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其の陸拾伍:異界に腰据える神



「瘴気抑制」

 千晶(ちあき)爛菊(らんぎく)の顔面を、その大きな片手で覆って呟く。

 これにどうやら体内の瘴気の拡散は収まったが、意識を失ったままの彼女の息は荒い。

「やっぱりまだ人間寄りのランちゃんには、この瘴気はきついよね」

「防御能力も発揮できないのじゃな」

 鈴丸(すずまる)雷馳(らいち)も心配そうに、爛菊の顔を覗き込む。

「とりあえず都へ行く。体内の瘴気を消してくれる(あやかし)を探さなくては。ああ、その前にその辺に落ちている依り代を拾ってくれ雷馳」

「? 何じゃこれは」

 千晶に言われ、地面に落ちている何枚もの人形(ひとがた)をした紙を、雷馳は拾い集める。

「へぇ。あの騒ぎの中でもしっかり妖力吸収を欠かさなかったんだね、アキ」

「ああ。ほとんどが低級妖怪だったが、塵も積もれば山だ。ただでは帰らん」

 千晶は言うと、突如金色の巨狼に変化した。

「俺の背中に乗れ、二人とも。鈴丸は爛菊が落ちないように、しっかり支えておけ」

「了解」

 鈴丸は首肯すると、気を失っている爛菊を抱き上げて、巨狼の千晶の背に飛び乗った。

 雷馳も約二十枚ほどある依り代を拾い集め終えると、鈴丸の後ろの位置に飛び乗る。

「では行くぞ」

 金色の巨狼姿である千晶は、背に乗っている鈴丸と雷馳に声をかけてから、空へ向かって疾走を開始した。


 空を走ったおかげで本来なら、先程の荒廃地区から十キロも離れている都までは徒歩だと約二時間はかかるところを、千晶は十分で到着させた。

 地面に着地して、鈴丸達を背中から下ろす。

 都は多くのいろんな妖怪達が行き交い、連なる建物も大昔の日本を連想させた。

 周囲の妖達は、この突然現れた金色の巨狼に驚きを露わにする。

「人狼か?」

「人狼の帝のようだな」

「いきなりどうしたのよ。そんな姿で登場したりして」

 妖の通行人が口々に言いながらも、足を止めることなく脇を通り過ぎる。

「誰か、治癒能力を持つ者を知らないか!」

 千晶は巨狼姿のまま尋ねたので、声が周囲に響き渡る。

 するとこれに一人の妖が、千晶の前で足を止めた。

「治癒能力に長けている奴なら、今この先の遊郭にいるぞ」

 その言葉に、千晶は巨狼から人型になると鈴丸から爛菊を受け取って、その遊郭へと急いだ。

 遊郭の前には、婀娜(あだ)っぽい女達が数人、通行人に声をかけて誘っている。

 そのうちの一人に、鈴丸が声をかける。

「中に治癒能力を持ってる人、いる? 今すぐ会いたいんだけど」

 すると彼を知っているアナグマの妖らしき遊女が、艶かしい声色で鈴丸の頬に手を添えつつ言った。

「あら鈴丸ちゃんじゃない。お久しぶり。良かったら遊んでくれる?」

「今はそれどころじゃないんだ。人狼皇后が危ないんだよ」

 自分の頬に添えられた遊女の手を、そっと退けながら鈴丸は答える。

 彼の言葉に、女はゆるりと千晶の方へと顔を向けた。

 瞬間余裕の顔をしていた遊女の表情が、驚愕に変わる。

「人狼の帝がこんなところにいるなんて、珍しい!」

「そんなことはどうでもいい。早く俺をそいつの場所へ案内しろ」

 千晶の焦燥感にあふれた様子に、腕の中にいる爛菊を見てただごとではないと判断して、遊女は中へと導く。

 鈴丸はともかく、まだ小さくて幼い雷馳もそこがどういう場所か知らないまま、後に続いた。


「入るぞ!」

 千晶は言いながら、問答無用で一つの部屋の障子をパンと開け放った。

 そこには、両脇をそれぞれ綺麗な太夫(たゆう)に挟まれて、(さかづき)に酒を注いでもらっている一人の男の姿があった。

「……何だお前ら」

 うぐいす色の長髪を三つ編みにして右肩から垂らしていて、同じ色の目を男は千晶へと向けて悠然とくつろいだ姿勢で口にした。

「お前か。治癒能力に長けているという奴は」

「さぁ、どうだろうな」

 千晶の問いかけを、軽くあしらいつつ男は杯をクイと(あお)る。

「俺は人狼族の帝、雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)だ。俺の妻が命の危機なんだ」

「へぇ。人狼の帝直々においでか。その腕に抱いている女がそうか?」

「そうだ。今すぐ治療しろ」

「ふぅん……とりあえずそこに寝かせな」

 男は若干興味なさそうな素振りで、顎を自分の前方にしゃくる。

 千晶は男の態度が気に入らなかったが焦燥感から、グッと我慢して部屋の中へと足を踏み入れた。

挿絵(By みてみん)

 そして労るようにそっと爛菊を横たえる。

 鈴丸と雷馳も、千晶の後に続く。

 これに別に控えていた遊女が、雷馳を見て口元を綻ばせる。

「まぁ、可愛らしいお子。その年でここに来たからには、お姉さんと遊んでおいきよぅ」

「え、あ、う……」

 雷馳は戸惑い頬を紅潮させながら、鈴丸の服にしがみつく。

「あら、ひょっとして女の子だった?」

「男じゃい!」

 遊女の言葉に、これだけは敏感に反応する雷馳。


 いいな。ランちゃんの件がなかったら僕が遊びたい。


 鈴丸は内心密かに思う。

「どれどれ」

 遊女にからかわれている雷馳を他所に、男は重い腰を上げる。

「あぁ~ん、いくたま様ぁ~」

 寄り添っていた太夫が名残惜しそうに未練がましく口にするのを後目に、男は横たえられた爛菊の側に跪いた。


 いくたま……? どこかで聞いた名だな。


 千晶は思うと、男に声をかける。

「お前、名は何と言う」

 これに男はフンと鼻だけを鳴らす。

 ムッとする千晶。

 すると太夫の一人が代わりに答えた。

「こん男しん人は、天活玉命あめのいくたまのみこと様おっしゃるんえ」

「何だと……!?」

 太夫の言葉を聞いて千晶は驚愕する。

 男は妖ではなく、稀人(まれびと)――神――だったのだ。

 神鹿(しんろく)である和泉(いずみ)は“神格化”した妖であるが、この男は紛れもない真実の神である。

 常世から(くだ)った三十三の防衛(ふさぎもり)の一人だ。

「どうして神がこんな所に……」

「俗世は退屈だ。ここの方が性分に合っている。しかしこの娘……人の子だな」

 落ち着いた口調で言う活玉(いくたま)

「人の子!?」

「人間! 食べたい!」

 騒ぎ出す遊女や太夫に、活玉は手で制した。

「ただの人ではない。妖力を得ている意味では半妖だ」

 これに残念がって中腰姿勢だった遊女達は、嘆息と共に座り直す。

「いろいろ複雑な事情があってな」

 千晶は呟くように言った。

「しかしこれはまた……何たる美しい女だ」

 活玉は言うと、爛菊の艶やかな長い黒髪を一房手に取り、口づけをした。

 直後には、当然のように千晶からの足蹴が活玉に飛んでいた。

「例え神だろうが俺の妻にそのような真似は赦さん」

「へぇ、じゃあ助けるのはやめた」

 活玉はケロリとした口調で、平然と千晶をあしらう。

「何!?」

 眉間にしわを寄せる千晶に、活玉は愉快げな様子で条件を出してきた。

「もしもこの娘を、一晩俺に抱かせてくれると言うのなら、考えてやってもいいぞ」

「き……貴様ぁぁぁーっ!!」

 ついに千晶の逆鱗(げきりん)に触れたらしく、彼の金髪が逆立つ。

「その喉笛、喰い破ってくれる!!」

「ヤ、ヤバイ雷馳! ランちゃんを連れて避難するよ!」

 鈴丸は雷馳に警告すると、横たえられている爛菊を抱き上げて、部屋を飛び出した。

 千晶は怒りの余り、場所もわきまえずに金色の巨狼となって、部屋の天井を突き破る。

 遊女も太夫達も、慌てて部屋から逃げ出す。

「ククク……面白くなってきた。酒の良い余興だ」

 活玉は悠然と口にした。




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