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其の拾柒:人面瘡と祟り物怪



 千晶と鈴丸が、爛菊と萩沢の匂いを辿って体育館裏に駆け付けた時にはもう、爛菊は妖力吸収を始めようとしていた。

「萩沢先輩はただ黙ってわたくしの方へと向いていてください」

「何をする気なの……!?」

 爛菊(らんぎく)に促されて、萩沢(はぎざわ)は怪訝な表情を浮かべる。

 萩沢の右目にある人面瘡(じんめんそう)とたたりもっけが剥き出しになっているのを見て、千晶(ちあき)鈴丸(すずまる)はハッとした顔をする。

「爛菊!」

「ランちゃん!」

 彼女の名を叫んで駆け寄ろうとする二人へ、爛菊が珍しく鋭い声で答えた。

「来ないで二人とも!」

 これに疑問の様子で千晶と鈴丸は慌てて立ち止まる。

「そう。そのままそこで待っていて」

 爛菊は二人の動きを止めると改めて立ち上がらせた、涙で目を真っ赤に腫らした萩沢に向き直った。

「では始めます。どうかご心配なさらずに、先輩はおとなしくなさっていて」

「え、ええ……」

 すると突然、今までおとなしくしていた右目の腫れ物をした赤ん坊が泣き声を上げ始めた。

 更に身の危険を感じてか、爛菊に向かって火の玉を吐き出そうとする。美術室で鈴丸に向けて放ったように。

「危ないランちゃん!!」

 鈴丸の声に千晶も険しい表情で身じろぎする。

 しかしどれよりも早く、爛菊が額に人差し指と小指の二本を当てると、口早に言い放った。

「人面瘡とたたりもっけの妖力、この爛菊が貰い受ける!」

 そして素早く吸気する。

 同時に爛菊の額から紫色の光を放って文字が浮かび上がり、萩沢の右目にある人面瘡から青白い気体があっという間に彼女の口内へと取り込まれた。

 この素早さに火の玉を吐き出しかけていたたたりもっけは、ちょろりと人面瘡の口から糸のような短い火を出しただけで不発に終わった。

 また泣き声を上げていた赤ん坊のたたりもっけの声もピタリと止み、腫れ物からは赤ん坊の風貌をした人面も消えて、ただの腫れ物になった。

「さぁ、ご覧になって萩沢先輩」

 爛菊はふと表情を和らげると、優しい口調で静かに声をかけながら胸ポケットにあるコンパクト鏡を、萩沢に差し出した。

 萩沢は爛菊から鏡を受け取ると、恐る恐る覗き込んだ。

「……――赤ちゃんの顔が……消えてる……!!」

 萩沢は驚愕しながらそう口走る。

「一体何をしたの!? 嶺照院(れいしょういん)さん!」

「ちょっとした除霊よ。わたくしの知っている神社の神主さんから教わった真似事です。効果があって安心しました」

 普段からあまり表情を見せなかった爛菊が、珍しくニコリと優しく微笑む。

 どうやら爛菊の額の文字も妖力の気体も、このただの人間である萩沢の目には見えなかったようだ。

 しかもあまりの早口で爛菊が唱えた“人面瘡”と“たたりもっけ”の言葉もよく聞き取れなかったらしい。当然ながら、言葉の意味も分かっていなかった。

「あ、ありがとう嶺照院さん、本当にありがとう……! これだけでも随分マシよ……! この右目の腫れ物は、私が赤ん坊に犯した罪として受け入れて今後は生きていこうと思うわ……」

 萩沢は涙声で言うと、右目に残ったただの腫れ物にそっと触れる。

 だが彼女のもう片方空いている手を取って、爛菊は静かに答えた。

「いいえ萩沢先輩。あなたは今回の苦しみで、充分その代償を払いました。あなたは今回の件で全てに於いて未熟だった。たった一人で全てを抱えて、その呪いまで受けた。秘密を恐れたゆえに犯してしまった事故。今後はその赤ん坊の命を奪ってしまった過ちを悔い改めて、成仏を願って一生涯、その子の誕生日と命日に供養なさってあげてください。どんな形であっても赤ん坊にとってあなたは、たった一人の母親なのですから……」

 これに、萩沢はうぅと泣き崩れた。

 千晶と鈴丸は、離れた位置から二人して互いの顔を見合わせ、疑問の表情を露にしている。

「萩沢先輩。傷心に暮れているところ大変申し訳ありませんけれども、わたくしが言うことをしっかりお聞きになって」

 爛菊は(うずくま)ると萩沢の肩に優しく手を置いた。

 彼女の言葉に萩沢は泣きじゃくりながら、大きく何度も首肯する。

「ではまず、その元彼の写真をお持ちになってる?」

 しばらく間があってから、萩沢は涙で声を詰まらせながら言った。

「妊娠の事ですっかり忘れていたけれど……確かまだ携帯電話に……」

 彼女はスカートのポケットから携帯電話を取り出すと、指で画面をスライドさせて写真のカテゴリーを選択する。

 画面に映し出されたのは、萩沢とピースサインで一緒に写っている気取ったフツメンの男だった。

 二人してブルーのカラコンを入れているようで、両目が青い。

 この頃の萩沢の右目は当然まだ瘡はなく、可愛らしくメイクして幸せそうな笑顔をしていた。

 周囲にはたくさんのハートや花やキラキラなどのスタンプが散りばめられてデコレーションされている。下には“遊馬(ゆうま)”“美園(みその)”とピンクの文字で書かれてあった。

「こんなものっ、もう削除して――!」

「待って。これはまだ残しておいて、ある人にこの男の顔を見せてほしいの」

「ある人……?」

 爛菊の落ち着き払った言葉に、萩沢は不思議そうに小首を傾げる。

「ええ。わたくしが今行ったのはあくまでも初歩的な除霊。わたくしが知っている、先ほど申しました神社の神主さんから本格的に浄霊してもらうと、右目の腫れ物は消えますわよ」

 これに驚きを露にする萩沢。

「え! 本当に!? だ、だけど私は赤ちゃんへの罪悪感を……」

「失ってしまうと? 先ほど申しましたように、一生かけて供養なされば大丈夫。ちなみに、赤ん坊の性別はお分かりになりますか?」

 爛菊に問われて、萩沢は改めて悲痛な表情を見せる。

「女の子……」

 すると、爛菊はふと微笑んだ。

「でしたら、その子に萩沢先輩なりに名前を付けて差し上げるとよろしいですわ。だったら忘れる事もなく、赤ん坊も喜ぶでしょう」

 爛菊のアイデアに、萩沢は微かながらも微笑み返す。

 爛菊はそれを認めてから言葉を続ける。

「ここから車で一時間以上行った、白鹿市(はくしかし)にある鹿乃(かの)神社の神主さんに、その右目の腫れ物の経緯を正直に説明して、この写真の男をお見せするのです。すると右目の腫れ物を治癒してくれる上に、たたり――赤ん坊の呪いを萩沢先輩からこの男に憑依させることが可能ですわ」

 それを聞いて、千晶と鈴丸は思った。


 ――何と末恐ろしい……!!


挿絵(By みてみん) 

 それもそうだ。

 たたりもっけの呪いは強烈で、怪異を引き起こしその者を熱病で苦しめた挙句、その一家を全滅にまで陥らせるのだ。

 つまりその両親、兄弟、親族に至るまで全てをだ。

 本人はともかく、一家は正直無関係にも関わらず、とんだとばっちりである。

 だがもし爛菊が手を差し伸べなければ萩沢の方がそうなっていたのだ。

 ちなみにたたりもっけには姿がない。あくまでも赤ん坊の怨念である。

 また人面瘡はその口に貝母(ばいも)と呼ばれるゆり科植物の汁を飲ませれば消える。

 幸いにも爛菊から妖力を奪われて人面は消えただの腫れ物となったが、後は千年妖怪、神鹿(しんろく)である神格化された和泉がうまくやってくれるだろう。

「なるべく早めに行ってくださいね。でなくてはまた妖――いえ、戻ってきて同じ目を繰り返しますから」

「ええ! 明日にでも……いいえ、今日学校を終えてからでもすぐに行くわ! 何から何まで本当にありがとう嶺照院さん!」

 萩沢は爛菊の両手を取ると、この上ない感激の表情を露にした。

「どういたしまして。さぁ、教室に戻りましょう。あら、スズちゃんに雅狼(がろう)先生、一体何か御用?」

 彼女に爛菊は笑顔を見せてから、ふと取り残していた千晶と鈴丸へと振り返った。

「いや……」

「別に……」

 二人は口元を引き攣らせながらボソリと零した。


 この夜、事の経緯を爛菊は改めて千晶と鈴丸に話して聞かせたのであった。



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