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4、神聖娼婦と僕

グロ注意

僕がようやく、何とかたどたどしくもこちらの文字を書けるようになり、つっかえつっかえ物語が音読できるようになった頃。

僕の勉強は一段階上の物へとステップアップすることになった。

つまりエッチなこと、ではなく、人体の急所と構造、医療学についてである。

医療学、と聞いて僕は少し怖気づいた。


医療学ってつまり、ソレはお医者さんの勉強なんじゃないだろうか。

ソレってすごく難しいんじゃ…? というかなんで医療学なんて必要なんだろう。


僕の思ったことはすべて顔に出ていたらしくて、僕の教育係のアシュレイさんはその金色の目を細めてクツクツ笑った。

猫みたいだな、なんて思う。


「お前ぇが思ってるほど、ご大層なもんじゃねーよ。ただな、ヤッてるときにもしもの事態があったらいけねーから、応急処置は出来るようになっとかねーといけねぇんだ。」


ま、それでも死んじまうときは死んじまうんだけどよ、とアシュレイさんはどこか仄暗い顔で笑う。もしかしたら彼は、そういう現場を見たことがあるのかもしれない。僕はことさら真剣に頷いた。


「人体の急所と構造は、いろいろ役に立つ。たとえば筋肉の位置、骨の位置、気持ちよくなるツボ、そうじゃないツボ。性感帯って言うんだけどよ、そこを刺激してやると気持ちよくなる場所って言うのがあってな。人の体っていうのは不思議なモンで、顔や体の形こそ十人十色だが、気持ちよくなるツボって言うのは大体似通ってる。例えば、女なら…あー」


アシュレイさんは自分の脇の辺りをツツツ、となぞろうとして、一瞬停止した後、ふむ、と思案顔になって「男のツボはまだしも、女のツボは女用意した方がいいか、ウン」と口の中でもごもごつぶやいた後、僕を真正面から見つめてくる。


「そーだな、そろそろいいよな。んじゃちょっと移動しようぜ」

「え、何処へです?」


他の娼婦連中ンとこ!と、アシュレイさんはどこか意地の悪い顔で笑った。










+++










娼館の表通りに面する建物、いわゆる本館は、小学校の校舎みたいだと僕は思っている。


いや、外見はものすごく華美で本当に物語に出てくるお屋敷のようなんだけど、全然複雑な構造じゃない一文字に延びたこの本館はなんとなく僕に僕が通っていた学び舎を思い出させた。

その小学校みたいな本館は、三階建てで真ん中に大きな玄関と玄関ホールがあり、あとは小学校の教室よろしく大きな部屋が沢山ある。

1階の部屋は総て従業員用の施設で、2階が総てお客様用、3階は半分が僕ら娼婦の談話室で、半分が空き部屋になっている。この空き部屋は緊急時専用でめったに使われることは無いと、アシュレイさんが言っていた。

1階玄関ホールには、ど真ん中を横断するようにカウンターが設けられている。

そこに3人受付の人がいて(今はお兄さんが1人と、お姉さんが2人だ)なにやら帳簿と格闘しているようだった。


あ、どこかで見覚えがあるなとずっと思っていたんだけど、そうだ、これ、銀行の窓口みたい。


僕はちょっと笑った。

その銀行みたいな受付カウンターの後ろには、半螺旋に階段が左右に延びていて、右の階段を行くと娼婦、左の階段を行くと男娼を買うことが出来る。


僕とアシュレイさんは、カウンターから見て左側の階段を優雅に下りていって、いや、優雅に降りたのはアシュレイさんだけで、僕はおっかなびっくり

手すりにつかまりながら降りていく。階段には毛の長い臙脂色のビロードがひいてあって、僕はすぐ転びそうになるのだ。それに気づいたアシュレイさんが僕に生ぬるい笑みを向けてくる。僕はしかめっ面を向けようとしらけれど、その瞬間に躓きそうになってしまってあわてて視線を足元に戻した。


「あれ、アシュレイにアース、勉強は終わり?」

「うんにゃ、その勉強でちょっとルクレシアに用事なんだけどよ、アイツの予定ってどうなってたっけ?」

「ルクレシアね、ちょっとまって」


受付のお姉さんは格闘していた帳簿をパタリといったん閉じて、カウンター下の引き出しから別の冊子を取り出した。

ちなみに、コチラの世界に紙は無い。総て薄く切った木のような植物を使っている。だから文字をうまく書かないとすぐに滲んでしまって、読み取れなくなるのだ。

そして何より、端っこが鋭いので気をつけないとすぐに指を切る。

まあこれは、紙でも同じことなんだけれど。

そんなことをつらつら考えていた僕の手を、アシュレイさんがぐいっと引っ張った。


「3階の談話室、いくぞ」


今度はこけないよーに、お兄さんがちゃーんとエスコートしてやるからなー、なんていいながら意地悪くウインクしてくるアシュレイさんに、僕はほんの少しだけイラッとした。

のぼりじゃ僕だってこけないよ!








+++









えっちらおっちら僕は階段を上りきって、もうすでに上り終えて最上段でまっていたアシュレイさんを先等に、3階の談話室(僕たち娼婦が夜着のまま待機する部屋のこと。主に、予約の入っている娼婦が待機している部屋だ)の扉を開けた。

実は、僕はここに入るのは始めてである。僕のような見習いは勉強がメインであるので、教育係の先輩(僕の場合は言わずもがな、アシュレイさんだ)に、終始に引っ付いていなければならない。ソレこそ、おはようからおやすみまで先輩の暮らしを見つめる僕、というフレーズを思い浮かべる程度には、ずっと引っ付いていなくてはダメなんだって。


それで、なんで僕が始めてこの部屋に入るのかというと、アシュレイさんが談話室をあまり使わない人だからだ。


アシュレイさんはいつも予約の時間になると、僕を引き連れて直接お客様用の部屋へ向かってしまう。

そんなわけで、僕がアシュレイさんに引っ付いてからこっち、彼がこの談話室を使うのを一度も見ていない。館の間取りの説明を受けるときに、この少し古めかしい重厚な木の扉を指差して「ここが談話室。まあ、仕事前の娼婦がだらだらしてるとこだァな」と紹介したっきりだった。

そのことに関してどうしてなのか聞いたことはなかったのだけれど(誰にだって言いたくないことはあるだろうし、何かあるなら彼は何かしらを忠告してくれると思うからだ)彼は特になんのためらいも無くその扉に手を掛けて、押し開ける。キィッと少しだけ立て付けの悪い音が僕の耳に入った。


「あれ、アシュレイ、珍しい」


アシュレイさん越しに透き通るような声が聞こえてきた。聞き覚えの無い声だ。まあ、僕はアシュレイさん以外の先輩とあまり顔を合わせたことがない(何せ午前中は自室に篭って文字の勉強、昼もそこでとって、午後は午後でアシュレイさんのお客様が来るまで、アシュレイさんのお客様用の部屋で一般教養その他もろもろを学んでいるのである。廊下ですれ違って挨拶することはあっても、じっくりと話したことはない)ので、当たり前といえば当たり前だ。


「おう、ナル、久しぶり。ルクレシアは?」

「さっきまでいたんだけど、お花つみに行っちゃった。すぐ戻ってくると思うけど、ルクレシアに用なの?」

「ああ、ちょっとこいつの…あ、挨拶とかまだだよな? アース」


ちょいちょい、と手招きされて、僕は一歩前にでた。そうして、声の主を認識する。

もうほとんど銀とか白に近い金色の髪はビックリするぐらい癖が無くまっすぐで、床に着くほどの長さ。同色の睫もこれまた2センチはあるんじゃないかなってぐらい長い。

そこにはめ込まれた薄い冬の空見たいな水色の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめていた。

世界のキレイを集めたら、この人になるのかも知れないというぐらい、というか、もはや人じゃないんじゃないのかな、と思うぐらいのキレイな人だった。


「まあ聞いてると思うけど、新しく買われてきたアースだ。アース、あいつはナル。お前の3つ歳上の"男娼"だ」

「えっ!?」


何にビックリしたって、男娼だって事実にである。てっきり女の人かと思ったのに。

確かによくよく見ればナルさんの着てる夜着は男娼用のものだった。

僕を悪戯っぽく見つめたナルさんは「僕のこと、女の子だと思ったでしょ」と笑う。

図星だったので返答するか迷ったけれど、あんまりにもニヤニヤと面白そうに彼が見つめてくるので、僕は観念して「はい」と答えた。


「気にしなくていいよ、僕は良く間違えられるんだ。それに、女の子って言うのはまあ、間違いでもないし」

「え…?」

「あー、あれだ、アース。前に神聖娼婦についてちょこっと言ったことがあったよな?」

「はい。教会が聖別した娼婦で、彼女たちと床を共にすると特別な力を得られる、とか」


ちなみに、床を共にするとはつまり、致すことだ。

そして特別な力とは、何を指すのか明言されていない。その辺が胡散臭いんだ、とはアシュレイさんの談である。


立ち話もなんだから、と僕とアシュレイさんは談話室に入って、ナルさんの目の前のソファーに腰掛けた。


「そう。まあ、力云々は置いておいてな、その聖別された娼婦が、まあ、男娼だけどよ、ナルなわけ」


僕はビックリして、ナルさんをマジマジと見つめた。

ナルさんはその水色の瞳を弓なりに細めて、意味深に微笑んでいる。

つくづく絵になる人だな、と思いながら「すごいんですね」と僕は思ったとおりの賞賛を口にした。


「凄いもんかよ。逆にいっそ哀れなんだぜ、こいつは」

「え?」


珍しく棘のあるアシュレイさんの声に、僕はアシュレイさんとナルさんを交互に見やる。

アシュレイさんはとても不愉快げに口をへの字に曲げたけど、ナルさんはその微笑をくずさない。逆に深く笑んだようにも思えた。


「…いや、ある意味じゃあ、俺はこいつのこと凄ぇと思うし、尊敬もしてる」


けどよ、とアシュレイさんは口の中をもごつかせて、何か苦々しい物をはく様に口を開く。


「こいつ、無ぇんだ。取られちまってる。去勢ってやつだ」


僕は、まるで言葉を忘れてしまったように、何も声を出せなかった。

恐る恐るナルさんをみると、彼は、彼といっていいのかどうか判らないけど、彼は、ただそのきれいな顔に笑顔を乗せている。

アシュレイさんの「いっそ哀れなんだぜ」という言葉が、僕の脳みその中をぐるぐる回っていた。

女の子出す予定だったのに、男の園になっちゃってる…。


+人物紹介+

ナル:男・神聖娼婦(宦官)・銀に近い金の髪・極薄い水色の目(13)

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