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其の陸拾参:年代ものの代物



 学校の卒業式も無事に終えて、在校生である生徒達も修了式を迎えて春休みに入った。


「春休みだって? 最悪。その間ずっとこの嶺照院(れいしょういん)に縛られるのかよ。爛ちゃんの気持ちが今なら分かる気がする」

 信州戸隠(しんしゅうとがくし)の鬼女、紅葉(もみじ)は自分の部屋――もとい爛菊(らんぎく)の部屋だったが――で畳の上に腕枕をしてゴロゴロしながら愚痴っていた。

 すると女中がこちらへ近付いてくる気配に気づき、紅葉は爛菊の姿に化けると机に座って宿題をする素振りにつく。

 木製の引き戸越しに、声をかけられる。

「爛菊様、よろしいでしょうか」

「はい、どうぞ」

 紅葉はしとやかな声で答える。

 この返事にスッと引き戸が静かに開けられ、正座に三つ指突いた姿勢で女中が改めて彼女へと声をかける。

「ご当主様がお呼びでございます」

「分かりました」

 紅葉は机の椅子からしんなりと立ち上がると、先を歩き出す女中の後をしずしずと付いて行った。


「お呼びでございましょうか、旦那様」

「おお、わしの愛する妻よ。ちこう……」

「はい」

 車椅子に腰を掛けて、枯れ枝のような手が彼女を手招きする。

 紅葉は当主の側へと歩み寄る。

「学校が終わって、高校二年から三年に進級するらしいな爛菊」

「はい、おかげさまで」

「つまり今年で十八歳になるのか。もう少しでお前の体を愛でられるな」

「わたくしも旦那様との営み、待ち遠しゅうございます」

 紅葉の色を付けた言葉に、当主は嬉しそうに笑った。

「フォッフォッフォ……そう焦るな爛菊。今回呼んだのはな、修了祝いにお前に渡したい物があるからだ」

 当主は紅葉の手の甲をいやらしく撫でながら、痰の絡んだようなしわがれ声で言った。

 するとこの言葉を合図に、一人の女中が平たい桐箱を持ってやって来て、当主に渡す。

「ほれ、受け取れ爛菊」

 紅葉は当主から桐箱を受け取った。

 瞬間、異様な気を感じた。

 随分と年季の入ったこの桐箱に視線を落としたまま、紅葉は尋ねる。

「これは……何でございましょう」

「それは開けてのお楽しみよ。それは代々我が家系に伝わる品でな。おそらく二百年以上前からの物だ」

 

 ……二百年程度の代物か。だったら私の力でも何かあれば対処できるな。


 紅葉は内心密かに思う。

「部屋に戻っても良いぞ。大切に使うんだぞ」

 当主は爛菊に化けている紅葉の、黒く艶やかな髪を撫でてから言った。

「はい、有り難く頂戴致します旦那様。それでは失礼します」

 紅葉は桐箱を手に立ち上がると、自分の部屋へと戻った。

 そして爛菊の姿から自分の姿に戻ると紅葉は、桐箱を畳の上に置いてその前に座る。

「さてはて。お前の正体は何者だろうね」

 言うと紅葉は、桐箱のふたを開けた。

「……おや、お前は――」

 紅葉は中身を知ると、口角を上げた。



 リビングのソファーにくつろぎ、テレビで洋画を楽しんでいるお馴染み四人。

 しかし、雷馳(らいち)は映画よりもポップコーンに夢中だった。

 妖怪にも関わらず、コースタームービーに観入っていた爛菊と千晶(ちあき)鈴丸(すずまる)だったが。

「はぁ~い爛ちゃん! 嶺照院のジジイから修了祝いを持ってきたよ!」

 突然テレビの前に姿を現した紅葉に、ビクゥッ!! と飛び上がって驚く四人。

 鈴丸に至っては、ソファーから転がり落ちる始末だった。

 飼い猫のテイルだけが何の反応もなく、爛菊の膝の上で丸くなっている。

挿絵(By みてみん)

「お前なぁ、だから来る前に念話を送れと何度言えば分かるんだ」

 千晶は呆れた様子で、紅葉に指摘する。

 冷静さを取り戻した爛菊も、改めて紅葉の言葉に尋ねた。

「爛に……?」

「そんな物捨ててしまえ」

「まぁまぁ。とりあえず見てみなよ。面白い代物だよ」

 吐き捨てる千晶の言葉に、紅葉は声を弾ませる。

 紅葉から桐箱を受け取った爛菊は、膝の上で丸くなっているテイルを鈴丸に渡してから、今度はそれを膝の上に置きふたを開けた。

「……――鏡?」

「ああ。何でも嶺照院家で代々受け継がれている鏡らしくて、二百年ものさ」

 これにピクリと千晶が反応する。

「まさか付喪神(つくもがみ)が宿っているのではないだろうな」

「さすが千晶。その通りだよ。大丈夫、妖力は私が縛ってあるから」

 紅葉はコロコロと笑いながら言った。

 彼女の言葉を聞いて、爛菊は安心してその鏡を手に取る。

「もしかして……雲外鏡(うんがいきょう)……?」

「そう。最初はてっきり照魔鏡(しょうまきょう)かと思ったんだけどね。違ったから暴れないように、妖力を縛ったのさ」

 爛菊の呟きに、紅葉は首肯する。

 照魔鏡とは、化けている妖怪の正体を明かしてくれる鏡だが、雲外鏡は長い年月を経て付喪神が宿った(あやかし)の一種だ。

「暴れたのか?」

「用心の為だよ」

 尋ねる千晶に、紅葉はサラリと答える。

「良かったら爛ちゃん、こいつに妖力分けてもらいなよ。そう思って持って来たんだからさ」

「二百年ものなら、結構強力な妖力が手に入るんじゃない? ラッキーだねランちゃん!」

 鈴丸が彼女の座るソファーの後ろから、鏡を覗き込みながら言う。

 その鏡には、悪どそうな顔が浮き上がっていた。

「うわぁ~……アキにそっくり」

 背後から鈴丸のさりげない言葉に、千晶のエルボーが彼の顔面にヒットする。

「イッた! あ、ヤバ、鼻血出た」

「ニャアン」

 ボタボタと血が零れる鼻を手で抑える鈴丸を、唯一心配してくれる飼い猫のテイル。

 テイルが口に咥えて持って来てくれたティッシュを、鈴丸は鼻に詰める。

「この鏡、わしよりも長く存在しておるのか」

 雷馳もしみじみと爛菊が手に持っている、雲外鏡を覗き込む。

「うわぁ~……悪どい面構えじゃのう。千晶にそっくりじゃ」

 直後には、雷馳も彼から受けたゲンコツで頭を抱えてソファーの上で悶絶していた。

「どうする? こいつの妖力、吸収するかい?」

「ええ、そうね。分けてもらうわ」

「了解。それじゃあ、雲外鏡の妖力の縛りを解くよ」

 紅葉は言うと、パチンと指を鳴らした。

 瞬間。

「誰が妖力を与えるものぎゃ!!」

 雲外鏡が怒鳴るや否や、表面から眩い光が放たれた。

「!? キャア!!」

 爛菊の悲鳴が聞こえた時にはもう、そこに彼女の姿はなかった。

 これに千晶が敏感に反応する。

「爛菊!? どこだ爛菊!!」

「おやおや、これはやっちゃったね雲外鏡」

 紅葉は冷静な口調で、平然と口にした。




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