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其の参拾壱:鈴丸の体に根付く毒



 気付けば外はいつの間にか雨は上がり、強風だけとなっていた。

 重く垂れ下がっていた黒々とした雨雲も去り、雷も治まってただの曇天となっている。

 千晶(ちあき)は車の運転席から降りると、後部座席のドアを開けてグッタリと横たわっている鈴丸(すずまる)の額に触れる。

 すると信じられないくらいに体温は高く、まるで体内から焼け焦げているかのように熱かった。

 これに鈴丸の顔面に広げた片手で覆うと、千晶は短い言葉を発した。

「邪毒抑制」

 やがて今まで荒い息遣いで苦悶していた鈴丸は、まるで眠るように意識を失った。

「何をしたの」

 爛菊(らんぎく)の問いに、千晶は答える。

「一時期だけ毒の進行を停止させた。鈴丸はまだ若いせいもあって、大百足よりも妖力が低い。だから毒を自力で排出させる術がないんだろう。今から和泉(いずみ)の所へ鈴丸を連れて行く」

 少なくとも百年は生きている鈴丸でも、(あやかし)の世界ではまだ小童程度なのだ。

 しかし鈴丸は小さく呻いたかと思うと、みるみるうちに尻尾を二本持った普通の大きさの三毛猫に姿を変えた。

「まずいな。人の形を成せなくなるくらいに弱ってきている。車で向かうには間に合わない。空から行く。爛菊、鈴丸も一緒に抱いて車から降りろ」

 爛菊は千晶の“空から”と言う意味が分からなかったが、ひとまず降車すると後部座席のドアから猫の姿に戻ってしまった鈴丸を左手で抱き上げた。

 ちなみに右手には鈴丸同様、意識を失っている雷獣も抱えている。

 直後、強風の中でも更に強い風が一陣吹いたかと思うと、そこには黄金色の毛並みで首周りから胸元まで、まるで襟巻きをしているかのように長毛のたてがみをした巨大な金狼の姿があった。

挿絵(By みてみん)

「……千晶様?」

「ああ、そうだ」

 金色の双眸で爛菊を見下ろしながら、金狼は喋った。

「大百足と戦っていたさっきの時と外見が違う」

「これが俺の本来の姿だ。構わず早く俺の背中に乗れ爛菊」

 地面に伏せている金狼姿の千晶の言葉に、爛菊は両手に三毛猫と雷獣を抱きかかえた上に着物姿だったので、巨大化した金狼の背中に乗るのに苦戦した。

 だが大百足の妖力を依代から吸収して体の底から力が漲った感じがある爛菊は、咄嗟に飛び上がってみた。

 すると自分でも驚くほどの跳躍力を発揮し、金狼姿の千晶の背中に容易く乗ることが出来た。

「どうやら運動能力が上がったみたいだな、爛菊。では行くぞ」

 千晶は言うと、空に向かって飛び上がった。

 そのまま、まるで空気の層を踏み込むように宙を駆け走り始める。

「千晶様、空も飛べるのね」

「飛ぶと言うよりも、疾走すると言ったところだな。帝ならではの力だ」

 千晶は空を走りながら爛菊の言葉に答える。

「皇后のお前にもいずれ身につくさ」

 金狼姿の巨体な千晶の背中は広かった為、爛菊は三毛猫姿の鈴丸と雷獣を自分の傍らに横たえてから、まるで手綱を握るかのように首周りのフサフサとしたたてがみを掴んだ。

「振り落とされないようにしっかり掴まっていろよ。スピードを上げる」

 直後、グンと高速になった千晶に爛菊は驚いて腹ばいになると、上半身で鈴丸と雷獣を守ろうと覆い被さった。

 肌を射るような爽々とした風が、まるで己に逆らう金狼の疾走に歯向かうごとくゴウゴウと猛って吹き当たる。

 吠えるような風の音と共に、眼下にある人工物から自然のものまで周囲の景色は瞬く間に、後方へと通り過ぎてゆく。

 あまりの高速からくる風に爛菊は、満足に目も開けていられなかった。

 ただ必死に、鈴丸と雷獣を守りながら千晶のたてがみにしがみつく。

 やがて感覚的にスピードが落ちたかと思うと、緩やかに下降し始めた。

 着陸すると千晶が改めて口にする。

「着いたぞ」

 車では片道約一時間はかかるところを、こうした形で来てみるとものの五分もかからずに到着したことに、内心爛菊は驚愕を覚えた。

 爛菊は乱れた腰まで長い黒髪を手で簡単に整えながら周囲を見渡すと、やはり先程までの暴風雨のせいかいつもは境内に溢れかえっている鹿の数もまばらだった。

 神殿の戸も閉ざされている。

 爛菊は三毛猫姿の鈴丸と雷獣を両手で抱きかかえると、身軽に千晶の背中から地面へと着地した。

 それを確認してから、巨大金狼は風と共に人型の千晶の姿になる。

 同時に、社の戸がスィと静かに開き、相変わらず女性モデルも顔負けの優美で腰より長い白髪をしたこの鹿乃神社の主であり神鹿(しんろく)でもある、神格化した千年妖怪の鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)が姿を現した。

「こんな嵐の日に一体何用だね? 千晶」

 本来なら神主姿の服装の和泉だが、やはり嵐の日は誰も訪問者がいないからなのかゆったりとした灰色の着流し姿だった。

 それはそれでまた違った魅力があり、艶冶(えんや)に映えていた。

 しかも彼の碧眼(へきがん)はどこか朧気(おぼろげ)にトロンとしている。

「一大事だ和泉。鈴丸が大百足の毒にやられた」

「……そうか。ではとりあえず上がりなさい」

 どこか他人事のように軽い口調で言いながら和泉は、口元を手で覆ってあくびをした。

「さては今まで寝ていたな? お前」

 和泉に促され社に上がりながら千晶は言う。

 爛菊も彼の後に黙って続く。

「別に構わないだろう? こういうゆっくりとした時間を過ごせる時に昼寝くらい」

「昼寝と言ってももう夕方だぞ」

「おやおや。ゆっくりしている時ほど時の流れは思いのほか早いものだな」

 鈴丸が毒を受けたと聞いても和泉は悠長な物腰だ。

「人の姿に成せないほど彼は弱っている。急いで欲しい」

 爛菊の言葉に、和泉は足を止めると改めて彼女を見直して言った。

「これはこれは。以前来られた時は学校の制服姿だったが……着物姿の皇后もまた一段と見目麗しい。普段から着物を?」

「ええ。でも今はそんなことはどうでもいい。スズちゃんを助けるの、助けないの、どっち!?」

「安心しなさい。ちゃんと助けるよ。しかし怒った顔も美しいときたものだ」

「からかわないで」

「いや、本心だよ」

 爛菊と和泉の言い合いに、賺さず千晶が言葉を挟んだ。

「おい、人の妻を俺の前で堂々と口説くな。鹿刺しにするぞ」

 これに和泉は愉快そうにクスクス笑う。

「まぁそう夫婦揃って焦るな。どうせ毒抑制術をかけているのだろう?」

「ああ。だが鈴丸の苦痛は変わらない」

 千晶は和泉の反応に怫然とした表情で答える。

 これに相変わらず悠然とした様子で和泉は首肯する。

(もっと)も。ん? その皇后が鈴丸と一緒に抱えているのは――雷獣だな。成る程それで大百足か。ひとまずでは鈴丸の毒治療を行おう」

 和泉は再び歩き出すと、置いてある藁座布団を二人に勧めた。

 腰を下ろす二人を確認してから和泉は、千晶へと声をかける。

「しかし……お前が他種族の身を案じるとは珍しい。人間界に降りて長居したせいで、お前にも思いやりの情を覚えたか千晶」

「爛菊からの救助要請を無下にできないだけだ」

 悪戯っぽい微笑を浮かべる和泉に、千晶は言い返してそっぽ向いた。





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