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其の玖拾陸:まさかの人物



「さて、千晶(ちあき)のおかげで妖力完全回復したし、元気になったところで今日も張り切って学校に行くかの!」

 朝食の雑炊を綺麗に平らげると、雷馳(らいち)はダイニングテーブルの椅子から立ち上がったが、賺さず鈴丸(すずまる)が引き止めた。

「今日からゴールデンウィークだよ」

「何じゃ、そのゴールデンウィークとやらは?」

「昨日学校で先生から話なかった?」

 雷馳の疑問を逆に問いかけてきた爛菊(らんぎく)に、少し考えてから雷馳は答えた。

「昨夜の土蜘蛛騒動で忘れてしもうた」

 すると朱夏(しゅか)がここぞとばかりに口を開く。

「ゴールデンウィークとはね、大型連休のことよ」

「お母さん、知っているのかの?」

「ええ、テレビの報道番組でやってたわ。渋滞のこととか。ホント、テレビって便利よね」

 テレビの必要性を熱く語る(あやかし)は、朱夏が初めてだ。

 これが可笑しくて、クスクス笑う爛菊と鈴丸。

「しっかり主婦やってるんだね、朱夏さんってば」

「ところで爛菊。八握脛(やつかはぎ)ほどの妖力を手に入れて、何か変化はないか」

 お茶を啜りながら、千晶が声をかける。

 これに爛菊は自分の片手を開閉しながら見つめる。

「ええ。妖力が上がったのは分かるのだけど、それをどう表現するのかがよく分からなくて……」

「お前の得意能力の記憶は、まだ思い出さないか」

「得意能力……」

 千晶に指摘され、爛菊は潜在記憶を掘り下げていく。

 しばらくすると、爛菊の脳裏にまるで蛇口をひねるかのように、怒涛の如く前世の記憶の一部が押し寄せてきた。

 高い妖力を得たことで、意識して思い出したことにより記憶が今現在の強さに合わせた前世を、蘇らせたようだ。

 爛菊は目を見開いて顔を上げると、口走った。

「松竹梅……」

「……」

 千晶は爛菊を見つめながら、無言で先を促す。

 一方、突然何やらおめでたい単語を発した彼女に、他のみんなは小首を傾げる。

「松と竹で攻撃をして、梅で補助を促す力……」

「その通りだ。これで今後は更に戦いが楽になるな」

 爛菊の意識を確認してから、首肯する千晶。

「えー、なになに!? その技をそこの庭で見せてよ!」

 鈴丸が好奇心を露わに身を乗り出す。

「駄目だ。庭がメチャクチャになる」

 千晶は速攻拒否した。

「チェーッ、つまんない」

 鈴丸は残念そうに口をとがらせて、再び背中を椅子に凭れる。

「ラン殿の技を見る時が楽しみじゃわい」

 改めて椅子に座り直して、お茶を啜る雷馳。

 するとふいに千晶が、話題を変えた。

「ところで爛菊。実は今日二人で温泉に行こうと宿屋に予約したんだ。せっかくの連休だ。外泊デートでも楽しもう」

「え? は、はい」

 千晶の突然の誘いに、爛菊は戸惑いながらも承諾する。

「まぁいやらしい。奥さん、外泊ですってよ」

 鈴丸が手の甲を口元に当てて、朱夏へと声をかける。

 そんな鈴丸の仕草と口調に、朱夏は苦笑しながら言った。

「夫婦なのだから、たまにはそれも必要ね。私も雷馳と一緒に親子水入らずで連休を過ごすわ」

「本当かの!? お母さん。ヤッタァ!」

 賺さず雷馳は大はしゃぎする。

 ポツンと残される鈴丸だったが、溜息一つ吐いて口を開いた。

「僕は猫の集会もあるし、テイルと一緒に猫の社会を楽しんでくるよ」

「ンミャウ」

 鈴丸の言葉にテイルが彼の膝の上に飛び乗ってきて、ゴロゴロと喉を鳴らして顔を擦り付けてくる。

 こうして皆それぞれのGWの過ごし方が決まった。




 予約した温泉宿を目指して、爛菊と千晶の二人は電車に乗っていた。

 今回が初めての電車に、爛菊は変わりゆく車窓を楽しみながら、心地良いレールが刻むリズムに意識を委ねる。

 そんな物静かでいる彼女を前にしながら、たまにはこうした時間を過ごすのも良いと千晶も感じていた。

 車窓の景色は人工物からやがて、山の連なりへと変わっていく。

 こうしてようやく辿り着いた目的地は、まるで世間から隔絶された秘境の温泉宿だった。

 宿泊手続きを済ませ、仲居からの案内で部屋へと向かう。

 平屋造りの温泉宿で、庭園を望む廊下を奥へと歩いて行く。

 広い庭園にある大きな池には八ツ橋が架けられ、杜若(かきつばた)黄菖蒲(きしょうぶ)などの花が咲き誇っていた。

「素敵なお庭」

「何でも江戸時代から続く老舗旅館らしいからな」

 歩きながら口にした爛菊に、千晶が静かな口調で答える。

 やがて十畳一間の和室に通される。

 昔ながらの宿だからか、天井が低く感じられるものの中庭に面した大きな窓と、広縁のおかげか狭くは感じられない。

 床の間には風景画の掛け軸とともに活花が飾られている。

 部屋の真ん中にテーブルがあり、二人分の座椅子が向かい合う形で置かれていた。

 仲居はお茶を用意し、夕食をいつ部屋に運ぶかなどを説明して、部屋を出て行った。

 しばらくの沈黙の中、爛菊が湯呑みを手にしたまま一方向を見つめている。

 そう。実はこの部屋には個別に露天風呂があるのだ。

 プライベートが守られつつも、開放感のある露天風呂だ。

 この彼女の視線に答えるように、千晶は沈黙を破った。

「ちなみに混浴もOKだぞ」

「え、ええ……」

 思いがけない爛菊の返事に少し驚きを覚え、千晶は改めて彼女を見つめる。

 すると爛菊は頬を朱に染めていた。

「ち、千晶様が望むのであれば……爛は混浴しても構わない……」

「爛菊……!」

 これはもしかすると期待しても良いのかも知れないと、千晶は目を輝かせる。

 人間に生まれ変わった爛菊の肉体は、当然まだ処女だ。

 万が一にも千晶が彼女の存在を見落としていたならば、危うくその眩いばかりの白肌はあの死に損ないの老人、嶺照院(れいしょういん)に穢されてしまっていたのかも知れなかった。

 爛菊との間にあるテーブルが邪魔に感じられたが、焦るな、落ち着けと千晶は内心、自分に言い聞かせる。

 時間はまだたっぷりあるのだ。

 つまりチャンスはいくらでもある。

 千晶は改めて湯呑みを手に取ると、一口茶を啜った。

 だがふと、何者かの視線を感じて千晶は、そちらへと顔を向ける。

 すると窓の外で、赤い着物に白髪を肩まで伸ばした五~六歳くらいの女の子が立っていた。

 手には(まり)を持っている。

 爛菊も気付いて、窓辺へと歩み寄った。

「あなた……ここの子供?」

「……」

 彼女の問いかけに、女児はキョトンとした顔で無言を返す。

「爛菊……こいつは人間じゃない」

 険しい表情をした千晶が、爛菊の背後に立つ。

「え……まさか妖怪?」

「判らない」

「?」

「人間じゃないが、妖気は感じられない」

 すると女児は満面の笑顔を見せた。

「主ら、(わらわ)が視えるのかの!?」

「ええ。視えるわ」

 爛菊は女児に向き直る。

 邪気もないので、危険ではないと彼女は判断したのだが。

「遊ぼ!」

「え?」

「妾と遊んでたもれ!」

 女児は屈託のない笑顔で手に持っている鞠を突き出す。

 しかし千晶が爛菊を自分の背後へと隠しながら、警戒心を露わに女児へ威圧的に訊ねる。

「貴様、何者だ」

「妾か? 妾の名は、此花(このはな)じゃ!」

「いや、名前じゃなくてだ」

「名ではなく……? 妾は、妾じゃが?」

「正体は何だと言っている。人間ではないのは確かだろう」

「ふむ……確かに妾の姿は誰にも視えぬようじゃが、主らは違ぅた。妾が視えておる。故に、早く妾と遊んでたも!」

 女児は少し考えながら呟くと、再度笑顔で鞠を突き出した。

 しかし。

「――駄目だ」

「ほぇ?」

「正体不明なお前を相手にするわけにはいかん。とっととこの場から失せろ。シッシッ!」

 千晶が冷たくあしらうのに爛菊は困惑する。

「千晶様、何もこんな子供に……」

「こいつは人でもなければ子供でもない。見た目に騙されるな」

 すると女児――此花は、鞠を胸元へと引っ込めると、深く俯いた。

「ゎ……妾と遊んでくれぬとは……せっかく遊び相手を見つけたと言うに……この仕打ち……」

 涙声の此花の言葉に戸惑いを覚えた爛菊だったが。

「主なんか……主など、嫌いじゃー!!」

 此花は泣き顔を上げたかと思うと、手にしていた鞠を正面にいる千晶の胸元へとぶつけた。

 鞠は千晶から地面へと落下する。

 直後、千晶は激しい眩暈(めまい)に襲われた。

 グラリとよろめくと、千晶は膝から立ち崩れる。

「!? 千晶様!!」

 一方、此花は庭に転がり落ちた鞠を拾い上げると、大きな泣き声を上げながらその場から立ち去ってしまった。

 爛菊はそんな此花を狼狽しながら見送りつつも、改めて千晶へと顔を向ける。

 すると、見る見るうちに千晶は縮んでゆき、二~三歳程の子供になってしまっていた。

「そ、そんな……! 千晶様!?」

「……――爛、菊……? お前はどうしてそんなに大きくなって……?」

 ちょこんと座り込んでいる男児姿の千晶は、それまで着ていた大人サイズのシャツにぶかぶかと包まれて、キョトンとしていた。

「違う! 千晶様の方が小さくなってしまったの!」

「俺の、方が……?」

 千晶は呟くと自分の両手を見つめる。

「そんなバカな……一体俺に何が――!」

 興奮したせいか、ピョコンと狼の耳と尻尾が出現する。

 が、フラリと千晶はよろめくと、畳の上に倒れ込んでしまった。

「千晶様!!」

 咄嗟に爛菊は千晶に触れると、体が燃えるように熱くなっているのが分かった。

挿絵(By みてみん)


「いやぁ~、参った。まさか突然おばあ様に呼び出されるとは……」

 丹鶴の妖、壱織(いおり)が清々しい五月の空に翼を羽ばたかせて飛んでいた。

 すると地上から聞き覚えのある声と名前がするのに気付く。

「千晶様! 千晶様しっかりして!!」

「あれは……朝霧(あさぎり)?」

 壱織は引き寄せられるように庭へと舞い降りる。

「お前こんなところで何やってるんだ? 雅狼(がろう)がどうかしたのか」

「あ……あなたは、飛鳥壱織(あすかいおり)――!!」

 突然の彼の出現に、爛菊は驚愕を露わにした。



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