25 のりちゃんに・・・愚痴を言う
やっと先生方との話は終わりました。
でも、ある事は決着がついてないの。
それで、後半は愚痴にはいりま~す。
息子の言葉はまだ続く。
「普段はそうやって飄々としているから周りは騙されるようだけど、実はかなり知識は広いし、納得できないと、とことんまで調べつくすとか。それに困っている人を放っておけないから、あちこちで手を貸して知り合い多数になってるし、智子のお母さんなんて母さんが役員やるからって、一緒にやると立候補したんでしょ」
ん?・・・息子よ、話しがずれてないか?
「まあ、そういうわけなんで、孝一先生。あまり舐めた真似するとママ友のネットワークで流されちゃいますからね」
・・・って、孝一に流し目?をしたけど、それって脅し?実は尚人も怒ってるの?
尚人は息を吐き出して肩を落とした。
「母さん。怒りが持続しないのは判っていたけど、もっと怒ってもいいんだよ。母さんは珍しい症状持ちかもしれないけど、実験動物じゃないんだから」
「いや、尚人。先生方は実験動物とは言ってないから。というかさ~、いい加減疲れた。もう、休みたいんだけど」
うん。本当に疲れたの。彼是1時間以上話していたでしょ。ここのところ夕方になるとへばっていたから、そろそろ限界なのね。
「やばい。それじゃあ病室に戻らないと」
尚人が慌てだした。先生方もその言葉で時間を確認していた。
「池上、その」
「あー、孝一先生。とりあえずめまいの薬のことは保留でお願いします。明日以降返事をしますから」
「わかった。・・・すまなかった」
「・・・部屋に戻ります」
私は孝一の謝罪の言葉に答えずに部屋を後にして病室に戻った。窓の外はしっかり暗くなっていた。
「ごめんね~、遅くなっちゃったね」
部屋に戻ってそう言ったら、尚人は顔をしかめたの。
「母さん。俺が話しを聞くと言ったんだよ。母さんが謝る事じゃないだろう」
「でも、外は暗いし」
「男だから大丈夫だよ」
「今日はお父さんも遅いでしょ。夕飯はどうするの」
「忘れたの?母さんが作ってくれた焼き豚があるだろう。それからお惣菜もいくつかあったからさ。今朝切干大根をだして解凍しているあるよ」
・・・うん。出来た息子だ。
「じゃあ、母さんも休んでね。多分明日も、親父は寄れるかどうかわからないから、俺が来るから」
そう言って、息子は帰って行きました。私は冷蔵庫からミネラルウォーターを出すとコップに移して飲んだの。そして置いてあった夕食を食べたのね。
夕食を食べ終わり食器を片付けて・・・ノートを取り出すと、簡単にさっきのことを書いていく。箇条書きだけど、闘病記に書くときにはもう一度調べ直したり、脚色するからこんなもんでいいか。
「舞ちゃん、お疲れ様。先生方との話、長かったね」
その言葉と共にのりちゃんが顔を見せた。もちろん私服ですがな。
「のりちゃんこそ、帰ってなかったんだね」
「う~ん。本当は帰ろうと思ったんだけど、あまりに長いから心配になっちゃって。先生方に深刻なこと言われたんじゃないよね」
心配そうに聞いてくるのりちゃん。この病棟の看護師としてはいけないことかもしれないけど、幼馴染みとして心配してもらえてとてもうれしい。
「そんなことないよ。えーと、のりちゃんはある程度は知っているのよね。私の珍しい症状のこと」
「そりゃあね。なあに、その説明だったの?」
「まあ、そうかな。・・・のりちゃん、時間まだいい?」
「うん。少しなら大丈夫よ」
「じゃあ、愚痴らせて。私ね、右扁桃腺肥大症と小6からつき合っているんだよね」
「それは、長いね」
「うん。でね、さんざん野村先生・・・孝一じゃないよ。お父さんの方に言われてきたからさ、扁桃腺のことは詳しくなったのよ。自分でも、調べたしね。喉が弱いのは仕方がないと思っていたし、自分なりにも予防はしているんだけど、それでもさ毎年季節の変わり目には風邪をひくのよ。風邪をひけば絶対咳が出て、治るまで早くても20日はかかってさ。長いとひと月半なんてこともザラよ」
「あ~、それは辛いね」
「まあ、もう慣れちゃったけどね。でもさ、これのせいで仕事が出来ないというかね」
「仕事?舞ちゃんは専業主婦なの」
「う~ん、実際はちょっと違うのかな?うちが農家なのは知っているよね」
「もちろん。母の実家も同じだもの」
「そうなんだ。・・・それで、今は田んぼだけやっているのね」
「田んぼ?じゃあ、お米を作っているの」
「そう。といっても、うちで食べる分だけよ」
「他の畑は?」
「人に貸しているの。ちょうど娘が産まれた時に母の入院が重なって農作業していられなかったから」
「じゃあ、そのまま貸しているの?今も」
「うん。それは別にいいんだ~。私1人じゃやりきれなかったからね。でもさ、子供が成長して、自分の時間が出来てね。私も何かしたいと思ったのね。働こうと思ったのよ。でも、野村先生に止められたの」
「野村先生が?医者に止められたの?」
「うん。先生も年に2回も風邪をひいて酷い状態になるのを知っていたから、止めたんだと思うの。でもさ、焦燥感と喪失感が大きくてね、何かしたかったのよ。ううん。何かせずには要られなかったというかね」
娘が幼稚園に通いだして、自分の時間が持てるようになった時のことを、今でも鮮明に思い出す。
春はやることがあったからよかった。夏も稲の世話に明け暮れたからまだいい。だけど秋。稲刈りが終わると、途端にやることがなくなった。家の周りの草取りも植木の選定も1ヶ月もあれば終わってしまった。
手持ち無沙汰になった私は趣味のお菓子作りに没頭した。これだって毎日なんて作れない。
でも、何かやっていないと、自分を見失ってしまいそうな、そんな気持ちに晒されていたのよ。この時は!




