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其の伍拾参:近くなる距離感



 学校に戻った時には、丁度昼休み終了の鐘が鳴っていた。

「それじゃあ、俺はここで」

「うん。双葉ちゃんの家を教えてくれてありがとう。今夜の集会にも来てねグレイ」

「言われずとも」

 鈴丸(すずまる)とグレイは言葉を交わすと、次にグレイは爛菊(らんぎく)を見上げて一言鳴いた。

「ニャオン」

 何となく、何を言ったか分かった爛菊は、笑顔で手を振る。

「ええ、それじゃあね」

 これを確認してから、悠然とグレイはその場から立ち去った。

「ところで、死の臭いってどうして? 僕には寧ろ、甘い母乳の匂いの方が強かったけど。多分あの家の中には、たくさんの仔猫が産まれているはずだよ」

 グレイを見送ってから、鈴丸は爛菊へと尋ねる。

「ええ。爛もそれは匂いで分かった。だけどそれとは別に、微かに臭ったの。死を……気のせいだといいけれど」

 二人は言葉を交わしながら校舎へと入って行く。

 すると突然、ピタリと鈴丸が足を止めた。

「グレイ……あの家から人間の姿が見当たらないと言ったよね」

「ええ」

 爛菊も背後の彼を振り向きざま、頷く。

「それに、ランちゃんが言う死の臭い……まさか双葉ちゃんは……人間を喰い殺した……?」

「飼い主であったはずの恩人である人間を、食べてしまうものかしら?」

「うん……分からないけど、僕ら猫又族の国で住人の洗礼を受けていない奴は、大概不浄となり邪悪な猫又になってしまうパターンが多いんだ……」

「でもそれなら、もう食べてしまったのだから死の臭いは消えてしまって、爛には分かるわけないはず」

「そう、だよね……だといいけど……今回の件、アキにも相談した方がいいかな……?」

「そうね。千晶様はいろいろ感知する力があるから……今回の件を、スズちゃんが重いと感じるなら、そうするといい」

「重い――……」

 鈴丸は、自分自身に確認するように、小さく呟いた。




 家から出てくると双葉は、周囲から人が束の間いなくなったのを確認して、どこへともなく声をかける。

 手にはティッシュ箱くらいの、小さな箱を持っていた。

「分かってるよ。そこにいることくらい」

「ニャ~ン」

 背後の二軒隣の家の植え込みから、一匹の三毛猫が姿を現す。

 青と金のオッドアイに、二本の尻尾。

「へぇ、オスの三毛猫なのね。あなたの正体って」

 学校を終えてここへ来た鈴丸は、人間の姿になると答えた。

「うん。珍しいでしょ」

「貴重だわ」

「もう逃げないんだね。僕から」

「あなたの話を、猫達から聞いて、だったら大丈夫かなって、思って……」

 双葉はどこかソワソワしながら、言いにくそうに口にする。

「何が?」

「安心できる、(あやかし)ってこと。上に行きましょう」

 双葉(ふたば)に促されて、鈴丸は彼女の家の屋根へと跳び移った。

 空を、夕焼けが美しい茜色に染めている。

「双葉ちゃんは、どうして飼い猫に対しては冷たいの?」

 二人は屋根の上に腰を下ろして並ぶと、沈みゆく太陽を名残惜しそうに反映する空を眺めた。

「冷たいと言うより……相手にしないだけ。だって、もう飼い主に愛されていて何の苦労も知らない幸せを、持っているから。でも野良猫は……違う」

 言うと、膝の上に置いていた小箱をギュッと抱きしめた。

「確かにそうだね。僕は、父が猫又族長だけど母は極々普通の飼い猫だったんだ。母は言った。“お前は妖猫である猫又だから普通の猫よりも長生きする。だから十年ごとに飼い主を変えなさい。化け猫扱いにされる前に”って」

「……」

「しかもオスの三毛猫は希少価値が莫大だから、人間の間でうん千万という金が動き、また研究対象になる確率も高い。五代目の飼い主から早速、僕はお金に変えられそうになったから猫又の国へ逃げたんだ」

「それで、ずっと猫又の国に……?」

「ううん。父は僕を自由にさせてくれたから、こうして人間界に数えきれないくらい遊びに来てた。人間に捕まらないように、気をつけながら。だから僕は、飼い猫と野良猫の両方の気持ちは分かるつもりだよ」

 数羽のカラスが、鳴き声を上げながら二人の頭上を飛んでゆき、紺碧色に変わりゆく夕暮れの空へと吸い込まれていく。

「だったら、私がしていることも、理解してもらえるでしょ?」

「うん。とても素敵だと思うよ」

「だから、猫又の国へ行って洗礼を受けるのは、もう少し待って欲しい」

挿絵(By みてみん)

「僕は構わないよ。ところで今から、どこへ行くつもりだったの?」

「この仔達を……埋葬しに……」

 双葉は静かに言うと、手にしていた小箱をそっと開けた。

 すると中には、四~五匹の生まれて間もない仔猫達の遺体があった。

「数多い母猫が一気に出産していくと、仔猫の数も増える。だけど、たくさんいすぎるとまるで間引きされるかのように、仔猫達は必ず数匹は死んじゃうんだ……」

 双葉は悲しそうに言った。

 では、昼間爛菊が言っていた死の臭いとは、この事だったのだろう。

 鈴丸は思うと、静かに微笑んだ。

「もし良かったら、僕も付き合おうか?」

「いいえ。私一人でいい。……慰められるのは苦手だから」

 双葉は言うと、スッと立ち上がった。

「だから、私もう行くね」

「あ、あの、また……会ってくれる?」

 鈴丸も咄嗟に中腰の姿勢で、彼女を見上げて声をかける。

 これに双葉は無言のまま首肯すると、鈴丸を残してその場を立ち去り紺碧色となった空の下、建物の間へと姿を消した。


 双葉はずっと離れた物陰から、鈴丸が完全に立ち去ったのを確認すると、近場にあったコンビニへと屋根から飛び降りる。

 そして無表情のまま、設置されているゴミ箱に仔猫の遺体が入った小箱を、放り込んだ。


 夕食時、鈴丸は嬉しそうな様子で双葉のことを、みんなに話して聞かせた。

 その間、雷馳(らいち)は初めて食べるビーフシチューを口に運ぶごとに、感嘆の声を漏らす。

「ビーフシチュー、うまっ! ビーフシチュー、うまっ! ビーフシチュー、うまぁっ!!」

 これを無視して、千晶(ちあき)が静かに尋ねる。

「やはり鈴丸、お前その双葉に惚れたな?」

 すると鈴丸は、表情をキョトンとさせて答えた。

「違うよ。まだそういう感情はない。どっちかってぇと、友情……みたいな感じかな」

「友情と言うよりも、人情じゃないかしら? だってスズちゃんが双葉さんに接している時はきっと、思いやりや情けでしょう? 話を聞く限りでは」

 爛菊の言葉に、はたと鈴丸は真顔になるとポンと手を打った。

「うん、そうとも言う」

「単に友情と人情の違いを知らなかっただけだろう。お前は」

 千晶は呆れながら言うと、肉塊を口に含んで味わいながら咀嚼(そしゃく)する。

「鈴丸! ビーフシチューのおかわりじゃ!!」

 すっかり皿の中身を平らげた雷馳が、空になった深皿を彼へと突き出す。

「はいはい」

 鈴丸は笑顔でその皿を受け取った。




 食後の食器洗いを終えて、鈴丸は猫の集会へと出かけた。

「猫の集会って、こんなに早い時間なのかしら」 

「いや、もっと遅い。おそらくはその前に矢桐双葉(やぎりふたば)にでも会うつもりなんだろう」

 夕食の後のお茶を味わいながら、千晶は爛菊の疑問に答える。

 しかし、ふと見ると爛菊が目を見開いて、ある一箇所を凝視(ぎょうし)していた。

 これに千晶は視線の先へと目を向けると、リビングのソファーの高さで彼女の真向かいにある窓の外には、美しく輝く満月があった。

「そうだった……猫の集会があるのは、満月の時だったな……」

 千晶がのんきに嘆息を吐いている横で、爛菊は早速狼への変身が始まっていた。

 それまでのんびりとテレビを観ていた雷馳が、これに気付いて大騒ぎしはじめる。

「たたたた、大変じゃ! ラン殿が何かの呪いか病気になってしもうた!!」

「ガ……アアァァァーッ!!」

 大きな咆哮を一つ、上げたかと思うと爛菊は完全な真っ白い狼となって、息切れとともにソファーに伏せていた。

 変身には未だに相当な、体力と精神力を使うのだろう。

「まだ本領発揮は無理か。爛菊、大丈夫そうか?」

 千晶の言葉に、狼と化した爛菊は尻尾を振って、一声吠えた。

「ウォン!」

 どうやら前回の時と比べて妖力が増えただけに、もう自我を失うまでには至らなかったようだ。

「ラン殿……? ラン殿なのかの?」

 恐る恐る声をかける雷馳に、爛菊はクゥーンと鼻で鳴くとその大きく温かい舌で、雷馳の頬をペロリと舐めた。

「アハハ……! くすぐったいぞよラン殿ぉ! そうか、ラン殿は狼の妖であったのぅ。フカフカモフモフで気持ち良いぞ!」 

 雷馳は嬉しそうにはしゃぎながら、自分よりうんと大きい狼姿の爛菊の体毛に、身を沈める。

 やがて、体毛を通して聴こえてくる爛菊の心音が子守唄代わりとなったのか、気が付くと雷馳は彼女の尻尾に包まれて眠ってしまっていた。





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