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其の玖拾壱:髑髏の誘い



 妖怪は、生きている時が長ければその分だけ妖力が強いとは、決して限らない。

 種族にもよるが、実際二百年以上生きている朱夏(しゅか)は、まだたった七十年ぽっちしか生きていない雷馳(らいち)よりも、はるかに妖力は低い。

 おそらく半妖である爛菊(らんぎく)よりも、朱夏の方が弱い。

 特別な技を何も持たないせいもある。

 せいぜい、物体を何か別の幻覚に見せるくらいだ。

 他は石つぶてを発生させることだろうか。

 後は姑獲鳥本体になることだ。よって妖気も弱い。

 察知能力も自分より低い相手だと分からない。

 なので、こうして雷馳に知らされるまでは、家の外の宙に髑髏(どくろ)が浮かんでいることなど気付きもしなかった。

 いや、寧ろこの髑髏は、妖気を消していたのだ。

 だが雷馳は違和感を覚えて、この髑髏の存在に気付いた。

「髑髏……どうしてここに?」

「分からん。じゃがここに来たと言うことは、この家が狙いのはずじゃ。つまり、我々この家の住人である(あやかし)がな」

「でも、一体何の為に……」

「まず、正体が分からんことには何とも――」

 朱夏と雷馳が髑髏を見上げて言葉を交わしていると、突然髑髏が妖気を放出した。

「キャアッ!!」

「むぅ……っ! 何たる邪気じゃ!」

 悲鳴を上げる朱夏に、腕を構えて防御体勢に入る雷馳。

 しかしふと気付くと、朱夏は強力な邪気に気圧されて気絶していた。

「!? お母さん!!」

 雷馳は手に持っていたトートバッグを放り出し、気を失っている朱夏へと駆け寄る。

 だが雷馳の手をすり抜けるように、朱夏の体が宙高く浮き上がった。

「な……っ!?」

 気付くと、髑髏の数が五つに増えていた。

 五つの髑髏は朱夏の四肢と頭部にくっつくように寄り添うと、たちまち彼女をどこへともなく連れ去った。

「お母さん! お母さーん!!」

 正直、雷馳は今回の正体不明である妖怪の存在が怖かったが唯一、孤児だった自分を実の我が子として母になってくれた朱夏を、自分の恐怖心のせいで失いたくはなかった。

「わっ、わしはっ! あの大百足とも戦こうたのじゃ! わしは強い! お母さんを助けねば!!」

 雷馳は棒のように硬くなっている自分の足に鞭打って、己の勇気を奮い起こすと脱兎の如く地を蹴って、建物の屋根を伝いながら後を追いかけた。




 ――三時間後。

 爛菊達を乗せた千晶(ちあき)の車が、学校から帰ってきた。

 まず真っ先に異変に気付いたのは、鈴丸(すずまる)だった。

「あれ? おかしいな。電気が点いてない。まだ買い物から帰ってきていないのかな?」

 降車しながら、そう口にする。

 すると同じく降車して玄関へと歩を進めた爛菊が、更に何かに気付いて駆け寄る。

「これは朱夏さんが買い物に使う、トートバッグだわ……どうしてこんなところに」

「鍵も閉まったままだな」

 千晶が玄関のドアレバーを押し引きする。

「おかしいわ……いつもなら、もうこの時間には朱夏さんは買い物から帰っていて、料理の下ごしらえしているもの」

「それもそうだけど、どうやら雷馳もいないみたい」

 鈴丸も神妙な顔をして、ふと玄関脇にある掃き出し窓に目をやると、飼い猫――及び鈴丸の嫁――のテイルがしきりに閉まっている窓を前足で引っ掻いていた。

「テイルが何か知っているみたいだ」

 鈴丸はポケットから鍵を取り出すと、玄関のドアを開ける。

 これに飛びつくように駆け寄ってきたテイル。

「ンーニャア、ミャオン! ……」

 しばらく続くテイルの鳴き声。

 テイルは妖ではない普通の仔猫なので、爛菊も千晶もさすがに猫語は分からなかったが、鈴丸を見ていると見る見るうちに表情が険しく一変していくのが分かる。

「何を言っている?」

 千晶がタイミングを見計らって鈴丸に尋ねる。

「骨が……たくさんの人の頭の骨が現れて、朱夏さんを瘴気で気絶させてから連れ去って、それを雷馳が追いかけて行ったって……!!」

「人の頭の、骨……!?」

 爛菊は呟いて答えを仰ぐように、千晶へと顔を向ける。

「断片的だから、どんな妖怪かとまでは特定できないが……とにかく二人の妖気を探ってみよう」

 千晶は言うと、目を閉ざして意識を集中させた。

 そんな彼を黙って見守る爛菊と鈴丸。

 もれなくテイルも玄関先から、千晶の顔を見上げている。

 五秒後。

「――いた。雷馳の妖気だ」

「朱夏さんのは!?」

 自分に慌てて詰め寄る爛菊に、千晶は軽く頭を振った。

「死んではいない。だがどうやら、気絶しているからか、彼女からの妖気は微弱だ。まぁだが朱夏は気を失い、雷馳は耐え抜いたと言うことは、相手の妖怪の妖力はおそらく雷馳よりも弱いはずだ」

「雷馳の様子は!?」

「戦ってるようだ」

挿絵(By みてみん)

「とりあえず、二人の元へ急ぎましょう!!」

 爛菊の言葉に、千晶と鈴丸は黙って首肯すると、人間離れした跳躍力で建物の屋根伝いに、朱夏と雷馳の元へと向かった。

 丁度今は、逢魔が刻であった。




 三人は雷馳と朱夏の妖気を辿って突き進んでいき、そのまま山の中へと入って行った。

「僕にはもう分かるよ」

「ええ。爛も。ライちゃんの妖気が強く感じられるようになってきたわ」

 鈴丸と爛菊が、千晶を先頭に言葉を交わしていると、少し奥まった茂みから放電が目に入った。

「あそこか」

 千晶は口走ると、問答無用でそこへと突っ込む。

 爛菊と鈴丸も後に続く。

 するとそこは大きく拓けた場所で、岩壁があり大きな洞窟がポッカリと口を開けていた。

 中からは、次から次へと下級妖怪が吐き出されている。

 雷馳の姿はその中にあった。

 蟲系の下等妖怪に囲まれて、雷馳は電流でそれらを撃ち倒している。

「まさかこんな所に、妖怪の巣窟があったとはな」

 そう口にする千晶と、爛菊と鈴丸の姿に気付いて、雷馳が声を上げる。

「来てくれたか! こやつら、いくら倒しても次から次へと湧いてくるのじゃ!!」

 雷馳は戦いながら、大声で喚く。

「朱夏さんはどこ!?」

「この洞窟の奥じゃ!!」

 爛菊の問いに、雷馳は半ば息を切らしながら答える。

「まさに百鬼夜行だね」

 鈴丸は口走ると、今度は自分をも取り囲んできた下級妖怪へと、技を発動する。

「猫又の火、乱舞!!」

 言うなりその場で高速回転した鈴丸の全身から、無数の大きな火の玉が飛び出す。

「大玉がこの奥にいる」

 千晶の言葉に、爛菊は首肯する。

「朱夏さんはそいつに捕らえられているみたいね」

 下等妖怪の中には、蟲系以外にも他に名だたる妖怪もいた。

 子鬼の一種、天邪鬼(あまのじゃく)

 怪奇現象には必ず現れる怪火。

 下にいくにつれて透明になっていて足のない、見た目の白さから呼ばれている白うかり。

 ヌメっとした外見に目が縦についている、一目坊。

 奇声を出して人を驚かせ、気を抜いている隙に命を奪い取るとされている、うわん。

 体が小さい割には人の背中に突然おぶさり、体重を増やしていきついには動けなくしてしまうという、おばりよん。

 山に住み、人を食らうと考えられている山姥(やまんば)

 激しい空腹感、飢餓感、疲労を与え、手足を痺れさせたり体の自由を奪ったりして死に追いやる餓鬼の一種、ヒダル神。

 人間に近づき、その肉を吸い取る妖怪といわれる肉吸い。

 下半身を長く伸ばして、高い位置から見下ろしてくるという高女。

 等々も含まれていた。

「我らの主を傷つけることは許されん」

 繰り返しうわ言のように言う妖怪達。

 爛菊は鋭い爪とともに狼の耳と尻尾を出現させると、これらの下等妖怪達を切り裂いていく。

「ご苦労雷馳。後は俺達に任せて、しばらく妖力を温存しろ」

「し、しかしお母さんが中に……!」

「安心しろ。俺達を誰だと思っている。こんなもの、すぐに片付けるさ」

 千晶に肩に手を置かれ、諭された雷馳は半泣きになりながらコクリと頷くと、今少しだけ戦線離脱して傍観に回る。

「こんな連中に、本性を現すまでもない」

 呟く千晶。

 もっとも、爛菊はまだ半妖なので仕方ないが。

「吠える風よ」

 状況を見計らって千晶が口にすると、激しい風が吹き荒れた。

 その風力で一気に妖怪達の全身が弾けるようにして、消し飛ぶ。

 その様子を眺めながら、雷馳はボンヤリと思う。

 そういえばこの山は、確か雨の中で朱夏と初めて出会った山ではなかったかと。

 場所は違うが、この山のどこかだったはず。


 もしお母さんに何かあったらどうしよう。またわしは一人ぼっちになってしまうのか? いや、そんなことよりも、お母さんが大好きじゃ。決して、失いとうない!!

 

 千晶、爛菊、鈴丸の三人が下等妖怪を片付けていき、たちまちその数が減ったのを確認すると、雷馳は一人で洞窟の中へと駆け込んで行った。

「お母さん!!」

「待って雷馳!」

「一人で行くのは危険よライちゃん!」

「ったく、これだからガキは」

 洞窟の中へと姿を消す雷馳に、鈴丸と爛菊が声をかけ、千晶は溜息を吐く。

「風圧よ、噛み潰せ」

 千晶は片手の親指と四本の指を、パクンと動かした。

 同時に、数少なくなった下等妖怪達がグシャリとひしゃげて、悲鳴を上げる間もなく黒い霧となって消散する。

 これでもう、全ての妖怪達を片付けた。

 残すはこの洞窟の奥にいる本星だけだ。

「よし! 行こう!」

 鈴丸のかけ声とともに、爛菊と千晶も洞窟の中へと走り出す。

 進めば進むほど、相手と思われる妖気が強く感じられていく。

 ともに、とてつもない邪気も含んでいた。

 半妖の爛菊の肌が、これにチリチリと小さく痛む。

 中は真っ暗だったが、それぞれ闇に目を光らせる。

 数百メートル程進んだところで、テニスコートがすっぽり収まるくらいの、だだっ広い空間に出た。

 そこには、ここの入り口で立ち尽くし狼狽している雷馳と、奥には一人の和服姿の美しい女がしんなりと立っていた。

「ようおこしやす」




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