其の柒拾捌:冷たい態度
一方、高校では。
始業式の時に、一緒に行われた就任式。
数名の職員が新たに、爛菊達の学校に迎えられた。
だが爛菊と鈴丸もまるで興味はなく、職員席に座っている千晶に至っては、あくびをしている始末だった。
何やら男子生徒からブーイングが、女子からは歓声が上がったがやはり、爛菊と鈴丸に関心はなかった。
こうして就任式と始業式を終えて、皆一斉に進級する新たな教室へと移動が始まる。
建前上“嶺照院”を名乗っている爛菊の、下働きの立場から自然に鈴丸も同じクラスになった。
と、言うことは当然、担任教師も――。
「えーっ、またアキ……いや、雅狼先生ー!?」
鈴丸のあからさまな態度で、声を大にする。
「不満のある者はぁ~、この教室からいつでも出て行っていいぞ~ぉ」
眼鏡に白衣姿の千晶がぼんやりとさせた表情に、間の抜けた口調でそれに答える。
「次はどんな先生だろうと楽しみにしていただけに、何かついがっかりしちゃっただけですからぁ~」
鈴丸も千晶の真似をして言い返す。
「はぁ~い、残念でしたぁ~」
千晶は鈴丸へと視線すら向けることなく、投げやりな口調で述べた。
この二人のやり取りに、つい爛菊がクスクス笑う。
それをきっかけに、周囲の生徒達からもさざ波のような笑い声が上がった。
とりあえずホームルームを終えて、教室を出た千晶はかったるそうに廊下を歩きながら、ぼんやりとした表情で頭を掻いていた。
よって満足に前を見ていなかった千晶は、突然ドンと誰かの肩にぶつかってしまう。
「あっと……どうもすみません」
ぶつかった拍子にズレた眼鏡を直しながら、相手へと謝る。
よく見ると相手は白衣を着た、黒い毛先にそれ以外は紅い髪をしているグレー色の目をした男で、不快げに千晶とぶつかった肩を手で汚らわしそうに払うと、そっぽ向いてそのまま行ってしまった。
「何だあいつ……感じ悪い。しかし、なぜあいつも白衣を着ているんだ?」
生物学教師の千晶も白衣を着用しているので、同じく白衣を着ているその男の後ろ姿を、怪訝な表情で見送った。
「あんな職員、この学校にいたか……?」
翌日。
この日はやたらと保健室を利用する女子が続出した。
だが、十分~十五分くらいで戻ってきたそれらの女子は、皆残念そうな表情を浮かべていた。
「今日は随分健康被害を訴えている人が多く感じるけど、もしかして何らかの妖怪の邪気によるものかしら?」
「まぁ確かに、この学校には僕ら三人の妖気が漂っているから、妖怪に寄り付きられやすくはなっているけど、今のところ僕には特別他の妖気は感じないなぁ」
お昼時間、爛菊と鈴丸の二人は、屋上で弁当をひろげて意見しあう。
「爛の妖力はまだスズちゃん程ではないけれど、爛も妖気は感じない。千晶様の行動にも特別反応はないみたいだし」
「ああ、問題ないぞ。今のところ」
丁度タイミングよく姿を現した眼鏡を外した千晶が、朱夏の作った弁当を手に爛菊の隣に座った。
「でも何だか女子の様子が変じゃない?」
鈴丸が魚フライを口にしながら、千晶に尋ねる。
すると千晶が突然、意地悪な表情を鈴丸に見せた。
「敢えて言うなら、お前のライバル出現ってところか」
「え? 僕のライバル? どういう意味?」
鈴丸は千晶の言葉にキョトンとする。
「女子の関心がお前から他の奴に移ったってことだ」
「何!? このモテモテの僕なのに!?」
「それと健康被害と、どう関係あるの?」
憮然とした反応を見せる鈴丸の後に、爛菊が千晶へと小首を傾げる。
「つまり女子の目的は、今回新しく着任した養護教諭だ。健康被害ではなく、ただの仮病だ」
千晶以外の男には関心のない爛菊には、理解に苦しんだが要は学校一のアイドルである鈴丸を、陥れる存在が現れたのだと解釈する。
「じゃあ、養護教諭は今回男の人なのね」
「ああ、そうだ。だから爛菊、極力保健室の世話にはなるなよ」
「この僕から女子を取り上げるなんて許せない! 後でどんな顔なのか見てやるっ!」
爛菊と千晶のやり取りを他所に、鈴丸は不満を露わにしていた。
昼食を終え、昼休みになると鈴丸はなぜか爛菊も誘って、保健室へと向かった。
すると保健室の前には、一年から三年の女子達の人だかりができていた。
しかし保健室のドアはしっかり閉じられている。
一見、まるで有名人の出待ちのようだ。
それらの女子達を遠巻きに見ている何人かの男子生徒もいたが、やはりどこか面白くなさそうだ。
そんな中で、鈴丸は悠然と女子達に明るく声をかける。
「やっほー、みんな! こんなところで何してるの?」
これにそれまでソワソワしていた女子達が、一斉に鈴丸へと反応する。
おそらくは保健室の中にいると思われる、養護教諭を待っているはずの女子達ではあるが、それでも鈴丸の登場にキャアキャア喜びを露わにした。
自分に群がってきた女子達の様子に、鈴丸はふと勝ち誇った目をする。
やっぱり所詮、養護教諭の男とやらも、僕と比べればたかが知れてるね。
鈴丸は内心、密かに思う。
一緒に付いて来た爛菊は、人だかりを嫌がって鈴丸から離れた場所に移動すると、半ば渋々彼が戻ってくるのを待つ。
暫し、代わる代わる声をかけてくる女子達と鈴丸は、特別中身のない会話を交わしていて保健室の前は賑やかになる。
が、突然保健室の引き戸がバシンと激しく開け放たれ、その場にいたみんなは驚いて静まり返る。
「……騒々しい」
中から姿を現した白衣姿で長身の男が、不愉快そうな様子で静かに口を開く。
鈴丸はその男を凝視する。
端正な顔立ちに男性的に色っぽく、まるで一見するとビジュアルバンドのメンバーのようだ。
一方、鈴丸はどちらかと言えば、アイドル的な顔立ちをしている。
僅かな沈黙の後、周囲の女子達が静かに騒ぎ始めた。
皆の顔は好奇心に満ち溢れている。
だがその反応が更に男の気分を害したらしい。
男は冷ややかに女子達を蔑視すると、吐き捨てるように言った。
「重病にでもならない限り、ここには近寄るな。散れ」
彼の言葉に女子達は名残惜しそうに、パラパラとその場を後にする。
気が付くと、そこには鈴丸と爛菊の二人だけになっていた。
男は一度保健室に引っ込んだかと思うと、手に何やら持ちマスクをして廊下へと出てきた。
そして手にしていた消毒液の入ったスプレーを、シュッシュと空気中に巻き始める。
鈴丸と爛菊がいても全くお構いなしだ。
二人はその消毒液から逃れるように、咄嗟にドアの開いていた保健室へと避難する。
やがて落ち着いた様子で男は中に戻って、ピシャリと引き戸を閉める。
そしてマスクを外しながら嘆息を吐きつつ、男は正面へと顔を上げてはたと二人の存在に気付いた。
「何だお前ら。男女二人揃って来るとは、ここをラブホと勘違いしてないか」
「ラブホ……?」
爛菊は呟きながら、小首を傾げる。
「いや、僕並みに女子達の関心を惹く男が、どんなツラ下げているのか見てみたかっただけだから」
「……フン。ガキにライバル視される程、俺は見劣りしちゃいない。用がないならさっさと出て行けこの淫行高校生風情め」
「何をおっしゃる。僕の方が――」
しかし、突然間に爛菊が割って入ってきた。
「誰が淫行高校生風情よっ!! 失礼なっ!!」
怒鳴るや否や、爛菊はその男の頬を思いっきり引っ叩いた。
思いがけない事態に、鈴丸は唖然と立ち尽くすしかなかった。