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其の佰参拾柒:兄と弟

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


此花(このはな)(推定400歳以上)……元々は人間の頃、口減らしされた地縛霊だったが人間からの半ば都合の良い祭祀により、神格化された座敷童子。年齢を操ることができる。壱織への想いからようやく自由を得た。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。



 そこには、後ろ足は獣だが前足は人間の手の形をしており、尾の数はなんと十本も持つ四つんばいの姿勢をした十メートル程の全身漆黒の狼の姿だった。

 紅い双眸がギラギラと光り、まるで眼だけが闇の中の宙に浮いているかのようだ。

「十本の尾……ま、さか、(つかさ)、お前九尾の狐を……!?」

「クックック……察しが良いな(なぎさ)。あの女、なかなか美味だったぞ」

 黒い巨狼は、愉快げに喉を鳴らす。

(あやかし)喰い!? 不浄に堕ちたか司!!」

 千晶が驚愕の表情で声を荒げる。

「兄者が俺を責められるのか」

「何だと!?」

「俺の妖力を田舎娘に吸収させたのは兄者だ。俺はその分の妖力を取り戻したら、更なる最強をも手に入れてしまった。それだけのことだ」

「それだけのことだと……!? 妖力与奪と血肉を喰らうのとはまるで違う!!」

「お説教か? 俺を追放すると言う奴の言葉など不要だな」

「司! 貴様……!!」

「文句があるなら俺を倒してから吐きやがれ!!」

 司は千晶(ちあき)めがけて片手を振り下ろした。

 しかし同時に、千晶は自分に飛びついてきた何者かと共にその場から突き放された。

 相手は(おぼろ)だった。

「油断なされませぬよう、帝」

「あ、ああ……感謝する朧」

 倒れこんだままの千晶を、朧は無言で手を取り立たせる。

「煩わしいジジイ。またでしゃばるか」

「お主……それがしが与えた怪我を……」

「ああ、治癒したぜ。この姿に変化したついでに(・・・・)な」

 それは嘗ての陰陽師、藤原霞(ふじわらかすみ)の霊力によるものだった。

「ついでに言っておこうか。お前らが対峙したあの人の子の陰陽師の女も、高い霊力を持っていたから喰ってやった」

「何だと……!? あの娘はお前を崇拝する味方であったはずだろう!」

「だからだ。俺の力の一部にしてやったのさ」

「何て残酷なことを……!」

 思わず口を手で覆いながらそう口走ったのは、爛菊(らんぎく)だった。

「ク……ッ、安心しろ。てめぇは例えミンチにしても喰わねぇよ。そんな泥臭い肉なんぞこちらからお断りだからな」

「当然です! 同族の共食いは死刑ですからね」

 (なぎさ)が鋭い口調で答えた。

「もう俺は追放宣言を受けた身だ。この際同族もクソもねぇけどな」

 投げやりに言った巨狼姿の司に、更に渚が口を開く。

「追放されるのは司一人だけではありません!」

 これには司は当然ながらも、千晶と爛菊と朧も疑問の表情を浮かべる。

 渚はふと表情を緩めると、司の側へとゆっくりした足取りで歩み寄って言った。

「僕もお前と一緒に追放されましょう。だって僕とお前は、双子の兄弟なのだから」

 彼の言葉に一瞬、司は目を見開いた。

「そして二人でどこぞへと落ち延びて、静かに暮らしましょう」

 渚は言うと、フワリと微笑んだ。

挿絵(By みてみん)

「渚……」

 司はこれに息を呑んだが、束の間小さく息を吐いた。

「お断りだ」

「え?」

 司の発言に問い直した渚は、突然目にも止まらぬ早さで横へと吹き飛んでいた。

 司が渚に手を振り払ったのだ。

「渚!!」

「渚様!!」

 千晶と爛菊が声を上げ、遠い地面に倒れこんでいる彼の元へと駆け寄る。

 しかし渚は、強い衝撃を受けて気を失っていた。

「司、渚に何てことを!!」

「ふん。こいつが一緒に付いて来たんじゃ、好き放題できなくなる。それに――……」

 渚までを、自分のせいで犠牲にしたかねぇよ……。

 心の中でそっと呟くと、紅い双眸に鋭利な光を宿した。

「兄者は変わった」

 この司の一言に、千晶は静かに答える。

「いいや。お前が変わってしまったのさ。両親を失った頃からな」

「……そうか……」

 司はポツリと口にすると、気持ちを切り替えて叫んだ。

「続けるぞ! 帝の座の奪い合いを!!」

 そして司は、空に向かって遠吠えをした。

 それはどことなく、哀愁を感じさせたが千晶は彼の覚悟を受け止めるべく決意し、立ち上がった。

「行ってくる」

「千晶様……どうかお気をつけて」

 爛菊は千晶を見上げると、静かな口調で歩き出した彼を見送った。


「さて。あたしらは権力争いの見学でもするかね」

 ずっと離れた場所から様子を見ていた紅葉(もみじ)が、地面に腰を下ろして煙管を燻らせながらくつろぎ始めた。

「兄弟ケンカの始まりだね~」

 鈴丸(すずまる)も言いながら同じくその場に座り込む。

「じゃ、俺は帰る――」

「ここまで来たからには最後まで見届けるぞよ」

 踵を返す壱織(いおり)の手を、此花(このはな)が掴んで引き止める。

「お、恐ろしい姿じゃのぅ……! あの禍々しさ、見てるこっちまで鳥肌が立つぞい」

「まぁ雷馳(らいち)。私達はさっきまで数々の(あやかし)と戦っていたのよ」

 覚醒した影響で記憶がない雷馳に、朱夏(しゅか)がニッコリと微笑みながら言った。


 千晶は体を震わせると、再度五メートルの二足歩行型姿の人狼に変貌した。

 しかしそれでも、司の方が圧倒的に大きかった。

 千晶は力一杯飛び上がると、司の頬をこぶしで殴りつけた。

 司は殴られて顔が横を向いたが、そのままの状態でニッと笑った。

「……効かねぇなぁ」

 そうして司は、千晶を指で弾いた。

 その威力で千晶は吹き飛んだが、体勢を整えて地面に上手く着地する。

「指の力だけでこれほどとは……」

 刹那、千晶は驚愕する。

 が、すぐに冷静になると再び飛び上がり、今度は左右二発、司の頬を殴り更に顎へと膝蹴りをお見舞いした。

「ク……ッ!」

 これには司も僅かに呻き声を漏らす。

 司は地面に着地した千晶を睨み付けると、片手を振り上げた。

「これでも喰らえ!!」

 そしてその片手を地面に叩きつけた。

 すると千晶が立っている地面が波打ったかと思うと、地面が裂け大きく上下に揺れ始めた。

 千晶はバランスを崩し倒れこみ、裂けた地面の割れ目に落下してしまった。

 そんな彼を、まるで粘土のように裂けた地面が覆いこみ、少ししたドーム状になった。

「ふん。このまま一生封じ込めてやろうか」

 司は言うと、ペロリと舌なめずりする。

 しかし数秒もしないうちに、ドームは割れ中から千晶が飛び出してきた。

「この程度で俺はやられはしない」

「だろうな。さすが兄者」

 司は余裕の笑みを浮かべる。

 直後、千晶が口走る。

「風よ吠えろ!」

 すると風弾が司を叩きつけ、司は引っ繰り返って倒れた。

「チッ……ぬるいマネを」

 司は起き上がると、叫んだ。

「風よ吠えろ!」

 すると同じように千晶も風弾を受け、吹き飛んだ。

「ク……ッ! お前が操れるのは炎だけだったはず……」

「クク……ッ、あの陰陽師の娘を喰らって得た、風水とやらの力だ」

 司は愉快そうに口角を引き上げる。

 だが千晶は諦めずに次の攻撃を繰り出す。

「牙の風爆!」

 するとすぐに司も叫んだ。

「牙の風爆!!」

 これに互いが起こした風の力同士が二人の間でぶつかり、同時に爆発した。

「兄者の手の内は読める。風には風を、だ」

「何だ。モノマネで対応するのか」

「そうとも限らねぇ」

 千晶の皮肉を、司は軽くあしらう。

「じゃあ、肉弾戦だな」

 そう言ったかと思うと千晶の姿は、もうそこにはなかった。

 これに司は慌てて周囲を見回すが見当たらない。

「――ここだ」

 千晶の声が、四足で立っている司の真下から聞こえた。

 目にも止まらぬ速さで移動したのだ。

 司が急いで避けようとしたがもう遅かった。

 千晶からの力一杯なこぶしを真下から腹に受けた司は、宙高く吹き飛ぶ。

「ガ……ッ!!」

「俺の手の内が読めるだと? だが風を味方にした俺の速さまでは読めまい」

 そう言った千晶の声が、今度は頭上から聞こえた。

 すぐに、背中に強い衝撃を受けて物凄い速さで司は地面に落下した。

 その部分の地面がえぐれる。

「ぐ……っ、はっ!!」

 堪らず司は大きく口を開ける。

「おのれ……っ!!」

 司はうめくと共に片手を、宙から着地した千晶へと素早く向けた。

 直後、巨大な水の球体が現れ、千晶を飲み込んだ。

 千晶は水の中でもがくが、球体から脱出することができない。

 息が続かなくなり、ついには口を開く千晶。

 すると球体の中に何かが突っ込んできた。

 司の片手だ。

 司は千晶を鷲づかみにすると、水の球体から引っ張り出した。

 同時に、水の球体も壊れてなくなる。

「このまま絞め殺してやろうか」

「ガ……ッ、ハ……!!」

 先ほどまで水球の中で溺れかけた上に司から鷲づかみされて千晶は、必死に呼吸することしかできなかった。

「千晶様っ!!」

 突然声がしたかと思うと、鋭い何かが千晶を握り締めている司の手に何本も次々と突き刺さった。

「ぬぁっ!!」

 これに咄嗟に司は千晶から手を離してしまう。

 よく見ると、それは松の針葉だった。

 爛菊によるものだ。

「クソ田舎女、てめぇ……! 男同士兄弟の戦いに手を出してんじゃねぇ!!」

 司は忌々しげに牙をむく。

 だが司は、突如フワリと横へと巨体が浮き上がる。

 すぐに体勢を立て直した千晶が、司の尻尾を掴んで振り回し始めたのだ。

 十回ほど回転させてから千晶は手を離す。

 司は勢い良く飛んでゆき、横向きに倒れこむ姿勢で地面に落下するとしばらく滑走して、止まった。

「う、ぐぅ……っ!」

 よろめきながら頭を上げる司。

 しかし、その目の前には青白い顔をして怯えた様子の爛菊が佇んでいた。

 おまけに周囲にも鈴丸達が驚愕しながら司の直撃を避けた様子だった。

「ちょっとアキ! どこに向かって投げてんのさ!!」

 鈴丸がプリプリと怒りを露にする。

 千晶が投げた方向が悪かったのだ。

 十回も回ればその当人も、方向感覚が分からなくなったようだった。

「しまった……! みんな、いや、爛菊逃げろ!!」

 千晶に言われるがまま、皆と爛菊はその場から逃げようと踵を返す。

 だが巨大な姿をしている司の間合いは相応に長い。

「ククク……ッ、もう手遅れだ」

 司は横向きの体勢のまま上半身を起こすと、まだ自分の腕の間合い内から必死で逃げている爛菊に向かって、鋭い爪を振り下ろした。

「もう一度死ねクソ田舎娘!!」



狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(推定338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいたが司により死亡。朧とは嘗ての親友だった。

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