61 はっ? 浮気を疑われていたですと?
そろそろ疑惑は払っておかないと。
息子の言葉に娘が訊いていた。
「それじゃあ何。その先輩ってわざとこの時期に告白したの」
「それしかないだろ。女がすぐに断っていたら、もし受験に失敗をしても失恋したからだって言い訳できるだろ」
「じゃあ、今のこの状況は。返事を待つ意味は何があるの」
「それはあれだよ。失敗した時の別の言い訳だな」
「別の言い訳って?」
「だから、返事が気になって受験に集中できなかった、ってやつだろ」
「なにそれ~。ひど~い。亜未香ちゃん、本当に悩んでいるのに」
「まあ、それでも、浮気を疑われるようなことをしているんだから、仕方がないだろ」
「浮気って、どこが浮気よ、お兄ちゃん。只返事を保留にしているだけじゃない」
「それが間違いだろ。勝手な気持ちを押し付けてきたには向こうだろ。そこできっぱり断ればよかったんだ。それで相手がどうなろうと、知らんふりしてればよかったんだろ」
「でも、浮気じゃないよ」
「どうかな。その子は優しさでそうしたのかもしれないけど、事情を知らない人が見たら、』二股をかけようとしてるともとれるんだぜ。浮気を疑われたくなければはっきりとした態度をするべきだ。その彼氏が怒ったのもそこだろ」
尚人の言葉に夏葉は黙ってしまった。下唇を噛んで何か考えている。
「ねえ、尚人。そこまで言うことはないんじゃない。まだ中学生なんだし」
「甘いよ、母さん。今の中学生は母さんが考えているほど、子供じゃないよ。それくらいの狡い考えもできるんだよ」
「そうかもしれないけど、でもね、浮気という言葉はね」
「あれ、気に入らない? でもさ、俺、母さんにも言えることだと思うんだよね」
「はっ? 私?」
突然矛先が私に来たので驚いた。
「珪さんとの関係。傍から見ると変だよ。あの人の母さんへの構い方を見ていると、恋愛感情があるって言われた方が納得できるから」
「ちょっと、流石にないから。それは」
「いーや、わかんないだろ。俺も小さい時から可愛がって貰っているから、こんなこと言いたくないけど、事情があるとはいえ異常だろ。母さんもあの人が来ると嬉しそうだし。母さんの浮気を疑おうかと思ったこともあるし」
尚人の爆弾発言に思考が停止しました。
考えていたのは・・・場所を考えて発言しろ! だった。
「私も、こんなことは言いたくないですけど、できることなら珪一君と二人で会わないでほしいです」
旦那までそう言ってきた。
「いや・・・その・・・でも・・・」
ちゃんとした言葉にならない。のりちゃんの反応から、私達のやり取りが誤解を生みやすいことは解っていたけど・・・。だからって事情を知っている家族から、そんなことを言われるとは思わなかったのよ。
「会うなとは言いません。ですが、珪一君と二人だけで会うのはやめていただけませんか。舞子さん」
旦那の真剣な表情に息が詰まる。誤解なんだと言いたいのに、声が出ない。
「あ~・・・」
「それは悪かったね、浩輝君。珪一には私の使いで、舞子の所に行ってもらっていたのが、そんな風に取られていたとは思わなかったよ」
旦那の後ろから聞こえてきた声に視線を向けたら、少し困ったように眉を寄せている珪と、年配の男性が立っていた。
「秀勝おじさん」
私はそう言って立ち上がった。おじさんは手振りで座るように促してきた。
「わざわざ来てくれたのですか。すみません」
「舞子も少し痩せたようだけど顔色も悪くないし、経過良好というところかな」
「はい。8日には退院が決まりました」
「それはよかった。また落ちついたら何か頼むな」
「はい。おじさんが好きなどら焼きかロールケーキをお作りします」
そばまできた秀勝おじさんは、私の肩に手を置いて座らせました。そして隣の席に座ったのよ。おじさんは私達に笑顔を見せるといった。
「ご無沙汰してしまったね、浩輝君」
「いえ、こちらこそご無沙汰しております。いつも舞子がお世話になっています」
「いやいや、こちらの方が世話になりっぱなしだから。いつも突然舞子にお菓子を作ってくれって言ってしまってすまないね」
秀勝おじさんの登場に夫と息子は気まずげにしています。
おじさんは私が作るお菓子をえらく気に入って、度々リクエストを貰うことを知っているから。作る時にはもちろん多めに作り、それがうちの子やキャンの子供達のおやつになっている。
「秀勝おじさん、すみません。病室に行ってくれたのですよね。もしかして探していただいたのですか」
「探すほどではなかったよ。ただ、すれ違いにならなければいいとは思ったけどね」
穏やかに微笑みながらおじさんは言っているけど・・・目が笑ってないです。おじさんは甥の珪のことを可愛がっている。それなのに不倫疑惑なんて聞かされたら・・・。まして、相手は私だし。私のことも貶められたと知ったら、後が怖い怖い。
「あの、楠田さん。その、舞子と珪一君のことを疑っているわけではないのですよ。ただ、そのですねえ、二人の距離が」
「近すぎると言いたいのかね。どうしたって間違いが起こりようがないというのに」
旦那は何とか言葉を言いかけたけど、おじさんの一睨みで黙ったのでした。
だからさ~、場所を考えて話そうね~。




