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其の佰参拾陸:怒りの変貌

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


此花(このはな)(推定400歳以上)……元々は人間の頃、口減らしされた地縛霊だったが人間からの半ば都合の良い祭祀により、神格化された座敷童子。年齢を操ることができる。壱織への想いからようやく自由を得た。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(推定338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいた。



「確かに(おぼろ)の言うとおりだ。こっちは払った犠牲があまりにも多い。殺生はしなくとも、相応の覚悟はしてもらう」

 千晶(ちあき)の言葉に、白露(はくろ)はおとなしく首肯した。

「はい。大神乃帝様……」

 答えると白露は、地面に跪いた。

 そんな彼へ、朧がそっと口を開く。

「お主は日本狼が絶滅したせいで我々人狼族の妖力も弱まったと言ったが実は違う。人間達が根絶やしにしようとしていた狼達は全て、ここ大神国に救出したからいなくなったと思われているだけだ」

「なるほど……それじゃあこちらがいくら頑張っても勝てんわけだ。――朧。仮に死刑となるのであらば、お前に殺されるなら本望だ」

 白露が人狼及び大神族に犯した罪は大きい。

 先代の大神乃帝と皇后、そしてその種族達を祟り殺し、犬神信仰者の死人を利用して祟り場を発生させ大神国を一時期汚染し、次期皇后である爛菊(らんぎく)を利用し、ここに至るまでに爛菊の父親である十六夜(いざよい)を含めた人狼族を喰い荒らした。

「さて、一体どんな罰を与えたら良いものか」

 すっかり全員の治療を終えた、まるで無関係の壱織(いおり)がふむと腕を組んだ。

 雷馳(らいち)も雷獣から人の姿へと戻っていた。

 するとポツリと此花(このはな)が呟いた。

「全ては人が生み出した業……」

 そしてトコトコと白露の元へと歩み寄ると、ポンと肩に手を置いた。

「あ」

 身に覚えのある千晶と壱織と爛菊が咄嗟に声を漏らす。

 直後、白露を中心にシュリンと風が渦巻いたかと思うと、そこには小さな仔犬が姿を現した。

「アン、アン、アーン!!」

 仔犬は元気良く吠えると、その場をピョンピョン跳ねた。

「白、露……」

 その懐かしき記憶と重ねた朧が、彼の名を感慨深げに呟いた。

「妖力は失くしておる。最早今のこやつはただの、野犬の仔じゃ」

 年齢を操り妖力の有無をも操る能力を持つ此花は言うと、朧へとニッコリ笑って見せた。

「生まれ変わりとは少し違うけど……」

「新たに人生をやり直せるねぇ」

 巨猫から人の姿へと戻った鈴丸(すずまる)の後に、紅葉(もみじ)も言いながら煙管をふかした。

 千晶と(なぎさ)も回復した体で人の姿に戻る。

「お主との記憶は残しておるぞえ」

 此花の言葉に、朧ははしゃぎ回っている仔犬の白露へと、しゃがみこんで手を差し伸べた。

 それに気付いた仔犬の白露は、嬉しそうに朧の手の中へと駆け出した。

 瞬間。

「ふざけるな」

 その声と共に突然朧の目の前に、巨大な黒い足が踏み下ろされていた。

「――!?」

 一瞬理解に苦しむ朧と、その場にいた全員。

 そこには、まだ人の姿に戻っていない黒毛巨大二足歩行型人狼姿の(つかさ)が立っていた。

挿絵(By みてみん)

 そうして持ち上げた足の下には、原形も留めていない潰れた血肉が広がっていた。

「何お友達ごっこをしていやがるクソジジイ。そんなもんに付き合うほどこちとら寛容じゃあねぇよ」

「き……貴様……爛菊様の時と言い今の白露の事と言い、一度ならずも二度までも!」

 朧は珍しく憤怒の形相を浮かべると、人の姿のまま司の巨体を足払いして地面に倒してしまった。

「巨大二足歩行姿にならずして、ああも簡単に巨大姿の司に足払いして倒してしまうなんて……!」

 渚が朧の底知れない強さに驚愕する。

 地面に仰向けで倒れた司は、怒りを覚えて起き上がろうとしたが直後、持ち上げていた頭は再度地面に叩き付けられていた。

「な、に……!?」

 一瞬状況が飲み込めずにいた司の額の上には、朧が立っていた。

 そして軽く飛び上がると朧は、今度は司の両頬を足蹴した。

「グ……ッ!!」

 司は呻いたかと思うと、口の中からペッと何かを吐き出した。

 奥歯が折れたらしい。

 大きさも姿も違うのに朧のその圧倒的な強さを初めて見せられて、千晶も渚も愕然としていた。

 次に朧はそのままバック転したかと思うと、司のみぞおちに飛び降りた。

 瞬間、司は“く”の字になり地面に体がめりこんだ。

「カ……ッ!!」

 たまらず司は喀血する。

「ふーむ、あやつをも回復させたのは間違いであったか」

 此花が司を眺めながら言った。

 しかしそれでも司は、自分より小さく人の姿をしたままの朧にこてんぱんにされていた。

「このクソジジイーッ!!」

 ようやく立ち上がった司は両手を振り回すが、朧は素早く避けていく。

 そしてその度に、司は朧から一撃一撃と攻撃を受けていた。

 巨大二足歩行型人狼姿の司の回りを飛び交う朧はまるでノミのようだったが、ついに司が肩で息を切らしながら片足を突いた。

 だが無言のままの朧は、容赦なかった。

 殺しはしない程度ではあったが、司の腹に蹴りを入れた。

 その衝撃で司は後方へと吹き飛んだのを、それを上回る速さで朧は司の背後に回りこみ、背中を蹴り払った。

 これに司はもんどりうって倒れる。

 朧の最強さに、皆は呆然となっていたが、そろりと口を開いたのは鈴丸だった。

「アキ、渚さん、今まであんな凄い人を大臣にしてたの、知ってた?」

「いや……」

「知りませんでした……」

 千晶と渚もそろりと答えた。

「家臣はもっぱら主よりも強いもんさ。でなきゃ守るものも守れない」

 紅葉が煙管を燻らせながら悠然と言った。

「確かに……」

「それは……」

「そうなんだけど……」

 今度は雷馳、朱夏、爛菊の順で口にする。

「やっぱケダモノは敵に回したくねぇもんだ」

 壱織の言葉に爛菊がキッと睨む。

「いやいや、俺、治癒してやったろう!」

 彼女の視線に壱織は慌てた。

「ぬぅ……っ!!」

 司はよろめきながら立ち上がると、いつの間にか目前に迫ってきていた朧に気付いて、慌てて両手を交えて防御する。

 その腕に朧は足踏みするように何度も蹴りを叩き込む。

 その力に押されて司は後方へと下がり、踏ん張っていた足が地面を削っていく。

「敵だった犬神の皇の為にてめぇがこれだけ感情的になって、王弟である俺に攻撃してただで済むと思ってんのかクソジジイ!!」

「白露は罪を償う意向を受け入れた。それをあんな無残に殺す道理はなかった。やはり貴様は王弟などではない。罪人だ」

 司の言葉に抑揚のない口調で答えると跳ね上がり、右手を手刀に構えて袈裟懸けに振り下ろした。

 司の両腕が深く裂ける。

「ぐあ……っ!!」

 咄嗟に司は両腕の防御を解く。

 その間に朧は飛び込み司の鼻面に着地すると、その額に向かって思い切り頭突きをした。

「――っっ!!」

 これに声すら出せずに司は一瞬白目をむくと、グラリと揺れて地面へとドサンと大の字に倒れてしまった。

 そのまま朧は、今度は千晶の前へと着地すると、賺さず片膝を突いて(こうべ)を垂れた。

「個人的な立腹にてこのような行動に出てしまい、誠に申し訳ございません」

「いや、いい。気にするな。犬神の皇の件、あれは確かに司が悪い」

 千晶は答えると、未だ巨大二足歩行型人狼姿を保ったまま倒れている、司の顔の方へと歩を進めた。

「あ……兄者……あのジジイ、王弟である俺に攻撃しやがった……死刑にしてくれ」

「それは無理だ。お前のやり方に問題があった。俺は朧に同意する」

「どうしてだ兄者……あの田舎娘まで復活させたりあのジジイのやり方を認めたり、どうして兄者は俺の言うことを聞いてくれない? 俺はこんなにも兄者を愛しているからこそ取った行動なのに」

「それは二百年前に爛菊を殺したことか。だとしたらお前を今後も受け入れられない。お前はもう王弟ではない。大神国から追放する。お前が俺に対して向ける兄弟としての愛情は自分本位で、屈曲している」

「そんな! 兄者!」

 司が肩肘を突いて半身を斜に起こす。

 すると千晶の斜め後ろに朧が控えていることに気付く。

 これに司は片方の口角を引き上げて言った。

「お前がどれだけ俺を憎んでも、もう仲良しごっこをした犬神も戻らなければ、あの女(・・・)もお前の物にはならない」

「――……いい加減、黙れ」

 朧は答えるなり、司の横腹にこぶしを叩き込んだ。

「ガッ!!」

 受けた衝撃で司は身を縮める。

 与えられた痛みに束の間呼吸ができなくなり、それを求めて喘ぎ苦しむと必死に空気を取り込んだ。

 そして再度地面に倒れこむと、しばらく静かになったが少しずつ司の肩が揺れ始めた。

 それが笑っていることにようやくその場にいる皆が気付く。

「クックックック……俺の兄者への愛情が屈曲しているだと……? 大神国から俺を追放するだと……? 俺の気持ちも知らないで……クックック……もう、いい……これ以上兄者を支えるのが無理ならば……俺の忠告も聞けない兄者を帝とは認められない……」

 そして司は弾みをつけて跳ね起きると、四つんばいの姿勢になった。

「残念だよ兄者。帝には相応しくないのなら兄者、あんたを倒して俺が大神国の帝となる!」

「何……!?」

「司! 何バカなことを言っているのです! 落ち着きなさい!」

 司の言葉に、千晶は眉宇を寄せて、渚は双子の弟を叱責した。

「黙れ渚。お前も俺の追放を受け入れているんだろう!?」

「それは仕方のないことで――」

「仕方がないだと!? 俺と双子でありながらよくもそんな判断ができたな。お前ももう兄者同様、俺の兄弟ではない!!」

「司、お前では兄上を倒す力はありませんよ」

「ククク……それはどうかな」

 そう述べた司の声が野太いものになっているのに気付く。

「司……?」

 渚が怪訝な表情を浮かべる。

 すると四つんばいになった彼の巨体から骨と筋肉が軋む音が響き始め、司の巨大二足歩行型人狼姿だったものから更に何らかの形に変貌を始めていた。

「帝、離れてください」

 朧が呆然としている千晶の肩をつかんで後ろへと下がらせる。

「どういうことだ……? 我ら人狼は、これ以上の変貌などできないはず……」

 千晶はぼやくように言った。

「むぅ……、物凄い邪気じゃぞ」

 此花が口にする。

「確かに。これはヤバイぞ。みんなもっと遠くに離れろ!」

 壱織が声を上げる。

 これにみんなは従う。

「ォォォォォォオオオオオーッ!!」

 呻き声と共に、司は仕上げの変貌を遂げた。

「こ、これ、は……」

 千晶と一緒に、朧も目を見張った。



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