120度くらい廻るセカイ
「きりーつ」
「れーい」
「「ありっとごじゃっしったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
夏だ。
水着はない。
浴衣もない。
彼女もない。
何もない。
でも休みはある。
課題もある。
夏休みだ。
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蝉のサイレンを皮切りに、今日から夏休みが始まった。
夏休みと言えばアニメ!夏アニメ!ヒャッハー!
毎週更新の今季のアニメに加え、スケジュール上見れなかった春アニメを消化する。
これがまたたまらないだなこれが。
とりあえず今日はモブライブの無印からっと...。
「ででーん」
突然携帯が鳴り出した。
何、今日はインデペンデンスデイ?それともVデイ?
最後に戦闘機で突っ込むおじさん大好きだったよ...。
携帯を取ってみると、村上からの着信だった。
嫌な予感しかしない。
俺の休みが消える。わかる(わかる)。
というわけでシカトする。
「ごめんね村上。大好きだよ。」と閃光の誰かさんがビーターに向かって言いそうな事を心で唱えながらPCのパワースイッチを押す。
しばらくして着信は止んだが、また鳴り出した。
またシカトした。
そしてまた鳴り出したので、仏の顔も三度まで、覇権アニメも三期まで、の精神の里見には許せない事だったので電話に出た。
「お前、今まで寝てたのか?」
「せやで」
「嘘だな」
何この子PHYCO-PASS?
「お前今日暇?」
で、出た〜。
要件の前に予定確認する事によって逃げ場を断ち切る談話術〜。
悪いがそれには引っかからないぜ!
中学の時、それに引っかかって見たくもない少女漫画原作の「青春に乗る」映画見せられちゃったからな。
面白かった!ちくしょー!トキめいた!
「いや忙しい」
「忙しいのに、さっきまで寝てたって話はおかしいよなぁ?」
「いや、午後から忙しいんだって」
こいつめちゃくちゃ厄介だ。
頭もキレるし。
「ふぅーん?じゃあ午後1時に駅前噴水で待ち合わせして九条と久留島を独り占めして映画見に行っちゃっても行くからなじゃーな」
「おい待て、お前には感謝しきれない恩ができた。俺も行く。午後に会おう。」
「そーかよ。キメてこいよ」
そのとーりだ。クスリでもキメちゃいたいくらいだ。
あ、今のは良くないな。
なんか野球選手っぽくてダメだ。
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中学の時に買ったジーパンに、来る途中のコニタロで買った半袖パーカーぐらいしか着る物がない。
それだけ人と接する機会なんて無かったんだ。
だいたい家にいるし?
あれだ、ダンジョン篭って装備厳選してんだよ、俺。
ジャージとは鎧!
機動性パナい!心の防御力高まる!
そんな俺とは対照的な服装の村上。
チノパンっていうの?
ピザパンの方が需要あるくね?食えるし。
で、ゆったりしたシャツにお洒落な字体の英語書いてて?
で、なんか羽衣みたいなの羽織ってる。
もはや装備とかアイテムみたい。
「で、ほんとに久留島と九条が来るのかよ?」
「来るよ?まだ疑ってんのか?」
「いや、何処にそんな繋がりがあったんだよ」
「俺は一応上位カーストに足を突っ込んでる事を忘れてもらっちゃ困る。既に何度か九条とかとグループで遊びに行った事あるんだよ」
「そうか、お前スペックは高いもんな。ホモだけど」
「ホモ言うな!母性だ!」
「お前母乳でも出す気かよ...」
「てかまだ2人は来ないのかよ!はよ!はよっ!女神転生!」
「転生だと死ななきゃいかんだろ!召喚だ召喚!」
やんややんや言い合ってる内にこちらに近づく女子2人に気づく。
九条は7部丈のパンツで、丈を少し結んである紐が夏らしさを感じさせ、トップスはTシャツに裾が短いデニムシャツを羽織っている。
飾り気のない白いTシャツは、無駄なものがないことから九条の胸を強調する。
久留島は同じく7部丈の紺のパンツに、ノースリーブで少しフリルのついた白いトップスでモノトーン調にまとめられている。
袖のないトップスによって見える肩は、里見には新鮮で、普段見えないものが見えるというモノに少し鼓動が高鳴る。
「やっほ〜!待ったかな?」
「「今来たところ!」」
「じゃあ!早速見に行こう〜!」
映画館は巨大商業施設の中にあり、施設の中をこの4人で歩くだけで色んな世代の人の目を引いてしまう。
九条と久留島は女子の中では背が高い方で、中々スタイルも良く、華やかさがある。
村上はスペックの高さが溢れ出し、そもそもイケメソなので見栄えが良い。
それに比べて、俺は......なにもないな....。
普通だ。いや普通じゃないかもしれん。
他の人の目にどう映るか不安なまま歩かされている。
映画館の前に着いた。
上映中の映画のポスターが貼ってある。
「どれ...見る?」
村上がみんなに尋ねる。
「いや、映画に誘ったのに見るのきまって無かったのかよ...」
「いや、そういうもんだろ。てかいつもその流れだろ」
これだからリア充は...。
「見たい映画がある」じゃなく「映画を見に行く」で誘うとか、無鉄砲だろ...。
それだと本当の目的が「映画」じゃなくて「一緒に観に行く事」じゃねぇかマジ意味わかんねぇ...。
「ウチ、これ観たい」
久留島が突然ポスターを指差す。
え、えぇ...。
これアレじゃん、アンチヒーローモノじゃん。
主人公最強だけど、クソ野郎で、ど下ネタバンッバン飛ばす奴。
「えー?亜希、女の子っぽいの見なよー。そういうのは1人で見に行ってー。」
なにも言わず、少し口元が拗ねる久留島、コレは可愛い。
そんな事を考えていたら村上がビシッと1枚のポスターを指差す。
「コレは見ようぜ!結構話題の奴じゃん!」
それは、アニメ映画。
ニュースやネットでも何度も紹介されていた作品。
余りにも宣伝されすぎていて、正直気になっていた。
「うん、良いんじゃね」
「あ、じゃあアタシもコレにさんせい〜!」
「コレは、良い」
全員一致という事で、チケットを買う。
1時間後、の上映というわけで少し軽く何か食べようと同じ施設内のカフェに入り、時間を潰す。
そして、映画の時間。
席は1番通路側が村上、次に九条、次に俺、そして久留島。
女子に囲まれてるとかそういう事は今の俺には関係ない。
そう、気になるモノだったらどんな状況でも集中出来る。それが俺。一点集中。
のハズだった。
シーンは1番盛り上がる所で、主人公がヒロインとの記憶を取り戻し、全てを引き換えに世界を救うシーンだ。
あぁ、もう泣きそうだ。
ヒロインはもう泣いてる。
俺の瞳は潤んでいる。
何か一言決定的な言葉が出たその時、俺は涙で前が見えないだろう。
例えば「未来で、待ってる」とか「めんまみぃつけた!」とか。
そんなとき、肩に突然重みがのしかかる。
振り向くと九条が俺の肩を借りて寝ている。
お前馬鹿じゃねぇの!
一番いいとこで何寝てんだ!
九条をみたその視線をそのまま村上に移すと、村上は目をゴシゴシこすって、ティッシュで鼻と口を覆っている。
だめだこいつ、涙腺がイッてる。
一応、久留島の方を見ると、一粒、また一粒と涙で頬に小川が出来ている。
どいつもこいつもしっかり楽しんでやがる。
それに引き換え何だこの状況!
九条が添い寝してやがる!
ん、九条が添い寝...?
九条が...添い寝してる...!
状況を認識すると、心臓が動きを速めた。
これだけ強くなると九条に聞かれそうなくらいに。
九条は起きたら何と言うだろうか。
いつも通り「ごめーん!重かったっしょ!」なんて明るく返してくるのだろうか。
それとも、少しでも照れるのだろうか。
九条の呼吸が聞こえる。
九条の胸元に谷間が見える、いかん!
いかんいかんいかん!
黒!
いや、何も見てない。
じゃなくて!
まずい、久留島が好きなのに...
九条に引き込まれそうだ。
思考がグルグルグルグル回転する。
「...すきぃ...」
ファッ!?
寝言だろうが何だろうが関係ない。
もしかしたら今日、この時間だけかも、一時的なのかもしれない。
もしかしたら久留島が好きだった俺に、戻れないのかもしれない。
俺は"九条 榛名"に恋をしている。
そうして、映画はエンディングテーマを俺たちに振りかけるように、聴かせ始めた。