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其の伍:今はまだ幼気でいじらしいままに



 LDKがある方を本宅にし、そちらが千晶(ちあき)鈴丸(すずまる)を、そして離れの方を爛菊(らんぎく)が使用する事になり、食事は本宅の方でする形に決定した。

 爛菊は遠慮そうにしながらも、しっかりサーモンのカルパッチョとグリーンサラダを鈴丸に頼んだ。

 これに鈴丸はと言うと、猫らしい表情で瞳孔は縦長となり両手はグーの形で、胸の前に添えられている。

「何? 人狼の后たるものがそんな軽い料理の、しかも魚を!?」

 千晶は怪訝な表情で爛菊に問いただす。

「爛は元来人狼であっても、今は普通の人間だから」

 静かな口調ながらも、爛菊は自分の意見を明確にする。

「さすがランちゃん! 確かな味覚をお持ちでいらっしゃる!」

 鈴丸は嬉しそうにパンと一回両手を鳴らす。

「俺は今朝言っていたように厚切りのステーキだぞ」

 千晶は憮然とした面持ちながらも、改めて鈴丸に希望を主張した。

「ゴロニャ~ン、すぐにでも! 材料は揃ってるから、ちょっと待ってて」

 鈴丸は右手の丸めた拳で洗うように右の猫耳を撫で下ろすと、嬉しそうに目を細めて二本の尻尾の先をパタパタと動かした。

「クス、今夜のメインコースは僕寄りみたいだねアキ」

 これに軽く鼻の皺を寄せてグルルとイラただしげに小さく唸り声をあげる千晶に、鈴丸は肩を竦めて見せてから弾むようにキッチンへと姿を消した。


 二十分後、食卓には爛菊希望のメニューと千晶希望のメニューなどが並べられた。

 用意された千晶のメニューである厚切りの牛ステーキは、いかにも狼が喜びそうだ。

 しかも表面にはうっすらと血汁が滲み出ている。

 おそらくせいぜい軽く表面に焼き色をつける程度に火を通したのだろう。

 千晶は満足そうにダイニングテーブルの上座に腰を下ろす。

 爛菊はその右斜の位置に腰を下ろした。

 勿論、鈴丸のメニューは魚づくしである。

 彼は爛菊の真向かいに座った。

 いざ食事を始めた時、鈴丸が平然とした口調で言い放った。

「でもさぁ、キスだけで人狼皇后だった前世の記憶が蘇ったなんて、最後まで味わえなくて残念だったねアキ」

「その件はもういい鈴丸!」

 鈴丸と千晶のやりとりに、戸惑いの色を見せる爛菊。

「だけどひょっとしたらランちゃんの人狼の血も覚醒させられるとしたら?」

「……」

 鈴丸の軽い口調に思わず黙考する千晶。

 それに爛菊は答えを求めるように無言で彼の表情を窺う。

「ちなみにその予言をしたのは神鹿(しんろく)の和泉からだよねぇ?」

「神鹿……?」

 鈴丸の言葉に、オウム返しをする爛菊。

 これに答えたのは千晶だった。

「俺がこの人間界に来て懇意にしている、神が宿るとされている鹿の妖だ。本来は、神社で飼い慣らされている鹿全てを指すが、和泉はその神鹿の主だ。長生きして主にもなれば、神鹿も神格……妖怪化するものだ」

 一瞬考えてから、千晶は神格を妖怪と主張するかのように言い直す。

「とりあえず、明日にでもランちゃんを紹介がてら神社に連れて行って、和泉から何かアドバイスでも受ければ?」

 鈴丸は他人事のように言いながら、魚料理を口に運んだ。


 食事を終えてゆっくりした時間を過ごしていると、席を外していた鈴丸が戻ってきて爛菊に言った。

「お風呂の準備ができたよ」

「恐れ入ります、鈴丸さん」

「ヤダなぁ~! さん付けとか敬語とかいらないから、普通に話してよランちゃん」

 鈴丸の言葉に続き、千晶も口を開く。

「先程も俺は敬語はよすように言ったはずだぞ爛菊。例え僅かであれ前世の記憶が戻ったんだ。当時の口調を使え」

「はい、いえ……ええ。長らく丁寧語に躾けられていたから、つい……こういう時、どうすればいいのかまだよく分からなくて……」

「長らくと言ってもたった十七年だ。いずれ前世の記憶の枠が広がっていけば、自ずと分かってくるだろう」

「ええ、千晶様。ではありがたくお風呂を頂くわ鈴丸……いえ、その、ス……スズちゃん」

「うん! その調子だよランちゃん!」

 鈴丸の気さくな言葉に、爛菊はふと自然に微笑を浮かべた。

「いい顔だ爛菊。無表情のままのお前より、笑顔の方が似合うぞ爛菊」

 千晶からの言葉を受けて、更に爛菊はふわりと微笑んだ。

「ではお風呂の後は、そのまま休ませてもらうわ。おやすみなさい千晶様、スズちゃん」

 声は小さくて相変わらず抑揚が目立たないものの、爛菊は極力普通に二人へと声をかけた。

「はいはい! じゃあおやすみニャ~ン、ランちゃん!」

「ああ、おやすみ爛菊。良い夢を……」

 千晶は言いながらリビングのソファーから立ち上がると、彼女の腰を抱き寄せた。

「え、あ、何を……」

「何って、おやすみのキスに決まっているだろう。愛している爛菊――」

 優しい口調で、熱く囁きながら爛菊へと顔を近づける千晶。

挿絵(By みてみん)

 しかし、爛菊は紅潮しながら顔を背け、千晶の胸元に手を当てていた両腕を伸ばして押しのけた。

「やめて。人前では嫌」

「……そうか。では今後気をつけよう。改めておやすみ爛菊」

 少し残念そうな顔の千晶の言葉に、爛菊は無言で首肯すると彼と鈴丸に背後で見送られながら離れへと向かった。



 ――爛菊は着ていた学校の制服をハンガーにかけて綺麗に整えると、下着だけのセミヌード姿でしばし黙考しながら目上で真っ直ぐに切り揃えられている前髪を掻き上げた。

 今朝まで爛菊は嶺照院(れいしょういん)家当主の若妻として、屋敷から車の送迎の元学校に向かった。

 放課後、千晶に理科室で襲われるまではいつもと同じように、あの息苦しく居心地の悪い屋敷に戻るつもりでいた爛菊は、当然何の準備もしていない状態で蘇った記憶に任せて千晶の元へとやって来た。

 爛菊は周囲にある収納棚をチェックして回ると、脱衣所にある棚から真っ白なバスローブを見つけた。

 今夜はバスローブを着て下着はその間、洗濯と乾燥させておくことにしてから、爛菊は下着を脱ぎ払いすっかり全身ヌード姿になると側にある洗濯機にブラジャーとショーツを放り込み、洗剤を入れて洗濯機を回してようやくバスルームへと足を踏み入れた。


 本来なら、今までは嶺照院家の屋敷の使用人が身の回りの事は全てやってくれていたが、だからと言って爛菊は何もできないほどの無知ではない。

 嶺照院家に嫁ぐまで暮らしていた実家で、十歳まで厳しい花嫁修業の経験もあり、ある程度の身の回りのやりくりは熟知している。

 才色兼備。

 それが爛菊だった。

 また千晶と何らかでの触れ合いの数だけ、少しずつだったが思い出される前世の記憶の一部が蘇る。

 二百年前、死する前の蘇りし前世の記憶――。


「父君と母君が崩御された。これからは我々が人狼の帝、皇后として一族を率いていかなければならない。できるか爛菊」

「ええ千晶様。貴方と共に在る限りどんなことでも――」




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