其の参拾参:復活した雷獣
帰宅するとまずは、未だに二股尻尾の三毛猫姿の鈴丸をリビングにあるソファーに寝かせた。
雷獣の方は爛菊が自分の部屋のベッドで寝かせようと提案したが、千晶からまだ性別すら分かりもしない上に性格次第にもよるので駄目だと指摘され、やむを得ず鈴丸を横たえているソファーとは別のソファーに、雷獣を寝かせることにした。
「スズちゃん、スズちゃん爛の声が聞こえる?」
爛菊は鈴丸の体を軽く揺すってみると、小さく鳴いて反応を見せる。
「何か食べられる?」
「ミュ……」
再度の声掛けに、鈴丸はコクリと小さく頷く。
「じゃあ、滋養のあるお粥を作るから」
「ニャン……」
鈴丸の様子を見て、千晶は感心する。
「どうやら鈴丸の方は、若干意識が戻っているみたいだな」
一方、雷獣の方は微動だにしない。
まるで死んでいるかのようだが、体温はあるし呼吸もしているので生きているのは確かなようだ。
「今夜はスズちゃんも体力を消耗しているし、看病も必要だから爛が夕食を作る」
「分かった。悪いな爛菊。何だったら宅配でもいいんだぞ」
「気にしないで。それにたまには、爛も料理を作ってみたい。花嫁修業で作って以来だから」
「そうか。じゃあ頼む。お前の手料理は二百年前以来だな。楽しみだ」
「その間にスズちゃんと雷獣をお願い」
「ああ」
千晶の返事を受け止めると、爛菊はキッチンへと向かった。
やがて調理を終えた爛菊が、自分の手料理の乗った皿を次々と運んでくる。
メニューは骨付きラム肉のソテーをメインとした、その他コーンやポテトを炒めた物やきのこのポタージュ、パンなどがテーブルを彩る。
千晶と爛菊の二人分がテーブルに並べられると、千晶は満面な笑顔で椅子に腰を掛ける。
だが爛菊はもう一つ別に一人用の小さな土鍋を運んでくると、ソファーに寝込んでいる三毛猫姿の鈴丸に声をかけた。
「スズちゃん、しらすとサーモンフレークに貝柱が入ったお粥、作った」
すると二本の尻尾がパタパタと動いて、ゆっくりと鈴丸は金と青のオッドアイの目を開けて、ヒゲをピクピク動かしつつ僅かに顔を上げた。
「千晶様は先に召し上がっていてもいい。爛はスズちゃんにお粥を食べさせるから」
「あ、ああ。分かった」
一人で食べる味気なさを覚えて千晶は、内心がっかりしつつ料理に手を付ける。
爛菊はレンゲにお粥を掬うと、鈴丸の口に運ぶ。
これに鈴丸は少しずつ舌で掬い取るように口に入れる。
やがて食欲とともに気力がわいたのか、ガツガツと鈴丸は爛菊がお粥を運ぶ側から勢い良く食べ始めた。
ついには、たちまち土鍋の中は空っぽになった。
「あ~、食った食った。満足満足。ありがとうランちゃん、凄く美味しかったニャン」
「……猫の姿のままで喋った」
「そりゃあ妖怪だからね。何も珍しいことじゃないよ。ただ、まだ人の姿になる程体力は回復していないけどね。もう少し横になるよ。ランちゃんも夕飯食べな」
「良かった。少しは元気になって。安心した。じゃあ爛も頂く」
爛菊は流しに土鍋を置きに行くと、改めて食事をする為にテーブルに着く。
すると背後から鈴丸が声をかけてきた。
「本当に今回は、心からありがとうねランちゃん……僕、嬉しかったよ。アキにはできない優しさだから……」
「爛は当たり前のことをしただけ――」
「ふん、一言余計だ」
爛菊が鈴丸を振り返った時には、もう両目を瞑っていた。
「どうやら眠ったみたいだな」
「体力回復の為にもこのままそっとしておきましょう。では、いただきます」
「ああ。やはりお前の作る手料理は最高に美味いぞ。二百年前と変わっていない」
「良かった」
千晶の言葉に首肯すると、爛菊は食事を開始した。
食事を終えて、食器を片付けるとふと爛菊はお茶の入った湯のみを手に言った。
「ところでこの雷獣、このまま寝かせていてもいいのかしら。何かを食べさせるにも好みも分からないし……」
ダイニングテーブルから、リビングにあるソファーで相変わらず意識のない雷獣へと視線を送る。
これに向かいの席で同じくお茶を飲んでいた千晶が、他人事のように平然と述べた。
「そりゃ雷獣にはやはり電気だろう」
「電気? でも一体どうやって……」
「任せろ。充電してやるから雷獣を連れて来い」
「?」
爛菊は千晶に言われるがままに、改めてソファーからグッタリしている雷獣を抱き上げて千晶の後を付いて行った。
すると千晶は外へと出て行く。
外で一体どうやって雷獣に充電するのかと不思議に思いながらも、爛菊は黙って後に続く。
千晶は車庫に向かうと、トランクからブースターケーブルを取り出した。
特別縁のない爛菊には、それが何でどうするものなのかまるで分からずにいた。
次にボンネットを開けると、水のような透明な液体が入った四角い容器に金属の蓋が乗っており、これにある突起した部分の端子に千晶はケーブルのクリップを挟むと、もう片方開いている方のクリップを何と雷獣の舌に挟んだのである。
見た目だけでもカワウソとムササビが合体したような、猫の同じくらいの大きさをした小さな雷獣だ。
爛菊は咄嗟に口を挟む。
「ちょっとっ、だっ、大丈夫なの!?」
「大丈夫。いいか爛菊、相手は妖だぞ? 人間よりずっと頑丈にできている」
「え、ええ……そうね、分かった……」
こうして車のバッテリーと雷獣をケーブルで繋ぐと、千晶は車のエンジンを掛けて勢い良くふかしはじめた。
轟くような車のエンジン音と同時に、バリバリと派手に雷獣の全身は眩しい光を放ち始めた。
どれだけの充電が必要なのか目安は分からなかったが、十~十五秒程エンジンをふかしてから千晶はエンジンを切ると、雷獣の小さくピンク色な可愛い舌からケーブルクリップを外した。
しばらくしてから、雷獣はピクピクと動いたかと思うと、ゆっくりと目を開ける。
青紫色をした美しいまでの双眸だ。
ウゥと小さく唸ってから雷獣はゆっくりと頭をもたげた。
「……動いた……大丈夫?」
爛菊がそっと声をかけたにも関わらず、雷獣は驚きを露わにすると猫のように全身の毛を逆立てて、その場から素早く飛び退くと全身に電流を纏わせて攻撃態勢に入った。
「恩を仇で返す気か」
千晶は静かに言うと、爛菊を庇う為に悠然とした動きで彼女の前に立ちはだかった。