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其の玖拾:何気ない日常



「さぁ、人間がいなくなったところで、どうぞあちきから妖力吸収おしなんし」

「でも、本当によろしいの?」

「構やしないんしよ。またイケメン男子から吸血すれば済むことなわけだし」

 本来、主な鎌鼬(かまいたち)は三位一体で、一人が人を転ばせ一人が切り傷を作り直後に一人が治療を行い、特別人間には害はない。

 それら全てはただの悪戯で、食事も雑食だ。

 だがこの紅御(べにお)のような、単独でそれら全てをこなす最中に素早く吸血するタイプもいる。

 邪悪な者になると、人を死に至らしめることも多々あるようだ。

「じゃあ、ありがたく貰い受けるわ。鎌鼬、紅御。あなたの妖力を半分頂戴する」

 爛菊(らんぎく)が片手の人差し指と小指を額に当てると、紫色の一文字が浮かび上がる。

 そして紅御の全身から滲み出た青白い靄を、爛菊は吸気した。

 この現場を初めて見る紅葉(もみじ)壱織(いおり)の二人。

 一人は冷静に、もう一人は瞠目していた。

 爛菊はコクリと喉を鳴らすと、そっと閉じていた目を開く。

「ありがとう、紅御」

「お安いご用よ。さて、早速お腹空いしんたからまたニ、三人ばかり吸血しんしょ」

 寄りかかっていた壁から背を離す紅御に、鈴丸(すずまる)が質問する。

「ねぇねぇ、切り傷を作るのにはやっぱり、鎌なの?」

「あちきの場合は、この手刀で充分」

 そう言って紅御は、綺麗に揃えた片手を少し斜めに構えて見せる。

「治療する時に薬は何を使ってるの?」

 今度は爛菊からの質問に、紅御は笑う。

「たかが人の傷くらい、あちきが舐めてやりゃあすぐ治りんす」

 基本、通常の(あやかし)は他の妖の血肉は口にしない。

 それは邪悪とされていて、不浄の者へと堕ちてしまうからだ。

「どれ千晶(ちあき)。ここを立ち去る前に、ぬしのそのハンサムな顔を拝ませて頂戴。何せ、十年ぶりの再会なんしから」

「ああ、ほら。もう見せただろう。用が済んだらさっさと立ち去れ」

 千晶がぶっきら棒に紅御へと告げる。

「相変わらず男前でありんすなぁ」

 ホゥと一息吐く紅御に、壱織もぶっきら棒に声をかける。

「ちなみにもうこの学校を狙うのはやめろ。俺の余計な仕事が増える」

 本来、それが仕事であるのが保健医であり、人への恩返しも含めて壱織の務めであるのだが。

「良かったら紅御。血気盛んな人の男を私が選りすぐってやるよ」

「本当に? 嬉しいわ呉葉(くれは)

 紅葉は長椅子から立ち上がると、紅御へ寄り添う。

「そんじゃま、行ってくるよ。下校時間までには戻るからさ」

「ええ。いってらっしゃい。呉葉、紅御」

 爛菊が見送る中、二人はふとその場から姿を消した。

 こうしていつものメンバーに戻る四人。

 暫しの沈黙が続く中、壱織の視線が爛菊に向いていることに、皆は気付く。

「まだ下品な発言が足りないのかしら?」

 爛菊が訝しむ表情で、壱織を横目に口にする。

「い、いや……そうじゃねぇけど……今の能力は……」

「妖力吸収の力だよ。神鹿(しんろく)和泉(いずみ)から貸してもらってるんだよ」

 鈴丸が代わりに答える。

「だろうな。所詮ケ――いや、ゴホン。人狼がそんな大技を持ってるはずがねぇもんな」

「所詮……? 所詮人狼と言いたいわけね……?」

「爛菊の機嫌を損ねるといつかお前も、妖力を吸収されてただの鶴にされてしまうぞ」

 千晶の言葉に壱織は回転椅子ごと後退り、ガタンと背後の机にぶつかる。

「ランちゃんはねぇ、その気になったらいつでも壱織のその美貌な容姿を奪うことができるんだよぉ……? だからあまり傲慢な態度を取らない方が身のためだよ……クスクス」

挿絵(By みてみん)

 長椅子に座ったまま脅かす鈴丸と、マッサージチェアに身を委ねている千晶の二人からの言葉に、爛菊はそれぞれへ心外そうな表情で制する。

 だがしかし、壱織への脅迫には効果抜群だった。

「わわわわ、悪かった! 今までの俺は皇后に対して無礼な態度だったのかも(・・)知れない! 以後改める、人狼皇后! だから俺の妖力だけは……っ!!」

 顔面蒼白な壱織を、爛菊は長椅子に座ったまま一瞥した。

「爛の口には合わないわ」

 この一言に動きが止まる壱織。

「え? この美貌が凝縮された俺の高貴な妖力が、口に合わないと……!?」

「ええ」

「……」

「どうした壱織」

「いや、それはそれでまた複雑だと……」

「何はともあれ、そういうことだから! じゃあ僕達も教室に戻るよ」

 鈴丸が立ち上がると共に、爛菊もそれに倣う。

 そんな彼女の背中に、壱織が声をかける。

「おい、人狼皇后!」

 これに爛菊は立ち止まると、少しだけ背後へと顔を向ける。

「あの……お、お前のことを、今後“朝霧(あさぎり)”と呼んでも問題ないか……?」

「何を今更。もう呼んでるじゃないの」

 冷静に爛菊は答えると、鈴丸と一緒に保健室を後にした。

「……」

「……」

 残された壱織。――と、千晶。

「……で、お前は何でまだここに残ってんだよ」

「このマッサージチェアが気持ちいいから」

「それは俺のマッサージチェアだ!!」

「そんなことくらい、分かっている」

「……――くっ! 気が済んだらさっさとここから出て行けよ!」

 壱織はこれ以上文句を言っても効果はないと諦めると、除菌スプレーとウェットシートを取り出して、ビニール手袋とマスク装着の上で、長椅子とその周辺を綺麗に拭き上げ始めるのだった。




 高校生より授業を早く終えた小学生の雷馳(らいち)は、何事もなく真っ直ぐに帰宅した。

「ただいまお母さん!」

「お帰りなさい雷馳。宿題を済ませたら、一緒に買い物へ行きましょう」

「うん!」

 干していた洗濯物を取り込み、たたんでいる朱夏(しゅか)の笑顔に雷馳は頷くとランドセルを下ろし、冷蔵庫に向かった。

 そして牛乳を取り出すと、コップに注いで一気に飲み干す。

「牛乳、飲み干してしもうた。今日の買い物で買わねばの」

「そうなの? 分かったわ。覚えておいてね」

 洗濯物をたたみ終えた朱夏は、それぞれの分をそれぞれの部屋へと持って行き、ベッドの上に置く。

 タンスに直すのは本人達の役割だ。

 その間に雷馳はランドセルから宿題を取り出し、リビングで取りかかった。

 朱夏は、この家に住まわせてもらい尚且つ、雷馳の母親の役目をしていることに心の底から生きがいを感じていた。

 人であった頃、出産中に死んでしまいその無念から、こうして姑獲鳥の妖怪と成り果ててしまってからの二百年。

 その立場から石を赤ん坊に見立てて通りがかる人間にそれを抱かせ、その正体の石の重さに耐えかねて蹲る相手に満足するだけの日々。

 石の重さによる人の苦労を自分の妖力としていたのだが、正直毎日を寂然と生きてきた。

 死ぬにも死ねず、このつまらぬ繰り返しで母親になれなかった無念のみを、人にぶつけるだけでしかない姑獲鳥としての立場。

 しかし運命的とも言える雷馳との出会いにより、人生は一変した。

 妖怪であることには変わらないが、こうしてまた再び、人と同じように家事をして過ごす日常。

 血の繋がりも種族も違うが、自分を母として慕ってくれる最早実の我が子として接する、雷馳の存在。

 ただただ普通であることがこんなにも輝いて見えるのは、人の頃に死んで以来またこうして行えるようになって、初めて気付かされた。

 しかも二百年後の便利になった世界。

 勿論雷馳だけではなく、自分を受け入れてくれた爛菊達三人も、今や朱夏にとってはかけがえのない大切な存在だった。

 夜は眠り、朝に目覚めて朝食を作り、みんなを学校へ送り出し、掃除、洗濯をして空いた時間は二百年前にはなかったテレビという物で、全国で起きている出来事を観知り、雷馳の帰宅後は一緒に買い物へ行く。

 そして爛菊達の帰宅後には夕食を用意し、お風呂に入り空いた時間にみんなと他愛ない会話をして過ごす。

 誰もが当たり前にしていることが、こんなにも楽しく生きていることに、充実感を得られる喜び。

 この第二の人生に毎日感謝を覚えずにはいられなかった。

 宿題に取りかかっている雷馳の横に座ると、朱夏は宿題を見てあげながらも一緒に学ばせてもらっている。

 やがて元気の良い雷馳の国語の音読で宿題を終えると、買い物に行く準備を始める。

 そして先に玄関を出る雷馳に続いて、朱夏も一緒に外へ出て玄関の鍵を閉めた。

 歩き出した朱夏だったが、ふと雷馳が付いて来ないことに気付いて振り返る。

「? どうしたの雷馳」

 すると空を見上げている雷馳が、ゆっくりと指差す。

「お……お母さん……あそこ」

「え?」

 雷馳の指先の方を見上げると、そこには一つの髑髏(どくろ)が浮かんでいた。




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