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其の玖拾玖:水鏡に映る景色



 地面に鞠を突きながら順番に次の人へ鞠を渡すやり方の遊びに決定した。

 選ばれた手毬唄は“山寺の和尚さん”だ。

 人間の遊びに慣れていない千晶(ちあき)と、人に生まれ変わってから遊びを教わることなく英才教育を受けてきた爛菊(らんぎく)の二人は、その歌を知らなかった。

 しかし祖母の影響から人間界に関わることの多かった壱織(いおり)は知っていたので、此花(このはな)と幼児化された壱織の二人が歌う役目を担った。

「では始めるぞえ壱織!」

「ああ……」

 此花からのかけ声に壱織はげんなりとした様子で返事をした。

 幼児化された以上、此花の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 この中で唯一普通の大きさなのは爛菊だけだった。

 此花が声を弾ませて鞠を突き始める。

「山寺の、和尚さんが」

 ここまで歌って次の壱織に鞠を渡す。

「鞠は蹴りたし、鞠はなし」

 壱織もここまで歌って次の千晶に鞠を突きながら渡す。

「……」

 無言で鞠を受け取る千晶。

 歌を知らないので、此花と壱織が歌を続ける。

 歌のリズムに合わせて鞠を突くと今度は爛菊へと鞠が移る。

 こうして歌が終わるまで次々と鞠を渡しながら地に突き続けた。

 一通り歌い終わると、此花は鞠を受け止めた。

 そして満面な笑顔で口を開く。

「ホホホ、愉しいのぅ。こんなに愉しいのは久し振りじゃ!」

 これに爛菊が尋ねる。

「此花ちゃんは座敷童子なんでしょう? 座敷童子になってから誰とも遊んでいないの?」

「うむ……人の子さえ、妾の姿が視えぬようじゃ。他の童子達は人の子には視えるらしいから一緒に遊べるらしいが、妾だけはどういうわけか……」

 此花は淋しげな表情で鞠を胸に抱いて、視線を落とす。

 おそらくは神格化してまだ日が浅いからとも考えられる。妖怪ですらそう簡単には人の目には視えないのに、更に神の姿など余計に視えないだろうからだ。

 同じ神格化している和泉(いずみ)は千年妖怪を経たのもあり実体化できるが、此花にはまだそれに至っていないのだ。

 だがすぐに顔を上げると弾けた笑顔を見せる。

「でも良いのじゃ! 主らが今こうして遊んでくれている。それが一番嬉しいぞよ!」

「だってよ壱織。良かったな遊び相手ができて」

「は!? 突然何言っちゃってんのお前!?」

 千晶が言い放った言葉に、動揺する壱織だったが。

「主、そんなに妾と遊びたかったのかの!? 妾は嬉しいぞ! これで主と妾は友達じゃ!」

 感激した此花が、自分より小さい壱織をギュッと抱きしめてきた。

雅狼(がろう)、てめぇよくも、覚えてろよ!」

 壱織は此花の腕の中で千晶へと悪態を吐いた。

「ねぇ此花ちゃん。爛が人狼国の集落で子供の頃に歌い継がれてきた手毬唄があるの。良かったら教えてあげる」

「うむ!!」

 此花が壱織を背後から抱きしめたまま、嬉しそうに頷く。

 それを確認してから爛菊は鞠を此花から受け取ると、地面に突き始めた。

「――人に卑下する犬コロ家畜。我らを追いかけ生意気に、牙を向ければキャンキャンと、喉笛喰らって犬殺し」

「何か……すげぇ残酷な言葉が朝霧(あさぎり)の口から紡ぎ出されてんだけど」

 相変わらず此花に抱きしめられている壱織が、ボソボソと口走る。

「人狼国の由緒正しい手毬唄だ」

 千晶が隣で答えた。

 続きを爛菊は口ずさむ。

「頭を残して埋めりゃんせ。エサも与えず様子見る。一体いつまで持つのやら。頭上で一輪の梅が咲く」

 直後。

「むっ!?」

 此花が素早く空を見上げた。

 これに爛菊達も一緒にそちらへと顔を向けると。

 そこには車のタイヤ程の大きさをした黒い雲が湧き上がっていた。

「妖怪!?」

 爛菊は口走るが、確信を持てなかったのは此花が温泉宿敷地内に妖力封じの結界を張っている為、妖力を感じることもできなかったからだ。

 その黒い雲は結界外で渦を巻いたかと思うと、突然中から凄い速さで獣らしき頭部のみがこちらへ向かって飛び出してきた。

 咄嗟に幼児姿ではあったが千晶は爛菊を守ろうと、前へと立ち塞がる。だが。

 ジュウとけたたましい音を立てたかと思うと、瞬時に皮膚と肉が溶けてみんなの足元に骨のみとなって転がり落ちた。

 もうピクリとも動かない。

 どうやら妖力封じの結界に触れたせいで、一気に妖力が消滅したようだ。

「何だコイツ!?」

 幼児姿の壱織が声を上げる。

「この頭蓋骨の形は……」

 冷静に呟く千晶に、うむと此花が頷く。

犬頭(いぬがしら)じゃ」

「犬、頭……?」

 此花の言葉に、爛菊が繰り返す。

挿絵(By みてみん)

「更に詳しく言うなれば、こやつは何者かが放った式鬼(しき)じゃな。下賤妖怪であるゆえ、結界で妖力が消滅したのじゃ」

 言うと此花は頭蓋骨を足の爪先で触れる。

 途端、ボロボロと呆気なく崩れた。

「一体誰が何の為に……」

 呟く爛菊に、此花がそちらへと顔を向ける。

 いや、正確には、その前に立ちはだかっていた幼児姿の千晶へと。

「主、狙われておるの」

「何だと……!?」

「え? 千晶様が……!?」

「そりゃこいつの性格なら敵がいても不思議じゃな――」

 驚愕する千晶と爛菊の後に、そう口にした壱織の頭に爛菊からの拳が振り下ろされた。

 ガンッ!!

「いってぇぇぇー!!」

 頭を抱える幼児姿の壱織を無視して、爛菊は此花へと視線を戻す。

「主、心当たりはないのかえ?」

「俺は誰かに恨まれる覚えはない」

 きっぱりと千晶は断言する。

「だが……」

 一拍置いて、再び千晶は口を開く。

「因縁の相手ならいる……この犬頭から明らかだ」

 千晶は屈みこむと砕けた犬の頭蓋骨の粉塵を手に取り、サラサラと零す。

「因縁の相手……?」

 幼児姿の千晶に合わせて、爛菊も足を曲げてしゃがみ込む。

「見ての通りだ」

「犬ってことか? 犬なんて狼にとっては手下みたいなものだろう?」

 壱織の疑問に、千晶はふと息を吐く。

「それが原因なのもある」

「つまり反旗を翻したってことか?」

「まぁな……」

 この千晶の言葉に、爛菊は漠然とした複雑な思いを覚えずにはいられなかった。

「ふむ。事情は分かった。どうやら主に悪意は微塵もない上、妾と遊んでもくれた」

 此花は千晶の様子から全てを悟ったかのように首肯すると、ポンポンと鞠を千晶と壱織の頭に軽く当てた。

 直後、幼児姿だった二人は元の大人の姿に戻る。

「主への妖力封じも解いておいた。されどこの宿には結界を張っておるゆえ、結界内での妖力使用は不可能ではあるがの」

 身長が戻った千晶を、此花は見上げてから言った。

「どうやらその一癖も二癖もある手毬唄に、因縁の深さが込められておるようじゃな。さて、では行くかの壱織」

「へ? 何で俺が、一体どこに……」

「野暮なことを言うでない」

「ん? あぁ、分かった……じゃあなお二人さん」

 そう言い残して壱織は、此花に連れられて行ってしまった。

「しばらくはおとなしくしていたのに……」

 千晶は誰ともなく呟いたが内心、心当たりがあった。

 しかし疑問も脳裏によぎる。

 

 あいつは厳重に監禁されている。それが一体どうやって。

 

 思いながら千晶は、妖力封じの張られている空を見上げた。

 白い膜のようなものが空を遮っているのが視える。

 千晶個人にかけられていた妖力封じが解かれた今なら、意識さえすれば結界を視ることができた。

 とりあえず、この結界の中にいるうちは妖怪が襲ってきても安全だ。

 千晶は気持ちを切り替えると、背後にいる爛菊を振り返った。

 すると彼女は不安そうな表情を浮かべているのが分かった。

 千晶は爛菊を抱き寄せる。

「大丈夫だ爛菊。せっかく温泉旅行に来たんだ。ようやく落ち着いた今、改めて旅行を楽しもう」

「ええ……千晶様」

 彼の抱擁と言葉に、爛菊は不安を拭い去るように小さな微笑みを浮かべた。

 二人は自分達の部屋へ戻ると、タイミングを合わせたように仲居が夕食を運んできた。

「今日は思いがけずにバタバタしたな」

「そうね。でも夕食を前にしたらようやく気持ちも落ち着いてきたわ」

「まったく、子供にされた時はどうなることかと思った」

「クスクス……でも、幼児姿の千晶様、とても可愛かった」

「クックッ……もう二度とごめんだがな」

 雰囲気が和む中で、千晶は苦笑する。

「食事が終わったら、温泉に入って今日の疲れを落としましょう」

「ああ、そうだな」

 こうして二人は、食事に舌鼓を打つのだった。




「温泉旅行とは呑気なもの」

 一人の狩衣姿の人物が水鏡を覗き込みながら口にした。

 その隣りにいるもう一人の人物が、これに答える。

「だからこそ今回奴が選んだ宿泊場所が幸いした」

「人狼皇后が例の童歌を口ずさんだから、犬頭を呼び寄せた」

「しかしこれで皇后がどれだけ前世の記憶を取り戻したかが分かった」

「問題は本来の能力まで蘇ったか」

 狩衣姿の人物は不愉快そうに呟いて、水鏡から背を向け歩を進めると縁側に出てから空を見上げる。

 黄昏の中、宵の明星と上弦の月が寄り添うように浮かんでいた。



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