其の伍拾柒:暴かれた正体
「く……っ!!」
千晶に図星を指された矢桐双葉は、憎悪に歪んだ表情をしていた。
――猫娘――
一見、猫又と同様に思われることも多いが、“猫”以外に根本的な違いがある。
猫又は百年生き延びた猫が妖怪化して、以降同じく百年ごとに尻尾の数が増え続ける、生まれながらの猫の妖だ。
十年ごとに使える神通力も増えて、強くなっていく。
一方、猫娘は元々人間の両親から生まれたのと同様にただの人間だが、突然まるでネズミやトカゲを捕まえたりと猫と同じ行動を取るようになる。
しかし結局は猫ではないので、猫又みたいに猫の耳や尻尾を持つこともなく、猫に変化することも不可能だ。
では一体どうやって、猫の動きを真似るだけしかできない猫娘が、人間離れした動きや爪と牙を持つことができるのか。
それは、猫を“喰らう”からだ。
よって同化して普通の猫のようになれるが、喰う猫自体妖怪ではないので猫が人間になれないように、人間も猫そのものの姿にはなれない。
それでも人間からしてみれば、猫娘も立派な妖怪の一つに思えるが妖から見ると、所詮は悪あがきしているただの人間でしかない。
人間にも妖怪にもなりきれない、中途半端な存在ではあるが喰った猫の数だけ妖力を得て強くなれる。
しかしそれでも制限付きの妖力だ。
妖怪から見れば、結局のところ低級妖怪もどきの扱いになる。
なので千晶が妖気を探っても漠然としていたのは、そういう理由だ。
「君は……猫又ではなく……猫娘だったの……? 元は人間の……?」
「チッ!」
双葉は舌打ちをすると、身を翻して逃走を図った。
「逃すな! あの娘は実の家族を殺して不浄となった身だ!」
「え!?」
千晶の言葉に、鈴丸は驚愕を露わにする。
「まだ妖歴の浅いお前には視えないだろうが、あの娘からは邪気が溢れている。不浄に堕ちた証拠だ」
「そんな……!!」
直後、鈴丸の中で思い当たる節が脳裏をよぎった。
猫達が話していた、野良猫の里親探しの件。
あれは里親によって猫が減っていたのではなく、双葉が喰っていたからなのだと。
双葉の家にいる野良猫達は、彼女の甘い言動に騙されていて、実は双葉にとってエサでしかないのだと。
エサである猫を太らせる為に生魚を与え、頃合いの猫を選んでは喰っていたのかと。
猫又にとっては猫殺しは大罪だ。
人間が殺人を行うのと同じように。
ショックの余り体が硬直してすぐに動けずにいた鈴丸は、脳内整理で状況をようやく把握すると、双葉が逃げた方向へと力強く足で屋根を蹴り上げた。
鈴丸の跳躍は二~三軒分は軽く飛び越える。
「何と! 凄い脚力じゃな鈴丸は」
「だって彼は、猫だからね」
驚く雷馳に、爛菊が答える。
「話は後にして早く追うぞ! 見失ってしまう」
千晶に促されて、慌てて二人も彼と一緒に鈴丸の後を追った。
「どこだ……!」
一方鈴丸は、すっかり双葉を見失っていた。
しかし、しばらくその場に留まり耳を澄ましていると、東北の方角から猫の悲鳴が聞こえてきた。
そちらへ再び鈴丸が突き進んでいると、前方に見覚えがあり尚且つ知っている気配の黒虎猫が走っているのを見つけた。クロミだ。
「クロミちゃん! 何してるの!?」
彼女に追いついて横に並ぶと、鈴丸は前進しながらクロミへ声をかける。
「テイルが!!」
「テイル?」
「テイルが私の目の前で矢桐双葉に連れ去られたのよ! 物凄い形相だったから、ただごとじゃないと思って追いかけてるんだけど、向こうの方がスピードが速くて……!!」
おそらくは、正体を知られたことにより双葉は焦って、目についた猫を手当たり次第に捕まえて喰おうという魂胆なのだろう。
「大丈夫! 僕が助けるから!」
「お願いね鈴君!」
クロミは叫ぶと、息を切らして速度を緩めていった。
足を止めてしまったクロミを後にし、鈴丸は更に速度を上げて屋根の上を疾駆する。
すると何かの共用施設であろう広いドーム状の屋根の上で、一匹の猫の首根っこを口に咥えて何者かと格闘している、双葉の姿を見つけた。
近付くにつれ、双葉に攻撃しているのは灰色で黒い縞模様をした一匹の猫――グレイの姿だった。
双葉は口に咥えている猫を喰おうとしたのを邪魔されて、必死にグレイを追い払おうとしている様子が見て取れた。
「ママーァッ! ママ、助けてっ! 助けてぇー!!」
双葉が咥えているのは、メスで少女くらいに若い小さな白さばの猫だった。
テイルという名の子猫で、昨夜の集会にも来ていたことを鈴丸は思い出す。
双葉はテイルを喰うのを諦めて、口から離すと今度は邪魔してきたグレイを狙い始めた。
グレイは身軽に右へ左へと双葉の手を避けながら、懸命に爪を出した猫パンチを繰り出して抵抗している。
しかし体力が徐々に消耗され、ついにグレイは双葉に捕まってしまう。
「グレイおじさん! 誰か! 誰かグレイおじさんを助けて!!」
屋根の端で小さくなっていたテイルが絶叫する横を、鈴丸が通過していく。
「大丈夫。必ずグレイを助けるよ」
すれ違いざまに鈴丸はテイルに言うと、双葉へと向かって二段ジャンプした。
双葉が丁度グレイの腹に噛み付いた直後に、鈴丸が彼女に飛びかかった。
「ギャギャッ! シャーッ!!」
威嚇する双葉と、ドーム状の屋根でもつれ合う鈴丸。
「もう二度と猫を食べさせない」
「く……っ、私は猫だ! 猫を食わなきゃ猫にはなれない!!」
「いや、君は人間だよ。猫かぶりな妖怪損ないのね。そして何よりも、僕ら猫又の敵である猫娘を見逃すわけにはいかない」
すると突然、ふと双葉が力を抜いた。
鈴丸は仰向けの彼女に跨がり覆い被さる形で、両手を押さえ込んでいる。
ポロリと、彼女の目から涙が零れた。
「私は……私は鈴丸が羨ましい……!」
「双葉ちゃん……」
思わず鈴丸の手が緩む。
瞬間、双葉は彼の手を振り払うと手の中にあったまたたびの葉を、口の中へ押し込み短く咀嚼して急いで飲み下した。
直後、鈴丸が彼女から吹っ飛ぶ。
「女に甘いといつか寝首をかかれるよ! 鈴丸、お前の猫又の力を私が頂いてやる! そして完全な猫となるのよ!!」
月明かりの下、双葉の両目が鋭く光を帯びていた。