63 嫌いじゃないけど、好きでもない
珪はしばらく私のことを見つめた後、フッとまた自嘲の笑みを浮かべた。
「舞は身体が良くなって退院した俺を、問答無用で連れ出したんです。行った先はまずは彼女の嫁ぎ先でした。日曜日だったから、彼女の夫も一緒に会いました。彼女は泣きながら俺に謝ってきました。今回の事故がまるで自分が原因だというように。夫になった人は彼女のことを労わって大事にしているのがよくわかりました。そんな姿を見せられて、俺は何も言えるわけがなかった。そのあと、彼女の実家に連れていかれたんです。初めて会った娘は生後8カ月になっていました。そこから帰る列車の中で俺は泣きました。その時舞は、何も言わずにそばにいてくれたんです。俺はその時、舞に感謝しました」
・・・そこでまた、見ないでくれるかな。感謝しているのは知っているから、もういいよ。
「俺は心身ともに舞に救われました。それが舞に対して過剰な接触になっているのはわかっています。浩輝さんに不快な思いをさせていることもわかっています。ですが、舞のそばにいることを許してはもらえませんか」
珪・・・。それは少し狡くないか? こんな話を聞かされて、否やは言えないだろう。
まあ、駄目と言われても私が放っておくわけないけどさ。そんなことしたら、亡くなった珪のお母さんに顔向けできないもの。
・・・いや、ここは放っておくのも手か?
「母さん、それは珪さんがかわいそうな気が・・・」
「舞子さん、ダダ漏れてますけど・・・」
「舞。普通はここでグッと落ちる所だろ」
私は半眼で息子、夫、珪のことを見ていった。
「あのね、お膳立てしたのは私なの! 知っている話を聞かされて、どこに同情の余地があるのよ」
「あっ、確かに」
おい、息子。
「それにお願いしているふりだけで、用がなくても来るだろうし、私が放っておくわけないのはわかっているんでしょ」
ん? っと、首を傾けて珪のことを見たら、苦笑と共に頷かれた。
それにしてもさっきから周りの話し声が聞こえないと思ったら、周りに人がいないじゃないか。いるのは黒服の男の人達。・・・おじさんいつの間に?
そう言えば、もう一人静かだなと思って夏葉のことを見た。夏葉はちょうど顔を上げて珪のことを見たところだった。
「珪一おじさん、私のことを娘と思ってくれていいからね。私もこれからは珪一おじさんのことを、本当のおじさんだと思うから」
「ありがとう、夏葉ちゃん。娘と思うのは流石に悪いから、姪ということでいいかな」
「うん」
やっぱり夏葉はいい子だね。何となくいい感じで纏まりかかったのに、尚人がさっきの話を蒸し返してきた。
「でもさ、本当のところはどうなの。珪さんも母さんも、実は好きだったってことはないの」
思わず顔をしかめて珪のことを見たら、珪も同じように顔をしかめてこちらを見てきた。
「やめてよね」
「同じく」
「なんで、息ピッタリじゃん。本を読むのだってジャンルが同じなのに」
「「だから、たまたまだって」」
「ほらハモってるし」
「「やめてよ(くれ)」」
叫んで、二人で見つめ合う。どう見ても考えていることは同じだ。
「私はナルシストになる気はない」
「同じようなことを考えた人間がそばにいるなんてありえないだろ」
「それはこっちの台詞だっつうの。考えが似るより食の傾向が同じ方がいいわよ」
「誰がナルシストだ。それになんだよ。食の傾向が同じって。それは偏食傾向にある俺への当てつけかよ」
「当てつけてないでしょ。事実を言っただけなんだから」
「だから舞は性質が悪いんだよ」
怒鳴り合うように言って肩で息をする。今まで家族の前では見せていなかった姿に、3人は唖然としていた。
あー、すまんね。ふだんお茶らけてないと、珪との話はすぐにヒートアップするのさ。
そこに穏やかな声が掛かった。
「わかってくれたかな、浩輝君。この二人がどうこうなるわけがないということが」
あー、そうですね。秀勝おじさんの前ではしょっちゅうやり合ってますからね。これを見ていれば、解りますよね。
なので、旦那も素直に頷いていたし。
黒服さんから合図をされたおじさんが立ち上がった。つられて私達も立ち上がる。
「そろそろ時間のようだから、私は失礼させてもらうよ」
「それじゃあ、舞。明日な」
珪も頷いて歩きだそうとした。それに尚人が声を掛けた。
「珪さん、お願いがあるんですけど」
珪とおじさんが立ち止まった。
「8日の水曜日に病院に母を迎えに来て、家まで送り届けてくれませんか」
「浩輝さんは?」
「生憎午前に会議が入っていまして、午後の退院なら迎えに来れるのですけどね」
「珪一、確か急ぎの仕事はなかったよな」
「はい。打ち合わせが入っていますが、午後からです。前の日までに資料を揃えれば、午前を抜けても大丈夫です」
「それなら、退院の迎えに来て家まで送ってあげなさい」
「分かりました」
「え~、待ってよ。私は一人で大丈夫だから。タクシーで帰るから~」
私以外のみんなが顔を見合わせて頷いたのさ。
「却下!」
「そうです」
「珪一に送ってもらいなさい」
「と、いうことだ。退院の時間が分かったら、その時間までにくるよ」
男達の言葉に憮然としたら、夏葉に言われました。
「お母さん、私の心の平安のためにも送ってもらってね。そうしてくれないと、学校をずる休みして迎えに来るよ」




