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其の佰肆拾参:真・大神乃帝

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


此花(このはな)(推定400歳以上)……元々は人間の頃、口減らしされた地縛霊だったが人間からの半ば都合の良い祭祀により、神格化された座敷童子。年齢を操ることができる。壱織への想いからようやく自由を得た。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。


鹿乃静香和泉(かのしずかいずみ)(推定1000歳以上)……妖怪、神鹿で人間からの深い信仰から神格化した千年妖怪。普段は神社の神主をしていて、最初の鈴丸の飼い主でもある。何かと千晶の協力をする。



 妖獣化した(つかさ)はもう以前の司ではない。

 完全に妖力が上回り、司の魂は喰われて失われてしまっている。

「行くぞ爛菊(らんぎく)。一緒にあいつを倒そう」

「はい! 千晶(ちあき)様」

 千晶の言葉に爛菊は力強く首肯すると、この金と銀の狼はお互いに向かい合った。

 爛菊の鎖骨に埋め込まれている黄金の宝珠が、意味深にキラリと光る。

 それを合図のように千晶は口を開いた。

「皇后が抱きし宝珠よ。我は大神乃帝の雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)である。帝に与えられし力を我に示せ!」

 すると宝珠は瞬いたかと思うと、激しく輝き始めた。

 千晶はその黄金の光に包まれる。

“黄金なる大御神よ。我ら一族を守り導くが良い”

 まるで何らかに憑依したように、爛菊が落ち着き払った声に厳格な口調で述べた。

「……何か朝霧(あさぎり)の様子が変わったな」

「あれは大神族の歴代后妃の魂による力だ。あの宝珠にこめられている、ね」

 二頭の狼の様子を見ていた壱織(いおり)が発した言葉に、和泉(いずみ)が静かに答える。

「あれが一族ごと神格化されたという、人狼の力か。神々しいのぅ」

 此花(このはな)も壱織の元に戻ってきたかと思うと、そう口にする。

 やがて徐々に光が治まってきたかと思うと、そこには風貌が変わった千晶の姿があった。

 目の縁には朱色のくまどり、胴体の左右にも波打ったような朱色の模様が浮かび上がっていた。

 鼻面から朱色の二本の線が額に向かって伸びており、額で半円を描いていた。

 その半円の中には、紫水晶とメノウの二つの勾玉が太極の形で埋め込まれており、頭上では丸い鏡が回転しながら浮遊し、千晶の口には剣が銜えられている。

「あれぞ大神乃帝の真の姿。皇后なくしては決して得られないものだ」

 和泉が柔和な口調で言った。

「神から(あやかし)に落ちぶれたとは、とても思えぬな」

 此花の発言に、壱織も首肯する。

「マジ、人間も酷い扱いをしたもんだぜ」

「それでも、我々妖の王だ」

 静かに和泉が口にした。

 一方、その様子に喘ぎ苦しみながら見ていた司――妖獣も、驚愕の目を向けていた。

「壱織、此花、今度は(なぎさ)殿の治癒を最優先に、みんなも回復させていけ」

「うむ」

「ああ、分かった」

 和泉からの指示に、此花と壱織は首肯し渚の方へと向かう。

 しかし妖獣は、少しでも体力を取り戻そうとほふく前進の動きで、倒れているみんなの方へと襲いかかった。

「ヤベェ! 今度はみんなを喰う気だあいつ!!」

 顔を青ざめながら叫ぶ壱織に、和泉が冷静に呟いた。

「フン。そうはいかん」

 そうして後ろ足で立ち上がり、持ち上げた両前足で力強く地面を踏み鳴らす。

 またもやその足元から水晶が生える。

 どうやら足の動きに合わせて、地面から水晶が生える仕組みになっているらしい。

 すると妖獣の全身を、何かが包んだ。

 オーロラだ。

 オーロラが発生し、妖獣を包み込んだのだ。

 まるでカーテンが舞い落ちるかのように。

 これに周囲を見回していた妖獣だったが、次第に呻き声を発し始めた。

「グゥゥゥゥゥゥゥァァァァァァアアアアーッ!!」

 両手で顔を覆い隠しながら、背中を丸めもがき始める。

 よくよく見ると、この黒き妖獣の表皮に水ぶくれが次々と出現していた。

 オーロラが発する電磁波によるものだ。

 若干血が雑ざり、まるでカエルの卵のようである。

「ガアアアアッ!!」

 やがて妖獣は顔から手を離すと、上半身を起こし天を仰いだ。

 全身に発生した水疱のせいで、見るも無残に醜い外見となっていた。

 そんな妖獣に向かって、一筋の黄金の光が飛来する。

 千晶だ。

「ウォン!!」

 千晶の一吠えに、妖獣は我に返るや彼に向かって鋭い爪を振り下ろした。

挿絵(By みてみん)

 しかし、ガキンと甲高い音が響き渡った。

 千晶の頭上で回転しながら浮遊していた鏡が、盾になったのだ。

 しかも変化自在らしく妖獣の手の大きさに合わせて、巨大化している。

 千晶は口に銜えている剣で、巨大な妖獣の体に斬り付ける。

 今の千晶の大きさは普通の狼と同じなので、妖獣への致命傷とはならないものの和泉がオーロラにて発生させた水疱が弾けて破れ、焼けるような痛みを与えた。

「もう後は、千晶達に任せておいても良いだろう」

 白鹿は言うとともに、淡い光となりユラリと揺れて、人の姿となった。

「さて、では私が渚殿の治癒をしよう。二人は他のみんなを頼むよ」

 和泉は余裕げに言うと、肩にかかった白い長髪を背後に払いながら倒れている渚へと歩み寄った。

 そして気を失っている渚の傍にしゃがみこむと、静かに言った。

「君は彼の双子の兄だから、必ずや助けの鍵となることだろうからね」

 そう……可能性は決してゼロではないのだから――。

 千晶は二度、三度と斬り付けてから、妖獣の真正面に着地する。

「グルルルルル……」

 呻る妖獣と千晶は互いに見つめあう。

 直後、妖獣が十本の尾を扇状に広げて、それぞれの尾の先端から黒い炎の玉を出現させて撃ち放つとともに、毛針も一緒に放出してきた。

 千晶は再び黒い炎に包まれる。

 やがて炎の勢いが治まると、そこには平然と立っている千晶の姿があった。

 その前には白銀の狼が立ちはだかっている。

 爛菊だ。

 彼女が結界を張って彼を守ったのだ。

 あからさまに不愉快げに牙をむく妖獣。

 五つの眼光を鋭く睨むと、片手を頭上から大きく振り上げて、叩き下ろしてきた。

 だがやはり、結局は巨大化した鏡の盾に塞がれる。

「グゥ……ッ! グアァッ! グアウッ! グォン!!」

 妖獣は半ば駄々っ子のように、鏡の盾へと何度も何度も両手を交互に叩き付ける。

 しかしそれでも、鏡はビクともしなかった。

 その間千晶は、再び口に銜えている剣で数度、妖獣の巨体を斬りつけていく。

 水疱が破け、膿と血が混ざって溢れ流れる。

 構わず千晶は更に、巨躯へと剣を振るう。

 妖獣はその傷の数だけ水疱を潰し、膿が溢れ血が流れる。

 次第にこの黒き妖獣の外見はドロドロに汚れていった。

 ある程度やりあってから再び千晶は、妖獣の正面へと着地した。

 見つめあう黄金の狼と黒き妖獣。

 お互い、肩で呼吸している。

 まるでそれぞれの相手を確認しあうかのようだった。

 本来のお互いの立場を思い起こすように。

 だが少しして気持ちを切り替えるように、妖獣は十本の尾を扇状に広げ、大きく口を開けた。

 口内に黒い火の玉が灯る。

 そして妖獣は一気に、毛針、五つの眼からの光線、そして口内で灯った黒い火の玉に呼気を混ぜると回転させてから、それぞれを同時に千晶へと放った。

 だが千晶は冷静にその場に立ち尽くしたまま、グッと妖獣を睨み上げると額にある朱色のくまどりで縁取られた、太極の勾玉から紫と群青が渦巻いた野太い光線を放ったのだ。

 思いがけない反撃に、一瞬妖獣の攻撃が緩む。

 それが失敗だった。

 千晶の額の勾玉が放った光線は、妖獣の黒い炎の渦を押し戻し、眼からの光線を跳ね返し、毛針を炭化しそしてやがては、ついに妖獣へと千晶の光線が直撃した。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオーン……!!」

 妖獣は絶叫とともにその場に倒れこむ。

 やはり大神乃帝の力は偉大だった。

 大地に突っ伏した妖獣は誰ともなくゆっくりと、震わせながら手を伸ばす。

 するとそこには、――渚が立っていた。

 水色の髪に蒼い瞳の人の姿で、優しく妖獣の巨大な人差し指を両手で包み込んでいる。

 和泉の素早い治癒能力のおかげで、渚はここに立つのに間に合った。

 他のみんな――鈴丸(すずまる)紅葉(もみじ)雷馳(らいち)朱夏(しゅか)らも少しだけ回復した体力で頭だけをもたげ、それらの様子を見守る。

「帰っておいで、“司”」

「グルルルルル……」

 優しい微笑を浮かべる渚に、呻り返すことしか出来ない妖獣。

「お前は僕にとっても、そして勿論この兄上にとっても本来であれば、とても大切な弟なのです」

「グウゥゥゥゥ……」

 妖獣は静かに呻ると、突如見る見るうちに小さくなり、みんなと同じ普通の大きさとなった。

 だがしかし、外見は相変わらずその姿のままだ。

 そして妖獣はおぼつかない言葉を発した。

「タ……すけ――テ……俺、は、モ……う……本当ノ自分でハ……な、クナる……だカラ――その前ニ……俺ヲ……」

「ええ、ええ。勿論ですとも司。あなたを助けますよ」

 渚の腕の中で黒き妖獣は、ドロドロの体で倒れている。

 千晶もゆっくりと妖獣の元へと歩み寄る。

「司……」

「兄……者……本当に……大好キ、ダッた……渚、モ……」

「司……」

 千晶と渚はそれぞれ妖獣の名を呼ぶ。

 だが、束の間だった。

 再び妖獣は言葉を失い、渚の腕の中でもがき始めた。

「司……もう、殺すしかないのか――」

「いいえ兄上」

 言いかける千晶の言葉を、渚が遮る。

「その必要はありませんよ。司は僕が兄としてこの手で封じる」

「……? それは一体どういう……」

「さようなら兄上。やっぱり僕は、司をたった一人にしておきたくはない」

「な……!?」

 渚の腕の中で黒き妖獣は暴れていたが、何せ体力も妖力も失ったそれを押さえ込むのには、問題なかった。

 渚はもがく黒き妖獣――司を抱きかかえたまま、声を大にして言った。

「絶対零度、発動!!」




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