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其の捌拾捌:内面の美しさ



「それじゃあ、お母さん! 行ってきます!」

 元気で明るい声が、朝の青空に響く。

「気をつけていってらっしゃい、雷馳(らいち)

 玄関からランドセルを背負って飛び出した雷馳を、朱夏(しゅか)は玄関先へと出て見送った。

 登校時間まで、まだ一時間もの余裕があるにも関わらず。

「やれやれ。子供は朝から元気だな」

「いつものことながら、あんなに勢い良く朝ご飯食べ終えて行くんだから、よっぽど雷馳にとって学校は楽しいんだろうね。まぁ、僕もそうだけど」

「爛達もそうグズグズしていられないわ。出勤ラッシュもあるんだから」

 みんなの足元では、ご飯を食べ終えたテイルが前足で顔を洗っている。

 千晶(ちあき)鈴丸(すずまる)爛菊(らんぎく)はそう言いながら、食後のお茶を飲んでいた。

 この三人はなるべく車で登校することにしている。

 毎日人間離れした運動能力を発揮していては、妖気がだだ漏れとなって朝の忙しい時に厄介な妖怪に、絡まれやすくなるからだ。

 何せ三人の(あやかし)が一緒に動くのだから、それだけで妖気が集中してしまう。

 しかも嶺照院(れいしょういん)の送迎車から、爛菊の身代わりをしている信州戸隠の鬼女、紅葉(もみじ)と交代しなければならないので、朝から他の妖怪に絡まれて手間取るのを避ける為でもある。

「みんなもそろそろ、いってらっしゃい。私も食器洗いをするから」

「本当にいつもありがとう、朱夏さん。改めて助かるわ」

「気にしないで爛菊さん」

 朱夏は爛菊へと笑顔を返す。

 こうして三人は準備を済ませると、朱夏の見送りの中車に乗り込み学校へ向けて発進した。


 一方、学校では。

「何で朝っぱらから登校するなり倒れこんでんだよこいつは……」

 保健室で、壱織(いおり)が酷く不満そうにベッドで青い顔して横たわっている、一人の男子生徒に基本処置を行いながらぼやく。

 勿論、しっかり手にはビニール手袋、口にはマスク装備だ。

 壱織が診る限り、その男子生徒は貧血のようだった。

 しばらく寝かせておけば、ひとまず気力は戻る。

 健康連絡書を書く為に、壱織はデスクに戻る。

 “病名:貧血。鉄分の多い食事療法を行いながら、気になる場合は早めに病院へ”

 勿論、生徒の保護者にも電話連絡をしなければならない。

 これを後で目を覚ますだろう男子生徒に持たせてから、帰宅したら親に手渡す必要がある。

 治癒能力を使用しても良かったが、極力頻繁な妖力使用は控えている。

 何せこの学校には、自分と千晶達を含めて四人の妖がいる形になるので、妖気が集まりやすくなるのだ。

 彼らの妖気に誘われて、紛れ込んでくる妖怪を近付かせるわけにはいかない。

 とりあえず、この男子生徒は朝早い時間に保健室へ運ばれてきたので、以降の授業は不可能として早退させることにした。


 壱織が朝からそうなっているとは露知らず、千晶達は学校に到着した。

 千晶は職員用玄関に向かう為、爛菊達とは駐車場で別れる。

 校門の前で爛菊を待っていた紅葉が、彼女を見つけるなり手を上げる。

 紅葉の時の彼女の姿は、普通の人間には視えない。

「おはよう呉葉(くれは)

 爛菊は彼女を本名で呼び、笑顔を返す。

「ねぇねぇ爛ちゃん。何かこの学校に新たな妖が入ってきたみたいだね」

 好奇心を丸出しに、紅葉は尋ねてくる。

 やはり千年以上も生きている妖となると、どんなに妖気を消そうとも信州戸隠の鬼女である紅葉には、お見通しのようだ。

 せっかく束の間忘れておけたのに、紅葉のおかげでまた壱織の存在が思い出されて、爛菊は不快そうな表情に変わる。

「おや、どうしたのさ。突然不機嫌そうだね爛ちゃん」

「いやいや、そうじゃないんだよ紅葉。ランちゃんは新たにこの学校に来たその妖の存在を、嫌悪してるんだ」

 鈴丸が困り顔をしながら答える。

「嫌悪……? そんなにその妖は醜いのかい?」

 キョトンとする紅葉。

挿絵(By みてみん)

「いや、醜い以前の問題でね……」

 鈴丸は嘆息を吐く。だがすぐに、思い立ったように明るい表情で顔を上げた。

「そうだ! 今日の昼休みにまた来なよ! そいつを紹介してあげるからさ。紅葉なりに品定めしてみてよ」

「昼休みだね。了解。楽しみにしてるよ」

 鈴丸からの誘いを心から承諾すると、紅葉はスィと校門の陰へと姿を消した。

「爛は行かない。保健室には」

「まぁまぁ、そう言わずにさ、ランちゃん。次の相手は紅葉なんだから、きっとおもしろくなるよ~!」

 ウキウキしている鈴丸に嘆息を吐きながら、爛菊はそんな彼を引き連れて校門をくぐった。




 そして午前中の授業が終わり、屋上で昼食を平らげると鈴丸念願の、昼休憩の時間となった。

 空になった弁当箱を片付けていると、階段室の陰から紅葉が姿を現す。

「さぁお待ち兼ねだよ。私にその妖を紹介しておくれ」

 紺色の生地を基調とした着物姿の紅葉が、爛菊と鈴丸、そして勿論千晶も一緒に揃っている中へと、悠然と歩み寄ってきた。

「いらっしゃい紅葉。じゃあ、保健室に遊びに行こうか!」

「本来はそういう目的では行かないのだけどね……」

 はしゃぐ鈴丸に、爛菊はまたもや嘆息を吐いた。

 こうして妖四人がぞろぞろと揃って保健室に向かった。

 紅葉は自分の姿を人間に可視化している。

 通り過ぎる生徒達が皆、紅葉を振り返ったが爛菊とそして学校では嶺照院の付き人という設定になっている、鈴丸も一緒だったのでそうした関係者だろうと周囲は自己解釈していた。

 もれなく担任教師である千晶も同じく一緒だったので、これらのメンバーは目立っていたが気にせず四人は保健室へと、ノックもせずに引き戸を開け放ち入って行く。

 こうして妖が五人の集団になったのだが。

「おいおいおいおい! ケダモノ集団が一体揃ってここに何の用だ……――ん? 誰だその女の妖は」

 保健医の壱織がデスクの椅子を回転させて背後を振り返り、紅葉の存在を指摘する。

「彼女は信州戸隠の鬼女、紅葉だよ」

 鈴丸の紹介を他所に、紅葉はまじまじと無遠慮に壱織を見回す。

「鬼も立派なケダモノだな」

 ジト目で紅葉を見やりながら言う壱織に、ようやく紅葉は口を開いた。

「なるほど。あんたが丹鶴の妖かい。名は何と言う」

「鬼女に名乗る名前はな――」

「彼は飛鳥壱織だよ」

 紅葉の問いに壱織の言葉を遮って、またもや鈴丸が紹介する。

「そうかい壱織。今度、私の為に着物でも織っておくれよ」

 紅葉は言いながら長椅子に腰を下ろす。

 しかし壱織は、今度は逆に紅葉を見回してから、言った。

「この世にも美しい俺を目の前にして、反応が鈍いなお前」

 すると紅葉は一瞬キョトンとしてから、高らかな声で笑い始めた。

「何だいこの鶴は! 自分自身で美貌だと陶酔してんのかい? 悪いが壱織、お前よりももっと美しい姿の妖を私は知っているよ」

「何だと!?」

 紅葉の言葉に壱織は驚愕を露わにする。

 爛菊と鈴丸は、紅葉が座る長椅子に腰を下ろし、千晶はデスクの側にあるマッサージチェアに身を委ねた。

 紅葉は着物の袖から長細い煙管を取り出すと、次に小箱を取り出しその中に入っている刻み葉っぱを先端に詰めながら、驚きのあまり椅子から身を乗り出している壱織に問う。

「知りたいかい?」

「う……あ、うーんと」

 かなり戸惑っている壱織は、本来禁煙であるこの保健室で悠然と煙管に火を点け喫煙し始める紅葉に、注意することも忘れているようだ。

「だ、だだだ、誰だそいつは」

 ようやく勇気を振り絞る壱織。

 これに紅葉は口角を引き上げる。

「それはね、神鹿(しんろく)で神社の神主をしている鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)だよ」

「あ~あ! なるほどね!」

「確かに、和泉の方が気品もあっていいわね」

 鈴丸とともに、そう口にして紅葉の意見に同意を示す爛菊の言葉に、壱織はギョッとする。

「あ、朝霧(あさぎり)までもがこの俺を差し置いて認めるとは……!」

 愕然とする壱織に、千晶が愉快がる。

「爛菊の美的感覚は、中身重視だと言うことだ」

 すると突然、強烈な妖気を別に感じて、皆ハッとする。

 が、すぐに消えてしまった。

「ほぅ。こりゃまた更におもしろい客も、この学校にはいるみたいだね」

 今度は紅葉が、口から紫煙を燻らせながら愉快がった。




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