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其の陸拾柒:久し振りの再会



 ――人狼国、宮殿。

「……何……? 皇后、雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎくが戻って来ただと……?」

 ボソボソとした喋り方ではあったが、異常にその声はこの冷たい空気を孕む空間に反響した。

 これに息を呑む音と共に、ひっそりとなるべく押し殺した声で答える人物が一人。

「はい。一時的のようではありますが」

 すると吐き捨てるようにして、薄暗い中で述べた。

「フン、小癪(こしゃく)な。集落上がりの下級身分の分際で、まだ帝にまとわりつくか」

 言うと手に持っているものに、グチャリと喰らいついて噛み千切る。

「この度は、帝が元の皇后様を取り戻すべく動いておられるので……」

「分かっているそれくらい!!」

 怒声と共に、血の滴る肉塊が投げつけられる。

 だが、堅牢な鉄柵に貼り付いたかと思うと、少しの間を置いてベチャリと地に落ちた。

 鉄格子の外にいた看守の顔には、その肉塊から飛び散った血飛沫が付いている。

「まったく。諦めの悪い野郎だ。たった一人の女の為に自ら動いて宮殿を留守にするとは。他にももっと極上な女がいるにも関わらずあのこだわりよう……やはり気に入らねぇ」

 牢獄の中にいる男は言うと、真っ赤な血に塗れている手を舐め拭う。

「しかし、せっかくのチャンスをあのクソジジイめ……この俺をこんな目に合わせて、ただじゃおかねぇ。いつかここから出られたら、必ず真っ先にぶっ殺してやる」

(おぼろ)様のことでございましょうか」

「その名を口にするな!!」

 看守の言葉に、男は吠える。

 その気迫に、看守はビクリとすると押し黙る。

「忌々しいこの結界と、封印されている妖力さえ復活しさえすればその時は必ず、お礼返ししてやんよ……」

 看守は再び息を呑みながら、男の危険性を再確認せざるを得なかった。




 爛菊は天蓋付きベッドに横たわり、静かな寝息を立てていた。

「そもそもあの雲外鏡のせいで、爛菊と俺はこんな目に遭ったんだ。戻ったら必ず叩き割ってやる」

 ベッドから離れた場所にある室内の中央に置かれた椅子で、千晶(ちあき)は憎々しげに拳を握る。

「成る程。雲外鏡の妖力を吸収しようとして、こちらへ飛ばされたと。まだ完全に妖力が復活していないのに、何ゆえに戻られたのかと思っておりました。まさか俗世で、猫又と雷獣と暮らしておられるとは」

 千晶の斜め後ろで手を後ろに組んで立っている朧は、抑揚のない低い声で口にする。

「猫又は俺の下働き、雷獣は爛菊のペットだ」

「ペットじゃないわい!!」

 千晶の言葉に、斜交いの椅子に座っていた雷馳(らいち)が賺さず応酬する。

「しかしながら猫又……いや、猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる殿と仰られたか。族長のご子息の立場で、下働きをなさっておいでとは問題ではないのでございましょうか」

「アハ! いいんです。僕が好んでその立場にいるから、大丈夫です!」

 鈴丸は笑顔で朧へと答える。

然様(さよう)ならば良いのですが。族長のご子息殿の扱いをめぐって、我々人狼族と争いになりたくはありませんゆえ」

「族長の子は僕以外にも、いっぱいいますから」

「然様でございますか」

 丸い長足テーブルを囲むように椅子が四つあり、そのうちの三つの椅子にそれぞれが座っている。

 みんなは爛菊の目覚めを待っていた。

 朧だけは座らずに、千晶の斜め後ろで姿勢を正して立っているが。

 朧の声は低く、しっとりとしていた。おまけに無表情でもあるようだ。

 ふと、みんなの獣耳がピクリと、ドアの方へと動いた。

 しばらくして、静かなノックが鳴った。

「入れ」

 これに千晶が落ち着いた口調で答える。

 するとドアが静かに開く。

「これはこれは。お久し振りです。本当に戻られたのですね、兄上」

 すっきりと短くした蒼い髪色に、同じく蒼い双眸をした爽やかな容姿の青年が、柔らかい笑みを見せながら入ってきた。

「ああ、(なぎさ)か。お前には俺が留守の間に帝代理を務めてもらい、感謝している」

「いいえ、帝の実弟として、当然のことですよ。お友達もご一緒ですか?」

「下働きとペット」

「だからペットじゃないと言っておるじゃろう!」

 千晶の返答に、雷馳が再び抗議する。

「何にせよお初にお目にかかる者同士でありますし、宜しければ自己紹介を致しましょう」

 青年は柔らかな表情で、鈴丸と雷馳の側に立つ。

「僕は雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)と申します。帝、雅狼如月千晶の弟でございます。三百二十歳になります」

 彼の頭と尻からは、真っ白い狼の耳と尻尾が覗いている。

「白い狼……ランちゃん、いえ、爛菊后妃と一緒なんですか?」

 鈴丸の問いかけに、渚は一瞬キョトンとすると、クスっと笑った。

「いいえ。爛菊妃は本来白ではありません。おそらく今は、まだ妖力が溜まっていないから白いのでしょう」

 これに納得すると、鈴丸は椅子から立ち上がって渚へと体を向ける。

「そうなんですか。では改めて、僕は猫俣景虎鈴丸。百十七歳で猫又族長の息子です」

挿絵(By みてみん)

 彼の取った行動に、雷馳も慌てて椅子から立ち上がり渚へと、同じく体を向けた。

「あ、えと、わ、わしは雷馳と申し(そうろう)。七十歳でございまする。雷獣でござる」

「そうろうとかござるって……」

 雷馳の(かしこ)まり過ぎてややこしくなっている語尾に、鈴丸は口の中で呟いてクスクス笑う。

「ちなみにここにいるのが太政大臣の――」

「失礼。(それがし)暁朧(あかつきおぼろ)と申します」

 渚からの紹介を遮るように、改めて朧が自己紹介する。

 以降、暫しの沈黙。

「あ、あの、失礼ですがお年は……いや、僕らよりずっと年上であることは解りますが」

 鈴丸の言葉に、朧は無言で彼に一瞥(いちべつ)だけ送る。

「彼の年齢は不詳なのです。ただ、先代の帝から仕えているので結構長生きはしていると思いますが」

 そんな中、朧はピクリと耳を反応させると、ツカツカと足早に爛菊が眠るベッドへと歩み寄る。

 彼女の目が微かに開き、瞬きを繰り返していた。

 朧は傍らに片膝を突いてしゃがみこむ。

「お目覚めになられましたか。爛菊様」

「え……あ、誰……」

 囁くような彼女の言葉に、今までずっと無表情だった朧が小さく眉宇を寄せた。

「――朧にございます。おそらくはきっと……覚えておられないでしょうが」

「……」

 そんな彼を、千晶は無言で窺ってから、爛菊の元へと歩み寄る。

「覚めたか爛菊。無事で何よりだ」

「千晶様……ここは、どこ?」

「ここは人狼国の宮殿……つまり、我々の本来の住居だ」

 すると彼の隣に立った渚が、柔らかい微笑みを見せる。

「爛菊妃、妖力以外は全くお変りないお姿、安心しました」

「誰……?」

 爛菊の力のない言葉に、一切気を悪くせずに渚は優しい口調で答えた。

「帝の実弟である渚です」

 しかしながら爛菊は、別の心配を口にした。

「スズちゃんとライちゃんは……?」

「ここにいるよ」

「わしもじゃ!」

 千晶達とは反対側に立った鈴丸と雷馳の二人は、嬉しそうな表情を浮かべる。

 これに安心したように、爛菊は小さく頷く。

「状況は理解できるか?」

 千晶に尋ねられて、爛菊は暫し黙考する。そしてゆっくりと口を開き、静かに声を発した。

「雲外鏡の光に包まれたかと思うと、気がついたら見知らぬ場所にいて……周囲にはたくさんの昆虫系の妖怪が蠢いていて、そのまま突然襲われたから爛は必死に抵抗していたら……千晶様とスズちゃんとライちゃんが助けに来てくれた……」

「ふむ。記憶に問題はないようだな」

 千晶は安心したように首肯する。

 そして雷馳に荒廃地区で拾ってもらった時の、依り代を爛菊に見せた。

「お前の苦労は無駄にしなかったぞ。あの場にいた妖怪に適当にこいつを貼り付けておいたから、後で吸収するといい」

「まぁ、いつの間に……でも助かる。ありがとう千晶様」

 千晶に微笑みかける爛菊の様子を、無言で見つめる朧。

「とりあえず、体を清め身なりも整えなければいけませんね。さぞご苦労なされたのでしょう。朧、爛菊妃に専属の女中を」

「は」

 渚に言われて、爛菊自身も自分のボロボロな姿に驚く。

 朧は指示を受けると、軽くお辞儀をして立ち上がり部屋を後にした。




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