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其の柒拾陸:髪は女の命



 街は春休みであることもあり、あちらこちらで十代の学生が見受けられ、普段より活気づいていた。

 ポカポカと暖かい春の日の午後。

 春の心地にどことなく気持ちも穏やかになり、街の喧騒さえ優しく聞こえる。

 柔らかな陽射しの中で、カフェテラスも賑わいを見せていた。

 その中のテーブルの一つに、おそらくは女子高生と思われる三人がスイーツを味わっていた。

 一人は茶髪で、他の二人は長い黒髪でそれぞれストレートとゆるふわアレンジといった、ヘアスタイルをしている。

 三人はテーブルに両手を出して、何やらはしゃいでいた。

 どうやら、春休みの間だけでもオシャレを楽しみたいと、ネイルアートをした後らしい。

 一見、高校生とは思えないくらい、バリっとメイクも盛っている。

 そうして、それぞれのネイルを見せ合って話が盛り上がっている中、その内の一人の耳元でふと何かを切り刻む音がした。

 直後、ハラリとテーブルに真っ黒い髪が落ちてきた。

 これに、黒髪ストレートの女子高生が悲鳴を上げながら立ち上がる。

 二人の女子高生は何事かとその子を見上げた。

 だが少しの間を置いて、今度はゆるふわロングにセットしている方の黒髪の女子も、自分の髪に手を当てながら悲鳴を上げる。

 黒髪ロングの二人の髪が、突然短く切り落とされたらしい。

 しかし、身近にハサミを持っている不審者は一人も見当たらない。

 寧ろ周囲にいた他の客達は、彼女らの騒ぎに驚いている。

 二人の女子高生はパニックに陥り、ついには泣き喚き始めた。

 突然髪を、何者かに切られたのだ。

 女としてもショックは大きいだろう。

 だが、騒ぎはこの二人の彼女だけでは収まらなかった。

 歩道を歩いていた黒髪の女性達も、同様に大騒ぎになる。

 次から次へと、突然黒髪限定で切り落とされていく。

 だが誰も犯人が分からない上に、寧ろ誰も何もやっていないのだ。

 勝手にザクリと髪が切り刻まれていく。

 その様子に周辺の女の悲鳴やパニックで、騒然となった。

 しかも被害に遭っているのは、女ばかりではなく黒髪ロングにしている男にまで及んだ。

 この騒ぎはここだけでは収まらず、あちらこちらと周囲数キロにも及んだ。




 掃除、洗濯に昼食を用意し、食器洗いとある程度片付いてから、朱夏(しゅか)がリビングで雷馳(らいち)の宿題を見てあげていた。

 ひらがな、カタカナの書き方、足し算と引き算、そして音読みだ。

 鈴丸(すずまる)は宿題を午前中のうちに済ませて、猫の姿でテイルと一緒に屋根の上でゴロゴロひなたぼっこをしながら、昼寝をしている。

 千晶(ちあき)は部屋に引きこもってパソコンで株をしていて、爛菊(らんぎく)はダイニングテーブルでフラワーアレンジメントに没頭していた。

 テレビでは謎の怪奇現象を報道していたが、誰も観ないので消されている。

 警察もついに出動してきたみたいだが、何せ見る限り背後に誰もいないのに突然勝手に髪が断裁されていくので、現場は大変な騒動になっているようだ。

 しかも女だけでなく、先程述べたように男にも被害が及んでいた。

 そうこうしているうちに、雷馳の宿題も終わって朱夏は、昼下がりになったので外に干している洗濯物を取り込もうと庭先に出た。

「お母さん、わしもお手伝いするぞぃ!」

「あら、それは助かるわ」

 朱夏は自分へと駆け寄ってきた雷馳に、優しい笑顔を向ける。

 二人は一緒に洗濯物を取り込み始めた。

 春の風に吹かれて、朱夏の腰まで長い黒髪が揺れる。

 その時ふと、二人は顔を上げる。

「妖気じゃ。こっちに近づいてくる」

 雷馳が険しい表情になるが、朱夏は落ち着いた口調で述べる。

「大丈夫よ。大した妖気じゃないわ」

 爛菊も、見事に飾り立てた花を玄関側にある白くて丸いテーブルに置くと、妖気に気付いて外へ出てきた。

「真っ直ぐこっちに来る。爛達の妖気に引きつけられた妖怪かしら」

 何せこの家には(あやかし)が六体もいるのだ。

 否応なしにこの家には妖気が集っている。

 千晶と鈴丸もそれぞれの場所で、近づいてくる妖気に気付いたが、自分達より低い妖力でしかないただの雑魚だからと気にもせず、そのまま自分達の現状を維持していた。

 やがて姿を現したのは、赤ん坊程度の大きさしかないが、人型に足が四本あり左右の手の先はハサミになっていて、口元はカミソリのような鋭い刃になっている両開きの顎をした妖怪だった。

 そいつはまるで威嚇しているのか、顎とハサミを何度も動かしている。

 その度に、ジャキンジャキンと金属が擦れて重なるような音がする。

「何じゃい、あやつは?」

「爛にも分からない。初めて見る」

 雷馳と爛菊の言葉に答えたのは、朱夏だった。

「爛菊さん、逃げて! あいつは“黒髪切り”といって、黒髪だけを狙ってハサミで切り落とす妖怪よ! 髪を切るだけ妖力が強くなる――」

 ここまで言って朱夏はハッとする。

 その黒髪切りが飛びかかってきたのだ。

挿絵(By みてみん)

 朱夏は咄嗟に地面に伏せたが、気付いた時には彼女の腰まで長かった黒髪が、バサリと切り落とされてしまった。

 直後、朱夏の目の色が変わった。

「貴様……よくも私の髪をっ!!」

 怒鳴るや否や、突如朱夏の姿が鳥の姿に変化した。

 一見まるでカモメに似ているが、二メートル程の大きさはあり足も猛禽類のように、鋭い爪を持っていた。

 屋根の上で人の姿になった鈴丸が、うつ伏せに寝転がり両手で頬杖した姿勢で庭の様子を窺っていたが、思わず口走る。

「あの大きさに合わせた巣箱を作らされずに済んで、ホント良かったと今痛感したよ」

「ミャウン……」

 鈴丸に答えるように、隣にいたテイルが小さく鳴いた。

 朱夏は怒りに身を任せて、鉤爪を持つ足で黒髪切りを掴むと、灰色の翼を羽ばたかせて空高く飛び上がった。

 爛菊と雷馳は呆然と空を見上げたが、しばらくして二人は目を凝らした。

 朱夏がずっとずっと高い空から、足で掴んでいた黒髪切りを放したのだ。

 落下してくる黒髪切りに気付いて、爛菊と雷馳は慌てて庭の隅っこに避難する。

 黒髪切りは必死に空中で手足をバタつかせていたが、その甲斐も虚しく鈍い音とともに庭の地面に貼り付くように、背中から叩きつけられた。

 その激しい衝動で、両方のハサミが砕ける。

「ふむ。これでもう髪切りができなくなったのぅ」

 雷馳は悠然と言いながら、黒髪切りへと歩み寄った。

 するとここに来て、初めて黒髪切りが喋った。

「クックック……こちらにはまだ、この鋭い顎がある。妖怪であるお前を殺せば妖力が増し、ハサミも再生できるわ!!」

 黒髪切りは言うなり、雷馳へと飛びかかった。

 だが同時に、雷馳も放電した。

 電撃を受けて黒髪切りは、ギャッと叫んで地に転がる。

「わしにとって貴様など敵にもならんわい」

 全身から電流によって黒い煙を上げて倒れている黒髪切りを、空から戻ってきた朱夏が足で踏みつけ動きを封じる。

「こいつは私の髪を切り落とした。許すべからず」

 朱夏の怒りを含んだ言葉に、いつの間にか雷馳と並んで黒髪切りの側にいた爛菊が、首肯した。

 朱夏の気持ちを汲んで、爛菊は妖力吸収の動きをする。

「黒髪切り、お前の妖力全てを、この爛菊が貰い受ける」

 彼女の吸気に合わせて、黒髪切りから発生した青白い(もや)が爛菊の口内へと、取り込まれた。

 これにより黒髪切りは呆気なく、塵と化して消滅する。

 それを確認してから朱夏は、鳥の姿から人の形に戻る。

「女にとって髪は命なのに、どうしましょうこの頭……」

 気にしながらしきりに自分の短くなった髪を触っている朱夏に、雷馳が言った。

「短髪でも、似おうておるぞお母さん」

「そうね。イメチェンしてショートヘアにするのも悪くないわよ、朱夏さん」

「そう? 二百年前から長髪にしていたからすぐには慣れないだろうけど、今の時代は短髪の人間の女性が多いから、大丈夫よね……」

 その時、パソコンで株のやり取りを終えてリビングにやって来た千晶が、徐ろにテレビを付けた。

 すると、“怪奇、姿なき髪切り通り魔事件”として大騒ぎになっていた。

「どうやらここに来るまでの間、散々やっていたようだな」

 千晶が誰ともなく言う。

 リビングに面した開けっ放しにしている掃き出し窓から、三人はテレビへと視線を向けた。

「退治して正解じゃったのぅ」

「随分派手にやったものね」

「私の髪を切ったのが運の尽きよ」

 雷馳と爛菊はテレビを覗きこんでいたが、朱夏は吐き捨てるように言ってリビングに背を向けると、干していた洗濯物の残りを取り込み始める。

「とんだ災難だったね」

 屋根からテイルと一緒に下りて来た鈴丸が、朱夏に声をかける。

「全くよ。でも、爛菊さんが退治してくれた上に、雷馳も短髪も似合うって言ってくれたから、もう平気だわ」

「立ち直り早っ! どうしてすぐ気持ちを切り替えられるの? 朱夏さん。姑獲鳥は本来自分の赤ん坊を出産できないまま死んじゃったから、いつまでもその他の後悔や無念さも抱え続ける妖なのに」

 鈴丸の当然な疑問に、朱夏は両腕に洗濯物を抱えたまま、満面の笑顔で答えた。

「だって今の私にはもう、雷馳がいるもの。私をお母さんと慕ってくれる、可愛い子供がね」

 血の繋がりどころか種族も違う妖同士ではあったが、そこには確かな親子としての絆があるのだと実感する、鈴丸だった。



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