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其の肆拾陸:正体不明の不浄なるもの



「あいつ、最近彼女ができたとか言ってたな」

「あんな奴でも惚れる女がいるなんて、ヒック、よっぽどの好きもんだろう」

「アハハハ! それは言えてんな!」

「いやぁ~、しかし今夜は飲み過ぎたな」

 二人のサラリーマン風で三十代くらいの男が、足元をふらつかせながら帰路に向かっていた。

 彼等からは酒の臭いがプンプンする。

 風のない、静かな夜だった。

 すると一人の男がふと、立ち止まった。

「うん? どうしたんだ」

 数歩先に進んだ片割れがそれに気付いて、フラフラと後ろを振り返る。

「……何だアレ?」

 先に立ち止まった男が、スイと夜空を指差した。

「んんー?」

 彼の言葉にもう一人の男は、指差す先を見上げる。

 そこには、夜空を漂う真っ白くて縦に長い何かが、ヒラヒラと舞っていた。

 時間的には、もう午前をとっくに回っていて、住宅街ではあるものの人通りも全くない夜道だった。

 唯一、街灯だけがポツリポツリと夜道を照らしている。

「……干していたタオルか何かが風に飛ばされてるんだろう」

 だが、この白くて長い何かは進行方向を変えて、男達の前へと舞い降り始めた。

 ずっと高い空からどんどん近付くにつれ、それがタオルではないことに気付かされる。

「何だアレ?」

 数歩先に進んでいた男も、足元をふらつかせつつ目を擦りながら、連れの男と同じ言葉を口にした。

「さらしか?」

「今時さらしはないだろう。ヒック、多分アレはアノ……ふんどし!」

「いや、ふんどしも今時どうかと思うぞ」

 互いに会話をした刹那、黙考した後に息を合わせたかのように二人は声を揃えて言った。

「――だよなぁー!!」

 同時に二人してゲラゲラ爆笑を始める間にも、その正体不明な何かはスゥと二人に近付いてきたかと思うと、そのうちの一人の男の頭にパサッと舞い落ちた。

 これを見て連れ合いの男は、更に大爆笑する。

「アハハハハハ!! よりにもよってお前の上に落ちるとは、ついてんなぁ!!」

「ム、モガ……ッン、ングッグ……!!」

 一人が指差して腹を抱えて夜道に自分の笑い声を響かせる中、もう一人はこの正体不明の物体を自分から引き剥がそうと必死に両手をバタつかせる。

 しかしどんなにもがいてもどういうわけか、この物体は男の顔に巻き付いて離れない。

 どんどん男が呼吸困難になる中、もう一人の男は相変わらず爆笑で悶絶している。

 気が付くと、その正体不明な物体が絡みついていた男は、道路に倒れていた。

 それまでひたすら笑い続けていた男は、ようやく我に返って倒れている男へと跪く。

「おい、ふざけるなよ。起きろ、起きろって」

 男はまだ込み上げてくる笑いを抑えつつ、相手の頬をバッチンバッチン叩き回した。

「何だよ。いい加減に――ゎぶっ!!」

 途端に視界を遮られたかと思うと、顔面全てを何かが覆い尽くして力強く締め上げてきた。

「ウ……ッ、グ、グゥ……!?」

 言葉を発することもできず、男は呻き声を上げるしかない。

 やがて次第に呼吸が苦しくなってくる。

 とうとう意識も朦朧(もうろう)となり、ただただ生きようとする本能のみが男の動きを支えるかのように、道でのたうち回っていた。

 だがついに、この男もやがてはビクビクと大きく痙攣(けいれん)を数回起こした後、脱力した手がパタリと地に落ちた。




 ――「何事かしら?」

 朝、通勤通学などで忙しいこの時間帯に、ただでさえ車で混みやすい道が更に混んでいた。

 運転席にいた千晶(ちあき)がおもむろに窓を開けると、クンクンと外を匂ってみる。

「……死体の臭いだな。しかも二人。事故か事件がこの先で起きているようだ」

「これじゃあ車は動かないね。僕ら、ここから歩いて学校に行くよ。僕らがこの方向から渋滞に巻き込まれていたら、おかしいからね」

「うむ、そうじゃな」

 一応学校では、鈴丸(すずまる)爛菊(らんぎく)のお目付け役の使用人という設定になっている。

 雷馳(らいち)は更に鈴丸の従弟という設定だ。

 鈴丸と雷馳が降車する準備に取り掛かる。

「爛も行かなければ、呉葉(くれは)を乗せた嶺照院(れいしょういん)からの送迎車が先に学校に着いてしまう」

「ああ、そうだな。じゃあ俺は遅れて学校に向かう」

「ええ」

 こうして、爛菊と鈴丸と雷馳は降車すると徒歩で、一緒に学校へ向かう。

「ついでだから、現場を覗いてみようよ」

「どうせそこを通らねばならんのじゃしな」

「爛はやじうまに興味ないけど、方向上避けられないわね」

 少々はしゃぎ気味の鈴丸へ投げやり的な雷馳の言葉に、爛菊は嘆息吐きながら答えた。

 一キロ程歩くと、渋滞の原因になっている現場に辿り着く。

 遺体は二体とも収容袋に入れられ、遺体運送専用車に積み込まれるところだった。

 この忙しい時間帯にも関わらず、やじうまの人だかりができていたが、それらを少しずつ掻き分けて現場の前へと三人は顔を出す。

 直後、ハッとした表情に変わる。

「こ、これは妖怪の仕業じゃな……!?」

「ええ、そのようね」

 雷馳と爛菊はそれぞれ口にする。

 二人の男が倒れていた所には、微かな妖気の残留痕があった。

 聴覚が鋭い猫又の鈴丸が、警察や検視官達の会話に耳を傾ける。

「二人の男の死因は窒息死だって。ただ、この集合住宅地の道路のど真ん中で、どうやって窒息したのか痕跡が全く見当たらず、原因不明みたい」

「確か、もし妖怪に殺されたのだとしたら、その痕跡があっても人間には見えないわよね?」

 鈴丸の言葉に、爛菊は尋ねる。

挿絵(By みてみん)

「うん、そうだけど……相手がどんな妖怪なのかまでは僕には解らないよ」

「とりあえず犯人が妖怪なら、わしらも用心にこしたことはないの」

 雷馳はそう言いながら、周囲をキョロキョロ見渡して挙動不審さを露わにする。

「お前の身長でこの人だかりの中だと見えるものも見えないだろう。さ、もう行くよ」

 鈴丸は雷馳に指摘すると、もう用はないと判断してやじうまの人だかりを再度掻き分け、現場から離れた。

 これに爛菊と雷馳も後に続く。

「どんな妖怪か解らないのも含めて、警戒しておいた方が良さそうね」

 爛菊は、学校に向けて歩き出しながら言った。

「少なくとも二人の人間を殺している限り、妖力はそこそこ高いはずだよ」

 不浄な妖怪の場合、人間を殺して妖力を高める。

 こうした妖怪は妖力が高まった分、己より妖力の低い妖怪まで殺し更なる妖力を得ようとし始めるのが恐ろしいところだ。

 相手が何者で、どれだけの妖力なのかも解らないうちは油断できない。

 いつどうやって出現するのかも謎であるだけに、常時妖怪の存在を意識する必要に迫られることになった。

 雷馳は爛菊達と離れ、一人小学校に行くことを怯えたが、何か起きたら全力で高等部にいる彼女の元へと逃げてくるように言い聞かせて、学校で別れた。




 昼食の時間となり、いつものように爛菊と千晶と鈴丸の三人は、学校の屋上で弁当を広げていた。

「今のところはまだ何も起きないが、今朝の事件現場とこの学校の距離はそう遠くない。特に不浄な妖怪というのは、妖気が集まる場所に引き寄せられる。ここには俺と爛菊、鈴丸、そして小学校には雷馳と、四人の妖力が存在しているわけだ。そこで、逢魔(おうま)(とき)にこの屋上で目的の妖怪の出現を待つ」

 逢魔が刻――夕暮れから闇夜に移ろう時間帯……この時は、異界と人間界との境界線が曖昧(あいまい)になる。

 よって、(あやかし)が出現する確率が高くなるのだ。

「つまり、僕らの妖力で目的の妖怪を誘き出すわけだね?」

 鈴丸の確認に、千晶は首肯する。

「だったら後で、ライちゃんを迎えに行かなくちゃ」

 爛菊は言うと、弁当のおかずを口にした。





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