其の弐拾捌:雷鳴より現れいでる
最初は軒先から落ちる雨音で、ようやく存在に気付くタイプの柔らかく静かな雨だった。
風というほどの風もない。
ただ静かに真っ直ぐに冷たい雨が、音もなく空から降ってくるだけだ。
だが次第に雨がパラパラと音を立て始める。
やがて雨にしては重い音に変わり、声を掻き消すほどの雨音の激しさとなった。
ついにはフラッシュを焚いたかのように微かな閃きが、短い間隔を置いて続き風までもが低くて鈍い音と共に吹き荒れ始めた。
よってこの日、嵐の為に学校は休校となった。
なので爛菊と千晶と鈴丸の三人は揃って家にいたのだが、窓辺で胡座を掻き重々しい黒々とした空を眺めていた鈴丸が、口を開いた。
「……あれ? 何だろう?」
「?」
「……」
鈴丸の言葉に千晶は反応して顔を向けたが、爛菊は関心なさそうに無言でソファーに座ったまま本を読み続けている。
「何がだ」
千晶が彼の言葉の続きを催促する。
「ほら、空。雷と雷が……ぶつかってる?」
「??? どういう意味だ」
「意味なんか分からないから何だろうって言ったんじゃない。気になるならアキも見てみなよ」
鈴丸に誘われて、千晶も窓辺に歩み寄り空を見上げる。
すると暗黒の空に稲光がビリビリと裂け、威嚇するように次々と稲妻が閃く。
確かに、今まで見たことがない稲妻同士が激しくぶつかり合い、その度に暗い空を青白く照らす。
「――んん?」
ふいに千晶は眉宇を寄せる。
「何? 何か分かったのアキ?」
「――ああ。あれは……ただの稲妻じゃない。両方とも妖だ」
「ええ!?」
千晶の言葉に、鈴丸も改めて空を見上げ目を凝らす。
「……もしかして種類の異なる妖怪?」
「ああ、どうやら争っているようだ」
直後、一方の稲妻が向きを変えたかと思うと、凄い勢いで下降した。
同時にドォーンと地の底から突き上げるような振動が起きた。
するとこれに続きまるで後を追うように、もう一方の稲妻も下降する。
続けて二度目の落雷が周辺の空気をビリビリと震わせた。
耳を劈き腹に響くような轟然たる雷鳴に、さすがに爛菊も驚いて手から本を取り落とす。
「何事」
咄嗟に彼女は抑揚のない声で短く口にする。
これに答えながら、千晶は今にもガラスを破らんばかりに、窓に顔を押し付ける。
「――学校だ。学校に落雷したぞ」
「僕も学校の方から妖気を感じる!」
二人の言葉に爛菊も静かな声で続く。
「……爛が妖気を察知するにはまだ距離がありすぎて分からない」
「行くぞみんな」
「もうっ! 何で嵐の時に二体もの妖怪が出現するんだろう! 僕は雨に濡れるの嫌いなのに!」
鈴丸の不満を他所に、千晶に続いて爛菊も立ち上がった。
「今日が休校で良かったよね。もし生徒達が登校していたら今の落雷に校内がパニックに陥るところだったよ」
車内で呑気に口にする鈴丸。
しかし外は相変わらず激しい雨でどんなにワイパーを振っても、フロントガラスは滝を流したようになっていて、サイドガラスの方は景色も何も見えないほどだった。
助手席に座っている爛菊は次第に胸騒ぎを覚え始めた。
――いや、これはそうではなく妖気だ。
車で学校に近付くにつれ、距離も爛菊の妖気察知範囲内に入り始めて、おまけに二体もの妖気の為にそれが彼女には強すぎて、まるで胸騒ぎに似た感覚に陥らせているのだろう。
やがて学校の正門前で停車してから三人は、車内の窓から校舎を見回した。
ガラスを流れ落ちる雨水で、景色はピンボケしたように見えたが学校の時計台を見上げると、そこが凄まじく放電していた。
だがそれ以前に何よりも驚いたのは、三階建ての校舎をゆうに越える巨大な百足の姿だった。
周辺には何百もの数の青白い火の玉が飛び交っている。
巨大百足の六つもの眼は燃えるような真紅色でらんらんと光っている。
空を飛ぶことが可能なので、巨大百足は空から時計台の方へと何度も両開きの顎を突き出している。
その度に青白い放電が起き、周囲は眩いばかりに照らし出されていた。
「とりあえず時計台の方へと向かうぞ! しっかり付いて来い鈴丸!」
「うぇ~、雨嫌いなんだってばぁ~……」
千晶に促されて、不満を口にしながらも渋々と鈴丸は降車する。
爛菊も豪雨を気にしながらも降車すると、突然ヒョイと千晶から横向きに抱き上げられた。
「跳ぶぞ。しっかり俺につかまっていろ爛菊」
彼の言葉に応えるように、爛菊は千晶の首元にしがみつく。
千晶と鈴丸はそれぞれ獣の耳と尻尾を出現させると、地を蹴って門の枠を踏み台にしてから大きくジャンプした。
勿論、千晶と鈴丸は飛ぶと言っても巨大百足のように空を飛べるわけではないので、足場になる場所を選んで身軽に時計台めがけて跳び移っていった。
ようやく時計台までやって来て、みんなが見たものは。
巨大百足と死闘を繰り広げている小さな獣の姿だった。
その小さな獣は、体中に電流をまとわせており突然姿を現した爛菊達三人の存在に、ビクリと驚愕を露わにした。
「あれは……」
「雷獣だな」
鈴丸の言葉に続いて、千晶は爛菊を下ろしながら冷静に答える。
雷獣は猫くらいの大きさで、まるでカワウソとムササビを合体させたような、狐よりも太くて平たい黒い斑点模様の尾を生やしている灰色の姿をしていた。
巨大百足も突然この場にやって来た三人に戸惑ったようだが、改めて雷獣めがけて鋭い顎を突き出した。
我に返った雷獣も大慌てで巨大百足に放電する。
巨大百足は雷獣からの電撃を浴びるも、周囲に漂わせている青白い火の玉をいくつか雷獣にぶつけた。
火の玉攻撃を受けて雷獣は、雨に濡れる時計台のコンクリートの上に倒れ込む。
見る限り全身ボロボロになっていた雷獣は、ウゥとうなってついには気を失ってしまった。