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其の弐拾肆:人間の死を喰らう者



 今しがた自分達と仲の良い青山エリを先陣きって救出してくれた爛菊(らんぎく)からの問いかけに、また建前上権力者でもある彼女が相手となるとまるで教師以上にみんな(かしこ)まった。

 緊張の走った表情で固唾を呑んでから、一拍置いて記憶を整理しつつそれぞれ女子生徒が静かに語り始めた。

「エリが……普通に更衣室で体育服に着替えてる時、エリは先に着替え終わってから言ったんです。“ちょっと首を吊ってくる”って、笑いながら……丁度みんな今朝亡くなられた生活指導の小谷先生の話題になっていて……えっと言いにくいんですけど、不謹慎ながら笑い話にしていたんです」

「するとその話のノリで言ったのか、エリが先に一人でテニスコートに向かって……みんな冗談だろうと思いながら一足遅れて私達もテニスコートに向かったんですけど……」

「来てみたらエリ、どこにもいなくて……トイレにでも寄ってから来るのかもねってみんなで言っていた時だったんです。悲鳴の後に倉庫内でエリが首を吊っているのが分かったの……」

 ここまで黙って話を聞いていた爛菊は、無表情で改めて尋ねる。

「以前から何か悩みとかある様子は?」

 するとみんな一斉に横へ首を振った。

「全然。寧ろ一切悩みどころか苦労もないくらいに、いつも元気で明るい方です」

「そう……分かった。話してくれてありがとう」

 一通り話を聞くと彼女達の輪から離れてから、一人立ち止まり爛菊は(しば)し黙考した。

 女子とは別に体育の授業をしている男子生徒の鈴丸(すずまる)を呼ぶべきか、生物担当として他のクラスに授業を行っている千晶(ちあき)を呼ぶべきかを。

 妖気が分かるくらいにまで妖力を得た爛菊は、今回どことなく怪異に思えたのだ。

 こんなに半日でメディアを通してでも三件、身の回りで首吊り自殺が起きるのはとても単なる偶然とは思えない。

 何かあるはずだ。

 だが今のところ妖気までは感じ取れない。

 気のせいであることを祈りながら、爛菊は教室を出るとやはりここは千晶に頼ろうと、生物学の教室へと廊下を歩き出した。

 現在、授業中なので廊下は静まり返っている。

 時折授業が行われている教室の前を通ると、教師が教鞭を執っている声が聞こえてくるくらいだ。

 しかし進むうちに階段の踊場まで来た時だった。

「……子……人の子……小娘……人の子の分際で余計な真似を……」

 頭上右後ろからおどろおどろしい囁き声が爛菊の耳に届いた。

 同時に凄まじい妖気を感知した爛菊。

 人間に生まれ変わって未だ嘗て味わったことのない邪念だ。

 これには身の危険を感じて素早くそちらへと振り返る。

 するとそこには、頬はやつれて頬骨を浮き出し、口は耳元まで裂けて腫れぼったい一重まぶたに血走らせて赤い目を剥き出した、長いざんばら髪に白い着物で足のない(あやかし)が宙に浮いていた。

挿絵(By みてみん)

「おや人の子……このわしの姿が視えるのか」

 性別不明のその妖は、自分へと視線を向けてくる爛菊の反応にニタリと不気味に薄ら笑う。

「……」

 爛菊は生唾を呑みこみつつも、無言でその妖を凝視する。

「クックック……このわしの姿に恐れているな、人の子よ」

 相変わらず不気味ながらにも、愉快そうに喉を鳴らして笑う妖。

「何者……!」

 (ようや)く絞り出した声で短く爛菊は言い放つ。

「わしの正体が知りたいのか、クックック……わしは縊鬼(いつき)。あらゆる手段で生者を死に追いやる者。だがわしは特に、首吊りを好む」

 ジリっと爛菊が少しずつ後退りするだけ、縊鬼も近付き彼女との距離を開けない。

「一体何の為に!?」

「決まっている。人を殺めた分だけ多くの妖力を得てわしは強ぅなる。それを邪魔する貴様は不愉快な娘よ。よって人の子、このわしの姿や声を見聞きできても所詮は人間。霊感の強い貴様から得られる妖力は如何(いか)ばかりかと思うと、楽しみでならぬ」

「!!」

 身の危険を感じた爛菊は、咄嗟に身を翻して走り出した。

「ほぅ、このわしから逃げられると思うてか。甘いぞ小娘!」

 自分から逃走を図った爛菊へ、背後から縊鬼は飛び掛かった。

「は……っ!!」

 体内に異物が侵入するのを感じて、爛菊は胸を反らして立ち止まる。

 すると頭の中に直接語りかける声があった。

“首をくくれ……首をくくれ”

 縊鬼に体内へと憑依された爛菊は、半眼になり自分の意識を失った。

 彼女の口を借りて縊鬼は呟く。

「どこが良いか……首をくくるのに最適な場所はどこが良いかえ。クックック……!」

 どうやら己が手を下した人間が、他の第三者に死後の姿を気付いてもらえるのも縊鬼にとっては、愉楽の一つであった。

「あそこはどうじゃ? あの場所はどうじゃ……」

 爛菊に憑依した縊鬼はまるで彷徨うように、且つ目的場所はしっかりと決定してから階段を上り始めた。

 やがて辿り着いたその無人の教室には、“多目的教室”のプレートが掲げられていた。

「さてくくろうか。首をくくろうか」

 縊鬼は爛菊の口で愉しそうに呟きながら、教室内へと足を踏み入れる。

 しかし廊下からこちらへ走ってくる足音が聞こえ、縊鬼が憑依している爛菊はユラリと振り返った。

 すると足音はこの教室へと飛び込んできた。

「爛菊!」

 その主は千晶だった。

「異常な妖気を感じたからそれを追って来てみたが……」

 千晶は言いながらこちらを向いている爛菊の違和感に眉宇を寄せる。

 彼女の血走った赤い目に気付いて、千晶は瞬時に状況を把握した。

「貴様……爛菊ではないな!? 何者だ!」

 彼の言葉に、爛菊はダラリと両手を垂らした姿でゆっくりと体を揺らす。

「邪魔するでない……くくろうか、首をくくろうか……」

「おのれ……っ、よくもこの俺様の妻に!!」

「妻……? この人の子が? 見たところ、貴様もわしと同じ妖怪のようだが」

 縊鬼は述べながら、グラリと首を大きく傾ける。

「ああ。人狼族の帝、雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)だ。そうと知ってやりあうつもりか?」

「人狼の帝だと……? ィッヒッヒ……成る程この人の小娘、どうりで結構な霊感があるわけだ。(さぞ)かしこの小娘から得る妖力は美味いに違いない、ヒヒヒ……」

「愚かな。この俺が来たからにはそう簡単にみすみす爛菊を犠牲にするものか」

「どうやってわしからこの小娘を奪い返せるかな? ヒヒヒヒヒ」

 縊鬼は爛菊の声を通して千晶を挑発する。

 すると千晶がクンと鼻を鳴らした。

「この(にお)い……貴様、縊鬼だな!?」

「その通り。しかし人間を殺した数だけ得た妖力は上下し、強さも変わるぞ」

「ふ……っ、俺の妻の姿をして抜かすな。虫酸が走る」

 千晶は落ち着き払った声で口にすると、琥珀色の双眸を黄金色に浮かび上がらせた。




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