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其の玖拾伍:見知らぬ自分



 朝になっても、雷馳は目覚めなかった。

 相変わらず雷獣姿のままだ。

 千晶(ちあき)の家に戻ってきたみんなは、猫ほどの大きさである雷獣姿の雷馳(らいち)を、リビングソファーに横たえて様子を見守る。

 飼い猫のテイルもまるで雷馳を心配するかのように、寄り添っていた。

 朱夏(しゅか)が居ても立ってもいられない様子で、落ち着きなく雷馳の看病をしている。

 朱夏がこんな調子なので、朝食は爛菊(らんぎく)が用意した。

「とりあえず朝ご飯食べよう」

 鈴丸(すずまる)が強引に朱夏をテーブルに座らせる。

 ダイニングで朝食を取りながら、千晶が口を開いた。

「俺が推測するに、あれは雷馳の一時的進化だろう。まだ低い妖力でしかない状態で高度な技を連発したのもあって、その疲労感は著しく妖力の消耗も激しいはずだ。だからなかなか目覚めないんだろう。全回復する上でな」

「あの雷馳の姿を見たのは私は初めてで……でも、みんなもそうなの?」

 朱夏が戸惑いながら尋ねる。

「ええ。爛は初めて」

「僕は雷馳では初めてだけど、他の雷獣では見たことあるよ。雷馳の今の姿は幼獣だけど、成長してレベルの高い雷獣はもっと大きくて、姿はまさにあのままだね。でも、あそこまで強いとは知らなくて正直僕は、驚いたけど」

「本当ね」

 鈴丸の意見に、爛菊もパンを口に運びながら同意する。

「おそらくは朱夏、君の言葉が雷馳の中で眠っていた能力を引き出した。だが先程も言った通りそれは一時的なもので、成長しきったわけではなくまだ成長途中の状態だ。だからまたこうして、元の幼獣の姿に戻った。朱夏、君の愛情が雷馳をあれ程強くさせたんだ」

「私の言葉と愛情が……?」

 千晶の言葉にそう呟いてから朱夏は、改めて反芻(はんすう)する。

 もちろんそれはそれで朱夏も嬉しいのだが、何せ意識不明から目覚めたばかりだったこともあり、いまいち実感が湧かなかった。

 気絶していただけの自分が、あれだけの力を雷馳に与えたのだろうかと。

 そんな朱夏の様子に、爛菊が語り始める。

「ライちゃんはね、孤児だったのはもう知ってるでしょう。七十年間ずっと、孤独だったらしいわ。爛達と知り合ったばかりの時、あの子は名前すら持たなかった。それでも必死に生き延びようと、大百足と戦っていた。あの小さな姿で一生懸命。孤独で寂しかっただろう人生にも関わらず、それでも生きたいと頑張っていたのが爛には解かった。朱夏さんと出会ったのはあの子の運命だったと思う。そして朱夏さんにとっても」

 爛菊は真っ直ぐと朱夏の目を見つめて語る。

 朱夏も、同じくそんな彼女の言葉を聞きながら、朝食の手を休めて爛菊の眼差しを受け止めていた。

「お互い孤独だったのもあって親子としての絆は、ライちゃんにはかけがえのないものとなった。お互いを守りたいという気持ち。それが通じ合ったその瞬間、ライちゃんの力は自分の持つ妖力をも上回ったんだと思う。七十年間愛情を知らずに飢えていただけに、朱夏さんが今まで、そして今後も愛情を与え続けることで、これからのライちゃんにはまだまだ可能性が秘められている。その可能性の一部が今回少しだけ、目覚めたのよ。全てが、朱夏さんのおかげ」

「爛菊さん……――ありがとう」

挿絵(By みてみん)

 朱夏は彼女の言葉に感極まって、いくつもの涙を零し始める。

 これに爛菊は優しく微笑みかけた。

「それは、ライちゃんが目を覚ました時に言ってあげて」

「ええ……ええ!」

 朱夏はやはり居ても立ってもいられなくなり、満足に朝食にも手を付けずテーブルから立ち上がると、ソファーで眠り続ける雷馳の元へと駆け寄って、嗚咽を上げて泣き始めた。

 このままでは朱夏が安心して、食事もできないだろうと察した千晶は、徐ろに立ち上がった。

「仕方がない。荒療治だ」

「え? あ、も、もしかして……?」

 爛菊が千晶を見上げて、口元を引きつらせる。

「ああ。“充電”だ」

 千晶の言葉に、鈴丸は理解できずにキョトンとしている。

「充電……?」

 そう。以前それを行った時は、鈴丸は大百足の毒でくたばっていたので、知らなかった。

「朱夏、雷馳を連れて来い」

「え……? あ、はい……!?」

 それまで雷馳に顔を伏せっていた朱夏も、キョトンとした表情をしながら慌てて雷馳を抱き上げる。

「なになに? 何が始まるの?」

「見れば分かるわ……」

 尋ねてくる鈴丸に、爛菊は苦笑しながら立ち上がった。

 それに倣うように鈴丸も立ち上がると、玄関から外へと出て行く千晶をみんなで追った。


「それでは強引ではあるが、只今から雷馳の妖力回復を行う」

 まるで外科手術を行う医師のような言い方をする千晶に、爛菊はクスクス笑う。

 一方、鈴丸と朱夏は雷馳の状態を見て硬直していた。

 なぜならケーブルが車のバッテリーと、雷獣姿のままの雷馳の小さな舌に繋がれていたからだ。

「いいいいいい、一体今から雷馳に何をするの雅狼(がろう)さん!?」

「へぇ~、こりゃ名案だね」

 動揺を露わにする朱夏と、感心する鈴丸。

「朱夏さん大丈夫。落ち着いて」

 爛菊が朱夏に声をかける。

「ででで、でもでもでもでも……!」

 確かにこんな光景を見せられては、誰もが朱夏と同じ反応を示すだろう。

 そんな彼女の腕に爛菊は優しく手を置いて、語りかける。

「寧ろ雷獣であるライちゃんの妖力を回復させるには、こっちの方が最適なの。一晩寝たから体力はある程度回復しただろうけど、今回は自分の妖力以上の妖力を使用した意味では、妖力回復はきっと倍の時間を要するだろうし……なんたって、ライちゃんのスタミナは雷だから電流は最高のごちそうよ」

「そ、そう……なの?」

 動揺から戸惑いに変わる朱夏。

「ええ。初めて見る人はみんな驚くけれど。爛もそうだったから」

 爛菊の笑顔に朱夏は、彼女と千晶を信じてここは状況を見守ることにした。

 不安そうな表情ではあったが。

「じゃあ行くぞ」

 運転席にいる千晶がドアを開けたまま、みんなに声をかけた。

「OK~!」

 鈴丸が人差し指と親指でOを作って返事する。

 それを確認してから、千晶はアクセルを踏み込んだ。

 ブォンという音を立てて、車が勢い良くエンジンをふかす。

 直後、ケーブルでバッテリーと繋がっている雷馳が、ビクンと大きく跳ね上がった。

「キャア!!」

 咄嗟に朱夏は、青白い顔をして悲鳴を上げると、両手で自分の口を塞ぐ。

 しかし彼女の反応を無視して、二回、三回とアクセルを踏んでから千晶は、開いているドアから顔を出す。

「どんな様子だ」

 しかし三人は黙ったまま、雷馳の様子を息を潜めながら窺う。

 全身から青白い電流を帯びて、ピクピクと雷馳の前足が動いた。

「雷馳!?」

 朱夏は雷馳へと駆け寄ると、側に(ひざまず)き顔を覗き込む。すると。

「……キュ……キュウ……」

 何とも可愛らしい声で雷馳が小さく唸ってから、まぶたをゆっくりと開いた。

「雷馳!! 私よ、分かる!? お母さんよ!!」

 朱夏が心配そうに必死に声をかけると、雷馳の舌からケーブルクリップを外す。

「ぁ……ぉ、お母……さん……?」

「雷馳!!」

「は……っ! お母さん! 無事か!? 土蜘蛛はどこじゃ!!」

 雷馳は目を見開くと、大慌てで飛び起きる。

「あ、あれ……? ここ洞窟じゃないのかの……?」

 全身に電流を纏い、毛を逆立てて周囲を見渡してから、キョトンとする雷馳。

「雷馳! 良かった……良かった!!」

 朱夏は、電流を収めて自分を見つめてくる小さな雷獣姿の雷馳を抱き上げると、その頭に頬ずりをした。

「一体……何がどうなってこの家に帰ってきたのじゃ?」

 雷馳は朱夏の腕の中で、小首を傾げる。

「すっご! ホントに目ぇ覚ました! 充電が効くなんて便利いいね!」

 鈴丸がはしゃぐ中で、千晶は何事もなかったかのように、ケーブルを片付けるのだった。


 ――「え? ライちゃん憶えてないの!?」

 爛菊の言葉に、人の姿に戻った雷馳は申し訳なさそうに、水色の髪をした頭を掻いた。

「う、うむ……わしの記憶では最後に、お母さんが土蜘蛛の口へと運ばれる光景しか、残っておらんのじゃ……。だから、わしの中では……その、お母さんがもう土蜘蛛に喰われてしもうたものだと……」

 爛菊が用意した雑炊を、レンゲで突付きながら気まずそうに答える。

 だがすぐに、顔を上げると言った。

「でもっ! お母さんが無事だと解かってわし、心底安心しておるのじゃぞ! ホントじゃぞ!!」

「分かってるよ。さっきまで散々二人で涙ながらに抱きしめ合ってるのを見ればさ」

 鈴丸は、途中だった朝食の続きに取りかかりながら言う。

「紅い雷を扱う雷獣は、確か俺が知る限りでも(まれ)だ」

 もれなく千晶もしっかりテーブルに着いて、厚切りベーコンを咀嚼(そしゃく)しながら言う。

「紅い雷……!?」

 この単語を聞いて、雷馳が驚愕した。

「そうよ。ライちゃん、朱夏さんが八握脛(やつかはぎ)に食べられかけた時に、あなたが進化して使用した技よ?」

「わしが……!? 紅い雷を……!? 信じられん……!!」

 あまりの衝撃に、青紫色の瞳を見開いた雷馳の手から、レンゲが滑り落ちる。

「まぁ、進化した時の雷馳の目は完全に、純粋な真の雷獣として意識が囚われている目だったからねぇ」

 確かに鈴丸の言う通り、洞窟の暗がりの中で浮かび上がったその目は、青紫色の光一色だった。

「ほぼ、八握脛はお前が一人で倒したようなものだった」

 千晶の言葉に、雷馳は呆然となる。

「私は雷獣になった姿を初めて見たから、てっきりそれが雷馳の本来の姿なのかとびっくりしちゃったわ」

 ようやく安心感を取り戻した朱夏が、雷馳の隣で笑顔を見せる。

「紅い雷使いの雷獣は、同じ仲間にさえ効力があると聞く……。まさかわしにも、その能力が秘められていたとは……」

 しかし記憶に残っていないせいか、いまいち実感が湧かない雷馳だった。

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