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其の伍拾弐:最も天国に近い猫屋敷



 グレイに連れられて、爛菊と鈴丸は屋根から屋根へと移動する。

 しばらく進むと、庭付き一戸建ての前でグレイは止まった。

「ニャオーンニャンニャン(ここがそうだ)」

 見る限りは極普通の一軒家だ。

「気配から察するに、この家の中には相当な数の猫がいるみたいだね」

 鈴丸(すずまる)は家に向かって意識を高める。

「よっぽどの猫好きなのね。ご両親も認知されているのかしら」

 隣で爛菊(らんぎく)が尋ねる。

「いや、猫又は元々猫が妖怪化するわけだから、きっと双葉ちゃんの飼い主になるんじゃないかな」

「でも、スズちゃんが見かけたその子の姿は、人の形なんでしょう?」

「うん、多分、初めての猫又化で、人間の形を維持する練習をしているんだよ。僕も最初はそうだったし」

「ニャーン……」

 以下、猫の鳴き声省略。

「我ら猫達のリーダーである鈴丸が、この新顔である矢桐双葉(やぎりふたば)の居場所も分からないわけにはいかないだろうからな」

 グレイは落ち着いた口調で述べたが、勿論爛菊には彼が何を言ったのかは判らない。

「ただ、おかしいことがある。俺は最近出没してきた矢桐双葉の様子を遠くから探ってきたが、この家の主というか飼い主というか、とにかく普通の人間の姿が見当たらない」

「長期出張とか?」

「飼い猫を置き去りにしてか? それはおかしいだろう」

「もしかして留守の間に猫の面倒を見てくれるよう、ペットシッターとして双葉ちゃんが雇われてるんじゃない?」

「鈴丸が言う通り猫又であるならば、彼女は最近まで猫だったわけだぞ」

「そうだよねぇ……」

 グレイの次々と繰り出される的を射た言葉に、鈴丸はふむと腕を組んで考えこむ。

「猫好きには変わりないかも知れないが、どうにも謎が多すぎて胡散臭い」

「あ、それ君の妹も同じこと言ってたよ」

挿絵(By みてみん)

「そうだろう。野良猫の面倒は見るが、飼い猫のクロミのことを嫌っている意味では、一概にも猫好きとも限らんな」

 鈴丸とグレイの会話を他所に、爛菊は無言で双葉の家を眺めていると、ドアの下に設置されている猫用出入口から猫が自由に出入りしているのも分かった。

 するとふとグレイが顔を上げる。

「矢桐双葉が戻って来た! 隠れろ!」

「双葉ちゃんが戻って来たって! ランちゃん隠れて!」

 鈴丸からのグレイの通訳に、爛菊は慌てて屋根の陰に身を潜める。

 これにもれなく鈴丸とグレイも並んだ。

 そしてコッソリと双葉の様子を窺う。

「ただいま猫達。今日は鮭を買ってきたよ」

 見ると手には買い物袋があった。

 外に出てきていた猫達は、次々とニャンニャン鳴き声を上げながら双葉へと、寄り添っていく。

 買い物袋はいっぱいに盛り上がっていた。

 きっと店の全ての鮭を買い占めたに違いない。

 はたと爛菊が気付くと、隣にいるはずの鈴丸がいなかった。

「あれ? グレイ、スズちゃんはどこ?」

「……――ニャア……(……――あそこだ……)」

 言葉こそは通じなくとも、グレイが呆れ果てた様子で片手を上げている。

 その先を見ると、何と双葉が手にぶら下げている買い物袋に、ぴったりとくっついているではないか。

「あのバカ猫……」

 咄嗟に爛菊も、らしくない言葉を呟かずにはいられなかった。


「……」

「ゴロゴロゴロ……」

 買い物袋に寄り添って喉を鳴らしている鈴丸の姿に、双葉は予想もしていなかっただけに絶句していた。

「ウニャニャニャミャオン!(鈴丸様!)」

「ウニャニャニャニャアー!?(鈴丸さん!?)」

 周囲の猫達が鈴丸の登場に、驚きを露わにする。

 別にやましいことをしているわけではないのだが、この界隈(かいわい)の猫達にとってはリーダーなので彼を知らない猫はいないが、突然の出現にやはり驚愕を覚えたのだ。

 普通の猫すら気付くことができないくらい、鈴丸の忍び足が長けていると言うことだろうか。

「――てぃっ!!」

「あ」

 双葉から買い物袋で乱暴に振り払われて、鈴丸は呆気なくアスファルトの上に転げる。

「どうしてここが分かった!? 後をつけてきたの!?」

「え、ヤダなぁ~、偶然だよ偶然。って言うか、それを君が言うかな? 先に僕の後をつけて来たのはそっちなのにさ」

「う……っ」

「ところでもう一つには何が入ってるの? 今朝も持ち歩いてたよね?」

 鈴丸は、双葉がもう片方の手に持つ紫色の丸い形をした、風呂敷を指差した。

 瞬間、双葉は憤怒の形相を見せた。

「あんたには関係ないことよ! もう二度と私に関わるな! ここにも来るな!!」

 双葉は激昂すると、家の中に入ってドアを叩き閉めた。

「怒らせちゃった……僕、そんなに酷いこと、言った?」

 側にいた猫に、鈴丸は声をかける。

「ごめん鈴丸さん……ここは惨めな生き方しかできない野良猫にとって、天国みたいなものなんだ……。雨風もしのげて、食い物にもありつける。それにあの子は……こんな僕らを心から可愛がって愛してくれる」

「気にしないで。いいんだよそれで。僕も嬉しいから。だからこそ双葉ちゃんと仲良くなりたいんだけど、心を許してくれなくて……」

 猫の言葉に鈴丸は笑顔を見せてから、刹那寂しそうな表情を浮かべる。

「人間が嫌いらしいのよ。今度は三毛猫姿で会いに来てみたら? 今日はもう、機嫌損ねちゃって無理だろうけど」

 周囲の猫達と会話をしていると、グレイが屋根から飛び降りて来た。

 そして鈴丸のずっと後ろから、みんなに声をかける。

「気になることがあるから、知っていたら答えろ。ここ最近、この辺の猫達――野良猫が減っていっているのはなぜだ」

 爛菊は狼の気配で猫達を驚かせないように、屋根の上からその様子を見守っていた。

「誰?」

「あいつ誰だ」

「知らない猫ね」

 グレイの存在に、周囲の猫達が口々に尋ね合う。

 それもそうだ。月一回の猫の集会に、グレイが出席したことは一度もないからだ。

 一応集会には情報収集がてら来てはいるのだが、みんなには姿を見せず物陰から隠れて窺っているのを、鈴丸は知っている。

「俺のことはいいから、答えを知っているなら教えろ」

 グレイの気迫に、一匹の猫が答えた。

「双葉はね、行き場がなくて惨めな生き方をしている我々野良猫達に、里親探しもしているの。隣町やそれよりも遠い場所とかでも、里親を見つけて譲っている。だから野良猫が減っているのは、そうして飼い猫になって他所で幸せになっているからよ」

「……そうか」

 グレイは一言だけ残すと、その場から立ち去らんと歩き始めた。

「じゃあ、僕も行くよ。じゃあねみんな!」

 鈴丸も猫達に手を振ってから、先を行くグレイの後を追いかけた。

 ある程度進んで、曲がり角で双葉の家が見えなくなったところで、爛菊が屋根から飛び降りて来た。

「あの矢桐双葉信仰者の猫はああ言ったが、やはり胡散臭い」

 グレイは鈴丸の隣を歩きながらぼやく。

「つまり、野良猫達は別の理由で双葉ちゃんから、騙されてるってこと?」

「さぁな。どうだか」

「矢桐双葉さんとおっしゃったかしら?」

 鈴丸の隣に並んだ爛菊が、タイミングを見計らって口を挟んできた。

「うん、そうだよ」

「あの家……用心した方がいい」

「え? どうして?」

 爛菊の言葉に鈴丸は尋ね、グレイは視線だけを向ける。

「あの家から、死の臭いがした」





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