最後尾だった男と最後尾になった男
細くしなやかな、例えるとすれば若くして世捨て人になった青年のような、声がした。
「すみません、最後尾はこちらでよろしいのでしょうか」
果敢無さを孕んだその声は、列の最後尾に並んでいる男に向けられたもののようだった。
しかし、列は複雑に伸びているわけでもなく、むしろ真っ直ぐ一列に伸びているのだから最後尾は一目でわかる。
にもかかわらず尋ねてきた男に、最後尾の男は首を傾げながらも「はい、そうですよ」と答えた。
新しく最後尾となった男は、最後尾だった男のそんな雰囲気を感じ取ったのか苦笑する。
「いえね、すみません、私は生まれつき視力が無いもんで、こうして人に頼らなければいけないんですよ」
「ああ、そうだったんですか」
最後尾だった男は納得したように言うと同時に、自分の胸中を読み取られたような羞恥心に軽く頬を染める。
「生まれつきというと、相当苦労なすってきたんでしょうね」
「ええ、まあ、恥ずかしながら親には恵まれませんで、私が盲目とわかるとあっさり捨ててしまうような親でした」
「自分も似たようなものですよ、親の顔すら知りません」
「それでも憎みきれないとは、不思議なものですね、自分を産んだ親というものは」
「ええ、まったくです」
互いに似た境遇だということがわかると、おのずと会話ははずんだ。
「兄弟はいらっしゃいましたか?」
「いいえ、私は長男だったようです」
「そうですか、自分は親が居ない代わりに、うんとたくさんの兄弟がいましてね、しばらくは寂しい思いはしませんでした」
「しばらく、ということは」
「ええ、拾われていったり連れられていったりでまたうんとたくさんの兄弟が居なくなりましたが、兄弟みなで身を寄せ合って過ごした日々は今でもありありと思い出します」
「いいですね、うらやましい」
最後尾の男の素直な感情だけを乗せた言葉に、最後尾だった男は照れて頬を染めた。
そんな羞恥を悟られたくないのか、最後尾だった男は話題を転換しようと口を開く。
「それにしても、自分はここに来てから一つ知ったことがあります」
「どんなことですか?」
「命に差は無い、ということです」
「命に差は無い」
言葉の復唱は、間接的な疑問文になり得る。
「だってね、自分と貴方が会話していることが何よりの証拠です」
「私と貴方が会話していることが、何よりの証拠」
「貴方が盲目でよかった」
「そんなことを言われたのは生まれてこの方初めてです、ああ、生きているうちに貴方に会えていたならよかった」
「自分は貴方と、死んでから会えてよかった」
最後尾の男と最後尾だった男は、互いに照れくさそうに笑った。
「ゲロゲロっ、おっと、失礼」
最後尾だった男は、自分の死因は温泉のつかりすぎだという笑い話をした。