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其の柒拾玖:己自身を愛す



「この俺の美しい顔に何てことを!!」

 爛菊(らんぎく)に頬を引っ叩かれた男は、この世の終わりとばかりに絶叫すると大慌てで壁にはめ込まれている鏡に飛びついた。

 更に唖然とする鈴丸(すずまる)と、両腕を組んでそっぽ向いている爛菊。

「あぁぁあっ! ほら見ろっ! 赤くなってんじゃんか! 手っ、手の形がこんなにくっきりと!! くっきりとは俺の瞳だけで充分だ!!」

 男は鏡の下に備えられている洗面台の水道から水を出すと、手形がついている頬を冷さんとばかり集中的に手で水を掬って当てる。

「え……っと、え? 何、まさかこいつ、究極のナルシスト……?」

 鈴丸は呆然としつつ、何とか声を絞り出す。

「まったく! これだから狼は嫌いなんだよ! 野蛮だからっ!!」

「――え?」

 咄嗟に突いて出た男の言葉に、爛菊と鈴丸は同時に声を発した。

「って言うか獣類はみんな嫌い! ああ、もう! お前らのせいでこの部屋がケダモノ臭いっっ!!」

「この教諭……どうして爛達の正体が解かったの……?」

 爛菊がボソボソと鈴丸に尋ねる。

 男はタオルで顔を拭くと今度は、スプレータイプの消臭剤を保健室内に振り撒き始める。

 おかげで室内は、アロマの香りでいっぱいになった。

 これに落ち着いたのか、男はフゥと一息吐いてから言った。

「分かったら、さっさとここから出て行け。この獣妖怪ども!」

「へぇ~……ここまで来るともう確信的だね。お前、ただの人間じゃないだろう」

 鈴丸が悠然とした様子で、男へ指摘する。

「え? うっ、あ……! しまった。つい興奮して……」

 男は狼狽したが刹那、爛菊と鈴丸を見詰めてから、ハァと嘆息吐いた。

「せっかく妖気を完全に消していたのに、不細工だらけの女子どものせいで台無しだな……」

 男は言いながら、背中を丸めた。

 すると骨が軋むような音とともに、彼の背中から翼が現れた。

 全体的に真っ白な翼ではあったが、羽先の内側部分のみがラインを描いたように黒い。

挿絵(By みてみん)

「……天使?」

「いや、この感覚は妖気だよランちゃん」

 爛菊の呟きに、鈴丸は答える。

「まぁ、天使とはさほど変わらないけどな」

 男は気取った様子で言うと、口角を引き上げた。

「どうだ。ケダモノ妖怪ども。俺はお前らと違ってこの上なく美しいだろう」

 そうして一度だけ、まるで見せつけるように翼を羽ばたかせる。

「うわぁ~、すっごいナルシスト」

「そんなことより、あなたの正体は何?」

 呆れ返る鈴丸を他所に、爛菊が険しい表情で尋ねた。

 てっきり自分の美しさに感動するだろうと思っていたが、爛菊の冷静な反応に男は不満そうな顔をしつつ改めて、更に格好つけると答える。

「俺の名は飛鳥壱織(あすかいおり)。五百二十九年生きている、丹鶴(たんつる)という種族の(あやかし)で俺の祖母は昔、罠にかかっているところを人間の爺さんに助けられ、恩返しをした鶴だ」

 格好をつける男――壱織に対してそれでも無反応に、爛菊は冷静に尋ねる。

「有名な昔話の、あの鶴の恩返しの子孫ってこと?」

「ああ、その通り。だから俺は、人間と共存している」

 爛菊の無反応に、壱織は格好つけるのを諦めて普通に彼女へと向き合った。

「姑獲鳥の次は、鶴の妖か……」

 爛菊と壱織のやり取りに、鈴丸は小さくぼやく。

 どうやら五百年以上も生きているせいか、妖気を完全に消す術に長けているらしい。

 だがそれは、鹿の妖である和泉や鬼女である紅葉も同じだが。

 何にしろ、三百年以上生きている千晶(ちあき)よりも年上だ。

「分かったらもういいだろう。俺はお前らに害を与えるつもりはないが、汚らわしいケダモノのお前らはその存在だけでこの美しく華麗な俺に、害を与えている。だからさっさと出て行け」

 思い出したように壱織は鼻に手を当てると、もう片方の手でシッシッと爛菊達へと振り払う。

「汚らわしいですって!? 爛は人狼族の皇后よ! あなた程の失礼極まりない存在こそ、もう少し態度を改めるべきだわ!」

 珍しく爛菊は声を荒げる。

「そうだよ! ちなみに僕は猫又族長の息子だぞ!」

「あん? 皇后? 族長の息子? 知るか! 俺にはまるで関係ない。特に半妖ごときこの野蛮な女こそ、たかが知れてる。俺の美しさに理解すらない。とにかく未熟者どものケダモノに変わりはねぇんだから、早くとっととこの俺の前から失せろ。俺の輝かしい翼が穢れる」

「な……っ!!」

 爛菊の目がつり上がる。

「ふ~ん……究極のナルシストから来る性格の悪さか」

 鈴丸はなぜか勝ち誇ったように、ニヤニヤと笑みを浮かべ始める。

 ――面白い奴が来た――鈴丸は内心、密かに思った。

「この爛が野蛮ですって……!? 一体どこまで失礼なの!!」

「いいからいいから。ランちゃん、もう行こ!」

 更に怒りを露わにする爛菊を、鈴丸はなだめながら保健室を後にした。


 爛菊はプリプリと不機嫌気味に、廊下を突き進む。

「所詮は人間如きの罠にかかるようなバカな祖母を持つ、アホ鶴だよ。気にしない、気にしない」

 鈴丸はそんな彼女を追いかけるように歩きながら、あっけらかんと言い聞かせた。

 しかし爛菊の不機嫌も露知らず、通過する途中途中にいる女子生徒の話題は、どうやら壱織の件で持ちきりだった。

「今度の保健医、超イケメンだよね!」

「すっごく大人の色気に溢れてるって感じ!?」

「もうマジヤバイ!」

「あの冷たい態度が更にカッコいい!」

「二十九歳でも断然許せるよね!」

「あの素っ気なさもまた堪んない!」

 これに鈴丸は聞き耳を立てて、女子達の壱織への反応を探る。

 爛菊は怒りのあまり、それらの会話は幸いながら耳に入っていなかった。

「ランちゃん、どこ行くの?」

「音楽室よ。クラシック音楽鑑賞しながら、心を落ち着かせるわ」

初めて見せる爛菊の激しい怒りに、心配になってきた鈴丸は彼女に付き合うことにした。


 ――コンコン。

 保健室のドアがノックされ、壱織は不機嫌な返事をよこす。

 するとノロノロと引き戸が開き、だらしない教師を装った白衣姿の千晶が顔を覗かせた。

「飛鳥先生、生物学の雅狼(がろう)ですが、今回要求された資料をお持ちしましたぁ~」

「ご苦労。そこの机に置いていけ」

「……」

 千晶のとぼけた顔が真顔に変わる。

「何だ。用はそれだけだろう。早くここから出て行けよ」

「貴様……何様のつもりだ鶴の分際で」

「……ふん。さすがはケダモノの帝という立場なだけはあるじゃねぇの。この俺の正体をすぐに見抜くとは」

「おそらく先程、俺の妻と下働きに正体を明かしただろう。その時の匂いと妖気がまだこの室内に残っている」

 千晶は言うと、資料の入ったファイルを壱織に投げて寄越した。

 これに突然、壱織はヒィと小さく叫んでそのファイルから逃げるように、車輪のついた椅子ごと後退した。

「ケダモノが触った汚らわしい物を、いきなり投げるな!」

 壱織は慌てて使い捨てのビニール手袋を両手に着けると、床に落ちたファイルを汚物のごとく摘み上げて、デスクに置いているウェットティッシュでファイルの回りを入念に綺麗に拭き上げ始める。

「お前……極度の潔癖症か。妖のくせして」

 千晶は呆れながら言った。

「俺以外の存在は全て汚い! 人間もケダモノも! 分かったらさっさとここから出て行け!」

「そんな調子でよくもまぁ、保健医が務まったものだな……。だったらこの人間界からお前が出て行けばいいものを」

 すると突然、壱織がキッとした目で千晶を横睨みした。

「それが出来ればとっくにやっている! それが無理だから、渋々こんな汚らわしい世界に身を置いているんじゃねぇか!」

「お前、ここでは二十九歳の設定のようだが、実際は何年生きている?」

「五百年以上だが?」

「この人間界に五百年前からいるのか?」

「いや、三百年前辺りからだ」

「それなのに、まだこの世界に慣れないのか……」

「丹鶴の国は得も言われない美しさだからだよ!」

 再度呆れ返る千晶に、壱織は言い返す。

「まぁ、何にせよ丹鶴の種族は妖の中でも、少数民族の希少な存在だと言うのは知ってはいるが」

「そうだ。希少価値の種族だ。理解できたならお前の汚らわしい存在のせいで、この俺に害を与えるからとにかくここから出て行ってくれ」

「やれやれ……」

 千晶は呟くと、室内の中央からやや右寄りにある、革張りの長椅子に腰を下ろした。

 これを見て壱織は目を見張る。

「おい、ちょ……っ! おいおいおい! お前何くつろぎモードに入っちゃってんの!? 今俺が言ったこと、理解できないくらいのバカなのか!?」

 すると千晶はふと口角を引き上げた。

「おもしろそうだから、お前の話をもっと聞かせろ」

 明らかに壱織への嫌がらせを、楽しもうと企む千晶だった。



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