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其の陸拾弐:卒業式での友情



 やがて三月末を迎え、三年生の卒業式の日。

 爛菊(らんぎく)は在校生代表として、壇上に上がって送辞を読み上げる。


「校舎に吹く風が少しずつ温もりを増したように感じられる今日のこの佳き日に、卒業を迎えられました先輩方、ご卒業おめでとうございます。初めて先輩方と出会った対面式の日を思い返すと、懐かしさで胸がいっぱいになります。年が一つ違うだけとは思えないほど頼もしい雰囲気の先輩方は、これから始まる高校生活において私たちの目標となりました。私達は、部活動や生徒会活動を中心に、様々な活動を通して先輩方と関わってきました。今、先輩方は胸に希望と夢を抱いて、この門出の席にいらっしゃる事と思いますが、どうか高校生活で学んだ事を礎に新たな世界でもその希望と夢を絶やさず、ご活躍下さい。それぞれに道は異なっても、この高校で共に青春を過ごした事で、先輩方の間には強い絆が養われている事と思います」


 静まり返る中で、爛菊の声は凛として響いていた。


「私たち後輩から一つだけ贅沢を言わせていただけるのなら、そのキラキラした思い出の一ページに、少しだけ、私たちのことも書き留めておいてください。十年、二十年と、歳をとって高校時代を先輩方が振り返ったときに、“あんな後輩達もいた”と思い出していただけるなら、これほど嬉しいことはありません。先輩方は今、大きな岐路に立っておられます。これから先輩方が歩いていかれる道は決して平坦なものではないでしょう。ですが、この高校生活で培った強い精神力と、目標に向けて真摯に取り組む姿勢で、どんな困難も乗り越えられることと思います。 最後になりましたが、先輩方のご健康とご活躍をお祈りして、送辞とさせていただきます。在校生代表、嶺照院爛菊れいしょういんらんぎく

 お辞儀をすると爛菊は、悠然とした足取りで壇上を下りる。

 こうして卒業式が進行するごとに、あちらこちらですすり泣きが響き始める。

 四月になれば、今度は爛菊と鈴丸が三年生になるのだ。


 卒業式も無事終わり、本来なら後輩が憧れの先輩の元へ行って、写真を撮ったり花やプレゼントを送ったりする――ものだが。

鈴丸(すずまる)君ー!」

猫俣(ねこまた)君とお別れなんて寂しいよぉ!」

 逆に卒業生の女子達が一斉に、在校生である鈴丸の元へ集まった。

 そして一緒に写真を撮ったりと、ワイワイキャッキャと彼の周囲は賑やかになる。

 しまいには、この後の卒業生打ち上げパーティーにまで、鈴丸は誘われる始末だった。


「スズちゃんを待ってから帰った方がいいかしら」

「いや、面倒だ。置いて帰る」

 戸惑っている爛菊に、千晶(ちあき)はきっぱりと言い放つ。

 するとまるでそれが分かっているかのように、鈴丸が相変わらず卒業生女子に囲まれながら、離れた場所にいた爛菊と千晶に声をかける。

「ランちゃん達は先に帰っていいよ! 僕は打ち上げパーティーのゲストにお呼ばれしちゃったから、行ってくる!」

「そう、ご自由に」

「勝手にしろ」

 この言葉を言い残して、二人が歩き出した時だった。

「あ、あのっ! 雅狼(がろう)先生!!」

 これに爛菊と千晶は振り返る。

 そこには、あの生物学シンポジウムのレポートを千晶と一緒にやっていた、女子生徒が爛菊に怯えながら立っていた。

「あら、もしかしてあなたも卒業生?」

 爛菊が冷ややかに言い放つ。

「は、はい。あの、嶺照院さんから聞きました。先生には彼女がいると。でもっ、それでもいいから、写真だけ……一緒に撮ってもらっても構いませんか……? 写真だけでいいですから!」

「うーん……どうしたものか」

 千晶は半ば煩わしそうに、眼鏡を押し上げ頭を掻き回す。

「まぁ、写真くらいなら問題ないのではないかしら。いかが雅狼先生」

 爛菊から向けられる蔑視に、その女子は収斂(しゅうれん)しながら彼女に自分の携帯電話を差し出す。

「お願いしていいですか嶺照院さん……自撮りだと、雅狼先生と密着する形になっちゃうから……」

 これに爛菊はピクリと反応すると、嘆息混じりでその携帯電話を受け取る。

 直立不動で並ぶ千晶と女子生徒を、爛菊は無言でカメラに収めた。

 そして更に無言で電話を突き返す爛菊に、女子生徒は頭を下げると逃げるように去って行った。

「お礼がなかった」

「一応頭は下げていたぞ」

「口にも出さなきゃダメよ。ホント、相変わらず不愉快な女」

 明らかに嫉妬心をむき出しにしている爛菊の言葉に、思わず千晶は微かながら戦慄を覚えずにはいられなかった。

 するとそんな彼女がふと、何かに気付いてそちらへと歩き始めた。

 一応校内なので、いつまでも千晶が爛菊にくっついて歩き回るわけにもいかず、ひとまず彼はその場に残って彼女の後を目で追う。

 賑わう校門前にいる一人の卒業生女子に、爛菊が声をかける。

萩沢(はぎさわ)先輩」

 これに相手は振り返ると、満面な笑顔を浮かべた。

「嶺照院さん!」

 彼女は以前、人面(そう)とたたりもっけに取り憑かれた女子生徒だった。

 たたりもっけを払った後、残っていた瘡もすっかり消えてなくなり、誰もが見られる普通の顔に戻っていた。

「嶺照院さんのアドバイスのおかげで、鹿乃(かの)神社の神主さんから瘡を治してもらいました。本当にお礼を言っても言い尽くせないくらい、嶺照院さんには感謝してます」

「いいえ、良かった。わたくしも安心しました。ご卒業、本当に心からおめでとうございます」

「おかげさまで無事に。あ、嶺照院さんも写真、お願いしてもよろしいですか?」

「ええ、喜んで」

 爛菊が笑顔で答えると、萩沢は彼女へと顔を寄せてピッタリとくっつく。

 これに今まで友人らしい相手を持ったことのない爛菊は、内心戸惑いを覚えたが何とも言えない嬉しさを感じた。

 誰もがこの、教師どころか教育委員会すら恐れをなす権力者と言える爛菊に、一歩どころか数歩も間を置いてくる中、唯一萩沢だけが普通の友人のように接してくれているのが分かり、爛菊は満面な笑顔で二人一緒に携帯で自撮りした。

挿絵(By みてみん)

「何だかこうすると、凄く寂しくなる。どうせならせめて短い間でも、あの時を機に嶺照院さんともっと、親交を深めていれば良かった……」

 萩沢は言うと、ふと涙を零した。

 その反応に爛菊は瞠目したが、すぐに柔和な瞳で答えた。

「もしよろしければ……携帯番号を交換致しませんか? 卒業した後でも……先輩さえ良ければ仲良くなって欲しいですから……」

 爛菊は初めての経験に、少し恥ずかしげに言った。

「本当に!? そうだね、これからもあるよね! ありがとう嶺照院さん!」

 すっかり萩沢は舞い上がって、言葉遣いが砕けた口調になる。

 二人はせっせと番号交換をすると、おもむろに爛菊が口を開く。

「では今から、下の名前で呼んでください」

「下の名前って……爛菊ちゃんって?」

「もっと、萩沢先輩が呼びやすいように……」

「分かった。じゃあ私のことも美園(みその)でいいよ!」

「はい」

 二人は目を合わせると、お互い照れくさそうに笑いあった。

 本来の萩沢美園は、これだけフレンドリーで明るい性格だったのだと知る。

 そんな中。


 ――あの嶺照院爛菊と凄く仲良くしてる……!!


 周囲から憧憬の眼差しが、美園へと注がれていた。

 実は爛菊と仲良くなるのは、自慢の一つになるのではないか。

 そう誰もが気付いた時には、もう手遅れだった。

 (もっと)も、在校生にはまだチャンスが残されているが。

「ところであの鹿乃神社の神主さん、もう超絶ハイパーイケメンだね。驚いちゃった。女より美人だし!」

 美園は鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)を絶賛する。

「後でクラスメイトにそのことを話したら、あの神主さんは結構人気の上で有名らしくてね。行事がある時には神主さんメインの授与所が特別に出るみたいで、プロマイドやストラップがお受けできるようになるって! アイドル並みよね!」

「まぁ、そんなに……そのようには見えないけれど」

 内心、紳士的で慇懃(いんぎん)な態度をしておきながら、一体何をしているんだと和泉に対する見方が変わる爛菊。

「何でもバイトの巫女達が、人を集めてファンクラブを作ってたりするとかも聞いて、驚いちゃった!」

「確かに、わたくしも驚きだわ……」

 苦笑してみせながら、更に内心で呆れる。

 だが和泉自身は知らないところでなのだが。

 このことを千晶が知ったら、神気取りの妖怪の分際でとか言うのだろうと予想せざるを得なかった。

 爛菊の予想通り、遠く離れた場所で爛菊と美園の会話を超聴覚で聞いていた千晶は、一人ぼやいていた。

「あのアホ鹿、分かっていてやっているのならとんでもない隠れナルシストだな……」




 こうして卒業式を終えて、先に家に帰っていた三人のもとに鈴丸が帰ってきたのは、八時だった。

「お腹いっぱい。もう食べられにゃい……」

 鈴丸は空いているソファーに倒れ込む。

「ラン殿が今日は夕食を作ってくれたんじゃ。感謝せい!」

 指摘する雷馳(らいち)の言葉に、うわ言のように答える鈴丸。

「僕はもういらない……」

「初めからお前の分は用意していない」

 千晶が素っ気なく言った。



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