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其の参拾:巨大妖同士の戦い



「ギャウゥッ! フゥーッ!!」

 前足を百足(むかで)に噛み付かれた鈴丸(すずまる)は、赤々と光る百足の眼へめがけて鋭い爪を振り下ろした。

 鈴丸の爪を受けて百足の三つの眼が潰れ、百足も咄嗟に鈴丸の前足から顎を離す。

 巨大化した狼と猫の姿をした千晶(ちあき)と鈴丸は、巨大百足と共に校庭へと(もつ)れ込む。

 それまで見守ることしかできなかった爛菊(らんぎく)は、はっと何かを思い出して校庭の千晶と鈴丸に向けて出し得る限りの大声で、暴風雨に負けじと叫んだ。

「千晶様っ、スズちゃんっ! 百足は頭を潰さない限り死なない!!」

 実際、普段害虫として自然の中で生息している百足も、頭を潰さない限り死ぬことはない。

 恐らくこの巨大百足も一緒だろうと爛菊は思ったのだ。

 全長の四分の一を千晶の牙で引き千切られてしまった巨大百足は、空に飛んで逃げることも叶わず校庭でのたうち回っている。

 鈴丸は百足に噛まれた前の片足を引きずりながらも、爛菊の言葉を聞いて右側から百足の頭に噛み付いた。

 しかし何せ巨大化した千晶と鈴丸よりも更に巨大な大百足は、そうはいくまいと長い胴体をバタつかせる。

 だが今度は百足の左側に千晶が噛み付く。

挿絵(By みてみん)

 さすがにこれら二匹よりも巨大な百足でも、それなりに巨大化している二匹の獣から左右両方に頭を噛み付かれては大変だ。

 更に長い胴体をひねると、己の頭に噛み付いている千晶と鈴丸に巻きつける。

 けれど二匹は頭から口を放すことなく、ますます顎の力を加えた。

 ミシミシと軋んだ音を立て始め、百足は必死になって千晶と鈴丸を長い胴体で締め付けていくが、それに合わせるように二匹は思いきり顎に力を込めた。

「ギィィィー……ッ!!」

 堪らず巨大百足は悲鳴を上げる。

 千晶と鈴丸の口元から百足の緑色をした体液が噴出し始めたが、二匹は構わず噛み続けた。

 グシャリッ!!

 鈍い音と共に、ついに二匹は百足の頭を噛み潰した。

 周辺を百足の体液がみるみるうちに溢れ出し広がっていく。

 千晶と鈴丸は口を放すと、自分達に巻き付いたままだが既に力を失っている百足の胴体を振り払う。

 大百足の死によって、周囲を漂っていた青白い火の玉がすっかり消滅する。

 雨でずぶ濡れになった体毛に、千晶と鈴丸はぶるると体を振って水滴を飛ばすと、それまで巨大だった体はたちまち縮んでゆき元の大きさの人間の姿に二人は戻った。

 息絶えた大百足はドロリと耳障りな音を立てて、全身がジュウジュウと溶け始めていく。

 千晶は大百足の潰れた頭部の目元に触れたかと思うと、鈴丸と共に跳躍して気絶している雷獣を抱きかかえた爛菊の待つ時計台へと戻って来た。

 しかし全裸姿の二人に爛菊は駆け寄ってから、ハタと気付いて慌てて赤面しながら後ろを向いた。

 しばらくして、千晶が爛菊に声をかける。

「もうこっちを向いていいぞ」

 これに爛菊はおそるおそる振り返ると、いつの間に用意したのかガウンを二人は着用していた。

 そういえば、ここへ来る前に鈴丸がナップサップを持っていたのを思い出す。

 その中にガウンを入れておいたのだろう。

 考えれば彼はいつもそれを持ち歩いている。

 こうしたいざという時の為に用意を欠かさずにいるらしかった。

 さすがは千晶の下働きをしているだけはある。

 だが何せこの暴風雨だ。

 確かに何も着ないよりかずっとマシではあるが、千晶と鈴丸が着込んだガウンもしっかり雨水を吸収して重くなっている。

「とりあえず車に戻るぞ。トランクに服を用意してあるから着替え直そう」

 千晶は雷獣を抱いている爛菊を横向きで抱え上げると、鈴丸と一緒に跳躍して時計台から離れた。

 爛菊も暴風雨の中でびしょ濡れだったが、着物なので着替え直すのも難しい。

 しかし、トランクに置いてあった服に着替え直した千晶に、とりあえず車に乗り込むように言われたので、助手席に乗車する。

 すると千晶がスィとまるで空気を撫で上げるように、片手を下から上へと動かしながら唱えた。

「寧静温風」

 途端、まるでドライヤーのような温風が足元から髪の先まで柔らかく吹き抜ける。

 気付けば、先ほどまでずぶ濡れだった爛菊は着物から髪まですっかり乾いていた。

「千晶様、魔法が使えるの?」

「いや、これは魔法というより人狼の帝としての力だ。生憎今回は大百足相手だった上にこの嵐だったのもあって、能力よりも獣化を選択して対峙したがな。あれだけのでかさになると、下手に力を使用して妖力を削るよりも同じ巨大化で獣に戻ってやりあった方が、無駄に長引かないしな。あれでもまだ実力の半分だ。爛菊も人狼皇后としての妖力が戻れば、使えるようになる」

「そう。ところでこの雷獣……大丈夫かしら」

「ああ、手当してやればな。だが助けてやるつもりなのか?」

「ええ、こうして会ったのも何かの縁だもの」

 爛菊は自分の膝の上で横たわって意識を失っている、雷獣の体をそっと優しく撫でた。

 千晶はそんな彼女を見守ってから、ズボンのポケットから何かを取り出して爛菊に見せる。

「……あ、それは……」

「ああ。和泉(いずみ)から貰っておいた例の依代(よりしろ)だ。こいつをあの大百足に貼り付けておいた。額の文字を出現させるんだ」

 本来真っ白な人形(ひとがた)をした紙が、大百足の妖力を吸収して赤く光っている。

「分かった」

 爛菊は首肯すると、人差し指と小指を立てて額に当てる。

 すると紫色の光を放ちながら、彼女の額から妖力吸収の一文字が浮かび上がる。

 千晶は彼女の額に依代を貼り付ける。

 直後、依代は眩しいほどの青白い光を放ち、爛菊の額へと吸収されていく。

 この勢いと体内で発生した微熱に、爛菊は瞑目するとクイと軽く顎を上げた。

 青白い光は甲高い音を車内で反響させながら、爛菊の額にある紫色に輝く文字の中へと完全に吸収されると、すっかり力を失って依代は灰と化し細い煙と共に消滅した。

「どうだ具合は?」

 千晶はそっと爛菊に声をかける。

「何だか体中が熱くて……力が漲っている感じ」

 爛菊の言葉と共に、額から文字が消える。

「相手は大百足だったからな。今回で結構な妖力を得たはずだ。ひとまず家に帰って妖力の結果を確認してみよう」

「ええ。ところでスズちゃん、どうしたのそんなに荒い息づか――スズちゃん!?」

 後部座席を振り返った爛菊は、鈴丸の様子に動揺する。

 顔面蒼白というよりも、紫の顔色をした鈴丸は荒い息遣いにグッショリと脂汗で全身を濡らし、右手で左腕を抑えた状態で力なく横たわっていた。

「しまった! そういえば大百足に腕を噛まれたんだった!」

 千晶はようやく鈴丸が置かれた現状を思い出した。





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