足を引っ張る人
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この世の中、そういった人が大勢いる。別に気に掛けても仕方ないのだし、そういった人は相手しないのが一番だ。人間など、お互い意見が合う人の方が遥かに少ないのだから……。
以前も申し上げたと思うのだが、綺麗事など何一つとして通用しないのがこの世界だということが、ここ一、二年ぐらいで急速に分かってきた。もちろん、暗黙裡に絶望してしまっている側面がある。
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だが、絶望から始まる希望もあるだろう。表題に掲げた足を引っ張る人など、いるのが当たり前なのだ。振りきることは出来ないから、気にしながら生きていくしかない。それにそういった対人ストレスぐらいで人間が寿命を縮めたり、生き辛さを感じたりすることはないのである。仮にそうなっている人には言ってあげよう。「あなたは甘すぎます」と。
ボク自身、昔から汚いものや醜いものを見てきたから、尚更そう思えるのである。別にこの世界で何もないということはないのだからね。何も感じない、何も考えないなど、死んだ人間と全く同じだ。そんなことがあるわけがない。これは皆同じ。
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要は目の前の現象を受け入れるということ。人間は皆そうである。力ずくで振り切ることなどできない。それにそういったことをしても意味がない。普通に人間は他人を受容するように出来ている。ある一定の度合いまでは。
それに何も人生悪いことが続くわけじゃない。助けてくれる人もいるのだし、そう卑屈にならなくていいと思う。皆そうだ。誰もが心を許せる人やパートナーを持っている。そう考えていれば、何もかもに絶望することもないだろう。
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この雑記の中で一番強調しておきたいのは、人間社会は澱みだということ。綺麗な水はないと言っていい。人は常に何かを抱え込んでいる。そして今日も世の中は動く。足の引っ張り合いなど、あって当たり前だと言っていい。誰もがそうだ。
だが、どんなに息苦しくも、自傷行為や自殺行為を選ぶのだけはダメだと思う。人生はあながち絶望ばかりじゃない。それ相応の希望もある。嫌なヤツらがいても相手しなければいいじゃないか?自然と相手も離れていくのだし。こんな簡単な理屈は誰でも分かる。別に人などそんなものだと、高を括ってから臨めばいい。
最後に一言申し上げておくが、人間は人生の中でいろいろある。でも、全ての悩み事は必ず解決する。そういった風に出来ている。七転八倒しながら、生きていくのも面白い。そう思える。もちろん、嫌な人はいますし、嫌なこともそれ相応にありますが……。
ひとまず一筆書かせていただきました。
ではまた。
(了)




