表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/144

其の玖拾柒:壱織からの招待



「どうしてあなたが……その、飛鳥(あすか)先生がここに?」

「おばあ様に呼び出された帰りに、たまたまここを通りかかったらあんたの声が聞こえたから来てみた。何を一人で騒いでんだ?」

 爛菊(らんぎく)に尋ねられて、壱織(いおり)は背中の翼をバサリと一度、羽ばたかせる。

「一人じゃない。千晶(ちあき)様も一緒よ」

「みてぇだけど、どこに雅狼(がろう)がいるんだ?」

 壱織は窓へと歩み寄ると、室内を見回す。

 すると爛菊が少し体をずらした。

「ここよ」

 彼女の陰から、赤い顔をして倒れている金髪が美しい幼児の姿が現れる。

「……何だそのガキは?」

「千晶様よ」

「はぁ!?」

 壱織は眉間を寄せた。

「助けて」

「へ?」

「すごい熱があるの。あなた治癒能力持っているでしょ。だから千晶様を助けて!」

「助けろって言われても……」

 壱織はぼやくように口にしながら、頭をわしわしと掻く。

「何。嫌なの? 爛達が、あなたにとってケダモノだから?」

 静かで落ち着いた口調ではあったものの、爛菊の双眸は怒りで据わっている。

「違ぇよ。どうやらここは、妖力封じの結界が張られているみてぇだから、俺の治癒を発揮できねぇと思ってよ」

「妖力封じの、結界……!?」

 今度は爛菊が眉宇を寄せる番だった。

「見てろよ」

 壱織は翼から一枚、羽根を抜き取ると庭先の空へと向かって投げ放った。

 するとその羽根はこの温泉宿の敷地から外にあたる空中で、パシンと白い光に阻まれてヒラヒラと地へ舞い落ちていった。

「な? 今のが妖力封じの結界」

「そんな……!」

 爛菊は衝撃を受ける。

「どうしよう……っ」

「あん?」

「じゃあ一体どうすればいの!? このまま千晶様を放っておくわけにはいかない!!」

 普段は冷静な彼女の混乱ぶりに、壱織は束の間好奇心を覚えながら人差し指を立てて見せた。

「要はここから出りゃあいいんだよ」

「え?」

 爛菊は顔を上げる。

「あくまでもこの結界は妖力だけを封じ込めるものだ。出入りは自由。現に俺はこうして入れただろう。だから、この結界の外に出りゃあいいんだよ。そのちみっこくなってぶっ倒れている雅狼を連れてな」

「……!!」

 壱織の言葉を聞くや否や、爛菊は急いで大人サイズのシャツで小さくなった千晶を包んで、抱きかかえた。

 千晶は爛菊の腕の中で、頬を火照らせて荒い呼吸を繰り返している。

「千晶様しっかりして。今ここから出してあげるから……!」

 爛菊はそう声をかけながら、広縁にある掃き出し窓から庭へ出ると、温泉宿の敷地外へと急いだ。

 先に結界の外へと歩いて行く壱織の後を追う。

 そしてようやく結界の外へ出ると、壱織が胸ポケットに指を突っ込みながら背後にいる爛菊へと振り返り、ピッとポケットから指を抜いた。

 すると人差し指と中指の間に、折り鶴が挟まっていた。

「? 何?」

 怪訝な表情をする彼女に、壱織はふと口角を引き上げてポイとその折り鶴を放った。

 途端、折り鶴が二メートル程の大きさになる。

「こいつに乗れ」

 壱織に言われるまま、大きくなった折り鶴の羽の付け根へと爛菊は飛び乗った。

「どこに行くの? もう結界から出ているのだから、ここで治療を……」

「無理だな。一応結界から出たが、側にいる限り妖力を使用すればそれに反応して、膨張して呑み込まれる。まずはここから遠くへ離れねぇと」

「そう……」

「特別に俺の家に招待してやるよ。俺のエリア内なら何者にも俺の妖力が影響されねぇし、確実だ」

 言いながら壱織は背中の翼を広げると、力強く羽ばたいて空へと飛び上がった。

 それに連動するように、爛菊を乗せた折り鶴も浮かび上がる。

 爛菊は折り鶴の首部分へと背凭れて座ると、腕の中にいる幼児姿の千晶の頭を優しく撫でた。

「千晶様、もうしばらく辛抱してね」

 壱織の進行方向へと後を追って、爛菊達を乗せた折り鶴は滑空を始めた。


 ――十五階建てマンション最上階。壱織の部屋にて。

「お邪魔します」

 玄関の壁にあるフックに鍵を引っ掛けてから、奥へと進んで行く壱織の後に爛菊が続く。

 2LDKで一人暮らしをしており、壱織らしく塵一つない室内は広く、白黒を主にゴージャスにあしらわれている。

 ベッドルームも白黒を基調にしているが、枕だけが赤い。

 爛菊はベッドへと歩み寄ると、ゆっくりと幼児姿の千晶を横たえた。

「んなっ! お前そこは俺のベッドだろう! せめてソファーに寝かせて――」

 気付いた壱織が慌てて声をかけたが、爛菊の鋭い睥睨に思わず押し黙る。

挿絵(By みてみん)

「ここなら確実に妖力を発揮できるんでしょう。つべこべ言ってないで千晶様を助けて」

「――!!」

 強気な態度の彼女に、壱織は閉口すると盛大な溜息を吐く。

「ああもう! 分かったよ。ここに呼んだのは俺だしな!」

 そうして壱織は大股でベッドに歩み寄って、千晶の傍らにいる爛菊を目で脇へとずらさせる。

 そして跪くと、千晶の頭に片手を乗せた。

 何せ幼児姿の千晶なので、彼が頭に置いた片手が異常に大きく感じられた。

 早速治癒能力を発揮する壱織。

 手の中が淡い光を放っている。

 だが、何かに気付いて壱織の手がピクリと動いた。

「これは……」

「何、どうしたの?」

 思わず口走った壱織の言葉を煽る爛菊。

 だが壱織は彼女の疑問を無視して、更に治癒を続行する。

 すると荒い呼吸を繰り返していた千晶の息遣いが穏やかになった。

 これに爛菊は千晶の顔を覗き込む。

 ピクピクと千晶の瞼が痙攣したかと思うと、スゥと両目が開いた。

「千晶様!」

 幼児ならではの大きくてつぶらな、そして本来の美しい琥珀色の瞳が現れる。

 しかしここで、壱織が一粒の汗を額から流しながら、千晶の金髪の頭から手を引っ込めた。

「何? まさかこれで終わり? この幼児化までは治癒できないの?」

 爛菊が険しい表情で壱織を仰ぎ見る。

 だが壱織も渋面しつつ顔をゆっくりと横に振った。

 そして慎重な様子で口を開く。

「お前ら、一体何を相手にしたんだ。この業は単純な妖怪とかなんて生易しいもんじゃねぇ。まず妖怪が妖力封じの結界を使うわけがねぇからな」

「え……?」

「そして何よりもこいつ……雅狼自身に妖力封じが仕込まれている。だから体内に封じられている妖力が行き場を失って、こうして発熱したんだろう。俺の力でしてやれることはここまでだ」

「そんな……!」

 すると千晶がゆっくりと上半身を起こした。

「あれは……多分……」

「? 相手が何者か解かるのか? 雅狼」

 千晶の幼い声での呟きに、壱織が訊ねる。

「……解らないが……多分……」

「何だそりゃ! 解かんねぇのかよ!?」

 すると今度は爛菊が相手の特徴や外見を壱織に説明を始めた。

 一通り話を聞いた壱織が思案する。

「そいつはもしかして……」

「ああ、おそらくはそうだと思う」

 千晶も口を開く。

 そして二人揃って言葉を発した。

「――座敷童子」

 これに爛菊は腑に落ちない表情を見せる。

「座敷童子って……確か(あやかし)ではなかった?」

「そうだ。妖だ。だから謎なんだ。妖である座敷童子が妖力封じを使うのが」

 壱織が答えると、しばらく沈黙が続いた。

和泉(いずみ)の所へ行く」

「え?」

「あ?」

 唐突にボソリと口走った千晶に、爛菊と壱織が聞き返す。

「和泉に今回の謎の解明と、俺の幼児化解除を頼む」

 そうしてベッドで立ち上がり、フラついた千晶を爛菊が受け止めた。

「分かったわ。飛鳥先生、私達を和泉の所へ連れてって」

 こうして再度、バルコニーから壱織の折り鶴に乗り込むと、三人で和泉がいる鹿乃神社へと向かった。



 ゴールデンウィークなだけあって、大量の鹿に入り混じってたくさんの観光参拝客が訪れていた。

 途中でパーカー付きで一回り大きめの子供服を買って、千晶に着せて狼の耳と尻尾を隠す。

 まず本殿の方に行ってみたのだが、ある程度祈祷などの仕事を終えて境内の方にいると出仕に言われた。

 なのでこの広い境内に爛菊は幼児の千晶の小さな手を引き、壱織を伴って探し始める。

 だがすぐに、圧倒的にキャアキャアと女の人集りができている所を見つけて、そちらへと向かう。

 すると授与所の建物の中で、窓越しに鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)が穏やかな表情で接客していた。

 しかし客達の目当ては品物よりも彼自身であり、写メなどが多く向けられている。

 神主である和泉の待ち受け画面もきっとご利益があると、真しやかに囁かれているのもあった。

 正面から人混みを掻き分けて行くのは不可能と判断すると、爛菊は授与所のドアを開けて室内へと堂々と入って行った。

「和泉さん」

 彼女が背後から声をかけると、和泉は振り返って微笑みを見せる。

「おや。このように賑やかな日に、一体何用だね?」

 しかし、和泉の声は更なる歓声に掻き消される。

 爛菊と壱織の、美少女とイケメンな二人を見て参拝客達は感激を覚えたらしい。

 更に彼らの足元にチョコンと立っている幼児姿の千晶の、愛らしい容姿にまるで小動物を見るような反応が起きる。

 まるで有名人に対する騒ぎに、和泉は苦笑しながら述べた。

「本殿の方へ移動しよう」

 一方、壱織はまじまじと和泉を眺め回していた。


 こいつが俺よりも絶世の美貌と謳われている神鹿の妖か。


 内心そう思いながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ