜がせり上がる感じがした。




「キャーーーーー!」

「わああぁぁぁぁぁ!!」


 右へ左へ上下に回って、車体は走っていく。

 毎度の事ながら周囲を見る余裕など無い。遠心力で強化された加速度が私の身体にかかり、身体があちこちに引っ張られる思いだった。




 突然。

 飛沫が目に当たる。誰だろう、ペットボトルでも持ち込んだのだろうか。

 思わず目を瞑ると、若干恐怖が和らいだ気がした。





 ゴーッという音を立てて、車体の速度が落ちていく。

 終点だ。建物に入るその手前で、歯車を噛み合わせて次の落下に備えるのだ。


 終わった。

 俯き、無意識に荒くなっていた息を整えて、そして顔を上げる。いつもながら、ジェットコースターは楽しい。頂点に行くまでは怖いし、走っている最中も苦しいけれど、やはり最後には爽快感が勝つのだ。


 水平ループにサイクロンが繰り返されるこのコースターの評価は、国内でも結構高い。

 怖いジェットコースターランキングなんてものがあると、ほとんど必ず上位に入ってる強者だ。


 きっと、楽しみにしていた親友もこれで満足したことだろう。

 そう思い、左を向いた。



 そして、戦慄した。





 親友の頭部があったであろう場所には赤い噴水が立ち上がり、襟元を赤く濡らしている。

 手足はバタバタと痙攣し、失禁したのだろう、つんとくる匂いが鼻を突いた。


「……え……」


 見たものが、信じられない。

 きっと冗談だろう。早苗が好きな、冗談だ。それは、その肉片は、きっと何かの。


 目元が気になり、手で拭う。

 そこには、鉄錆に似た匂いの液体がどろりと付着していた。


「あ、いいいぇええ!!?」


 思わず上がる素っ頓狂な叫び声。周囲を見回しても、皆興奮のままに去って行くのだろう。

 後ろを向いて、死体を、いや、早苗を確認する人はいない。


 噴水の勢いが弱くなる。ほら、きっと血糊か何かの。


 イタズラが終わる。そうホッとした瞬間、私の膝の上に落ちてきたボールのようなもの。

 茶色いメッシュが入り、傷んだ髪の毛。それは、早苗に似て。


 思わず持ち上げて、その頭部に付いた二つの目と私の視線が交差したとき。

 私の意識は、薄れていった。








「お客様、お客様?」

 耳元で誰かに声を掛けられ、揺り起こされる。何だろう。暑い。

 ゆっくりと目を開けると、そこには先程見た係員の女性が私の顔を覗き込んでいた。

「あぁ、よかった。お客様、お気分の方大丈夫でしょうか。もしよろしければ、医務室の方で」

 ホッとしたような顔で、係員の女性が続けた。

 慌てて周囲を見れば、ジェットコースターの車両に座っていた。

 そうだ、私は確か……。


 ! そうだ、早苗!!


 気を失う以前のことを思い出し、死体があったであろう場所を探す。

 だが、無い。座席は綺麗なものだった。


「あ、あれ?」

「お連れ様でしたら、先程下に降りて行かれました。呼んで参りますか?」


 係員の女性は、優しげに私に語りかけてくれる。

 あれ、早苗は元気?

 じゃあ、先程のは、気を失っていた私が見た夢だったのか。

 ホッとして、涙が出てきた。

 そうだ、あんな悪夢など起きてたまるものか。親友が自分の前で死ぬなど、そんなことがあってたまるものか。


「い、いえ、大丈夫です。すみません、すぐ退きます」

「そうですか?」


 係員の手を借りて、車両から立ち上がる。そうだ、私がここにいたら、次の人たちが入れない。

 手荷物を受け取って、頭を下げる。係員の女性は、笑顔で応えてくれた。


「お気分悪くなりましたら、いつでも私どもにご相談くださいね」

「ありがとうございます」


 大学生にもなって、ジェットコースターで気絶するなど。

 恥ずかしくなって、頬をポリポリと掻く。

 そして、何の気なしに爪を見た。


 爪の間には、血がびっしりとこびりついていた。







 それからのことはあまり覚えていない。

 午後の予定も全て忘れ、半狂乱になって遊園地を飛び出した。


 早苗には連絡を取っていない。それきり、顔も会わせてはいない。


 だが、元気だそうだ。それは知っている。





 同級生の話によると、早苗は今あのジェットコースターの係員を元気にやっているらしい。



 首に、あの赤黒いスカーフを巻いて。





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