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6、娼婦の三文芝居と僕

「幾らだ!!幾ら出せば良い!!」

「お待ちください旦那さま、只今亭主を呼んで参りますので、今しばらく」


その、もはや罵声にちかい怒鳴り声は、僕とアシュレイさんが本館2階のお客様用の部屋へ向かう際に聞こえてきた。

僕とアシュレイさんは顔を見合わせた後、どちらとも無く進行方向を反転させ、声の元へ向かう。

酔っ払いのお客様が大声を上げることは良くあることだけれど、こんな切羽詰った声は、僕がここに買われて来てから、一度たりとも聞いたことはなかった。僕は気になって、アシュレイさんに「何だと思います?」と問いかける。かえって来たのは難しい顔だった。


「たぶん、前に言ってた例の、娼婦…か、男娼かはわからんけど、そいつに娼婦を辞めさせるための金額を聞いてると思うんだが」


それにしたって…と、アシュレイさんは首をひねる。

声はものすごい焦燥感と悲壮感とをまとわせていて、事態が尋常でないということを漂わせていた。

声の主はどうやら受付カウンターで喧々囂々騒いでいるようなので、僕とアシュレイさんは2階の踊り場に差し掛かる手前の、丁度壁が途切れるところで足を止める。キッチリちゃっかり死角からの覗き見だ。

向かい側、要は娼婦側の踊り場に差し掛かる手前には夜着の娼婦たちがどこか興味深げに下を伺っている。

考えることは皆同じというわけだ。


「アシュレイ、アース」

「ナルさん」

「よう、お前も野次馬か」


その白金の髪を引きずらないようにひとまとめにして手に持ちながら、ナルさんは現れた。

彼もどうやらこの異常な声の主に興味があるらしい。アシュレイさんの軽口に、彼はニッと笑った。

僕たち三人はほんのちょっとだけ顔を突き出して、声の主を見やる。亜麻色の髪の、壮年の男性だった。

格好から察するに、小間使いなどではなく、お客本人のようである。


「見覚えは?」

「無いよ、アシュレイこそないの?」

「無ぇな」


アシュレイさんとナルさんは、二人して押し黙った。

高級娼館"クローディア"を使うお客は、国の中枢のお偉方、つまりは上流階級・特権階級の人ばかりなので、利用する人数も少なくあまり変動しない。

上の人の肩書きはそうぽんぽん増減しないというのもあるし、上の人のすべてがすべて娼館を使うわけではないからだ。

つまるところ常連ばかりになるわけだけど、13歳と若いナルさんはともかく、23歳でほとんどベテランのアシュレイさんがお客の顔に「見覚えがない」ということは、新規のお客か、あまり娼館を利用しないお客、ということになる。少なくとも常連客ではない。


「面倒臭ぇ客寄こしやがって…誰の紹介だよ、ったく」

「紹介?」

「ああ、ウチはほら、予約制だし何より高級娼館だから、一見さんお断りなんだよ。誰かからの紹介状が無いと僕らを買えないんだ」


僕がふんふんと頷いたところで、1階の奥から数人の女性が出てきた。女亭主のジーラさんをはじめとした、お店を切り盛りする女衆の人たちである。

女衆っていうとかっこいいけど、実際はメイドさんの格好をした40代ぐらいのおばさんたちの集団だ。

なぜか少し怖い威圧感があるよな、あの集団、とアシュレイさんがほとんど無意識に呟いた。僕とナルさんも無言で頷く。激しく同意である。


「大変お待たせいたしまして、申し訳ございません、ギュラー様、高級娼館"クローディア"が亭主、ジーラにございます」


恭しく頭を下げたジーラさんを見やり、ギュラーと呼ばれた壮年の男性はどこかホッとしたような息を吐いた。

男性は少し居住まいを正してから、紳士の礼に乗っ取った礼を取る。


「お騒がせして申し訳ない、マダム。しかし、事は急を要するのです」

「左様でございますか…立ち話では何かとご不便でございましょう、よろしければ奥の」

「マダム、私は急を要すると言った」


男性の硬い声に、ジーラさんが不自然にギシリと動きを止めた。

不穏な空気が流れ、僕たち娼婦と受付のカウンターにいる従業員さんと女衆が固唾を呑んで見守る中、壮年の男性はその亜麻色の髪をくしゃりと握り締めながら口を開く。


「私の髪と似たような髪の娼婦を一人、容姿は問わん。出来れば14,5歳の娘がいいが…身請けを、致したい」










+++










事の発端は、亜麻色髪の壮年の男性、ギュラー・アルデモンド公爵の娘、アンジェリー・アルデモンド公爵令嬢が使用人と駆け落ちしたことにあった。


許婚との結婚式を一週間後に控えた先日、アンジェリー嬢は公爵の館の使用人数人と組んで、乳母の息子と密かに駆け落ちした。公爵自体も実は彼女らが通じているのを感じていて、しかし政略的にはどうしてもアンジェリー嬢に嫁いでもらわなくてはならず、もんもんとした日々をすごしていたらしい。

そういうわけもあってアンジェリー嬢が幸せになってくれるのであればと、捜索はせずに居たそうだ。そのままどこか別の国へでも逃げてくれればいい、と。


しかし問題がひとつ。


ありていに言えば、許婚に対する言い訳が未だに用意できていないのであった。

そのまま素直に「娘は使用人と駆け落ちしました」とは、まさか言えるはずも無く、かといって旨い言い訳も思いつかない。

ヘタに死亡した事にしてしまうと原因を究明される可能性があり、変な噂でも立ってしまったら目も当てられない。


そこで思いついたのが、替え玉である。


「それで、何で高級娼婦なんです?」


人身売買がほぼ合法で行われるこの国は、連日さまざまな人種が商会にて集まり売り買いされている。そう、僕のような存在は(違う世界が出身だと言うことを除けば)ざらにいるのだ。替え玉が欲しいなら商会に行ったほうが安く買えるし、何より選び放題だ。世の中には似た顔が3人はいるというし、もしかしたらソックリさんだって売られているかもしれない。


「結婚式が4日後に控えてるから、だろうな」


アシュレイさんが渋い顔で答えてくれたけど、それでも良くわからない僕に、ナルさんが「僕らがやってる勉強とか所作の問題だよ」と口を挟んだ。


「商会で売り買いされてる人間は対外がよくて口減らし目的の地方民、最悪戦争孤児か浮浪児だからね」

「そんな奴らに公爵令嬢の代わりが勤まるとは思えねぇだろ」


そういわれてみればそうだ。

僕らは日々勉強しているから、上流階級でも通じる礼節や所作、知識があるけれど一般の人はそうじゃない。

以前の勉強中アシュレイさんから聞いた話しだと、この王国民の半数近くが文字の読み取り書き取りはできる物の、それでもメモに殴り書き程度がいいところで計算にしても必要最低限(例えば、市場で買い物が差し支えなく出来る程度)の知識しかないらしい。

歴史に関しては御伽噺と噂話が精々とか、なんとか。王都に関して言うなら、新聞のような物は発行されているらしいけれど、それだって中流階級以上の人がたしなむ物なのだ。そして中流階級から上の人は、よっぽどのことが無い限り売り買いされない。

僕が納得してうんうん頷いている間に、ジーラさんと公爵の話し合いに決着がついたようで、ジーラさんはこれ見よがしに大きくため息をついた後、くるりと振り返り階段の上(僕らがいるほうじゃなくて、娼婦たちの方だ)を仰ぎ見た。


「パスィリル、そこにいるね」

「…はい」


名前を呼ばれてしぶしぶ踊り場に姿を見せたのは、緩やかなカーブを描く淡い金の髪を肩口で切りそろえた僕より少し年上のお姉さんだった。

僕たちを含む野次馬と、公爵の視線をいっせいに浴びて、お姉さんは居心地悪そうに身じろいでいる。


「アンタの抱えてる子に一人、条件に合いそうな子がいたろ」

「…ジーラ姐さん、あの子は先日お客がついたばっかりで、その」

「そんなこたぁ私だって判ってる。けど話はついた。金はキッチリ貰ってる。文句のつけようがない。判るね」


ジーラさんの声は硬い。荷馬車の中で僕に話しかけてくれていた、気のいいおばさんみたいな雰囲気はナリを潜めている。

パスィリルさんはその場で固まって、じっと何かに耐えているようだったけれど、不意に彼女の肩に手が置かれた。

彼女は弾かれた様に顔を上げる。肩に手を置いたのは別の背の高い娼婦で、そのお姉さんの隣にはもう一人、僕より少し背がありそうな、亜麻色の髪の女の子が立っていた。パスィリルさんは背の高いお姉さんをねめつける。


「ユーグ、あなた…」

「パスィ、お前さんが何を言っても状況は変わらないよ。ラルゥもそれを判ってる」


ユーグと呼ばれた背の高いお姉さんはそう言って、亜麻色の髪の女の子をパスィリルさんの前に立たせた。


「パスィ姉さま、ラルゥは大丈夫ですから、お気になさらないで」

「…ラルゥ」


もうたまらない、といった様子で女の子に抱きついたパスィリルさんの肩は、わずかながらに震えていた。

それは泣いていたのかもしれないし、女の子のこれからを憂いているのかもしれなかった。


「いやアレ、たぶん笑ってるぜ」

「え」

「いやー、久しぶりにみたよパスィさんとユーグさんの三文芝居。相変わらずお涙頂戴は旨いよねー」

「…え」

「ああやっときゃ、公爵はあの子を厚遇は無いかもしれないが冷遇するってこたないだろ、大事にしていた子を無理やり取っていく訳だからよ。良心の呵責ってやつ? ま、最終的には公爵家から嫁ぐんだしあンま関係ねぇかもしれねーけどなー」


僕は唖然としながらジーラさんに手を引かれていく亜麻色の髪の女の子と、階段の上で俯くパスィリルさんを交互にみた。

そして気づいたのだ、俯くパスィリルさんの口角がうっすらと上がっていることを。

僕はなぜかその笑みに寒気を覚えて「女の人って、怖い」と呟いたのだった。

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