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其の佰参拾肆:無垢なる過去

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


此花(このはな)(推定400歳以上)……元々は人間の頃、口減らしされた地縛霊だったが人間からの半ば都合の良い祭祀により、神格化された座敷童子。年齢を操ることができる。壱織への想いからようやく自由を得た。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(推定338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいた。



 黒毛で二足歩行型人狼姿の(つかさ)は、金毛二足歩行型人狼姿の千晶(ちあき)へとその鋭く黒い爪を振り下ろした。

 これに千晶は素早く避ける。

「司、お前……っ!!」

「違う兄者! これは俺の意志じゃあない!!」

 珍しくうろたえる司に、今度は千晶が横へと爪を司に振り払った。

「兄者! やめてくれ! 俺は兄者を殺したくはない!!」

「ク……ッ! 手が勝手に……!!」

 すると今度は司の膝蹴りが千晶の腹部にめり込んだ。

「グハゥッ!!」

「すまん兄者!!」

 だが次は千晶の横蹴りが司の腹部に炸裂し、司は後方へと吹っ飛ぶとそのまま仰向けに倒れこんだところを、千晶が馬乗りになってこぶしを振り上げていた。

「兄者!!」

「避けろ司! これも俺の意志ではない!!」

 千晶の素早い言葉に、司は顔を横へと避けると、元々顔があった位置に千晶のこぶしが地面にめり込んでいた。

 その余りもの勢いで司の頬が浅く裂け、血がにじみ出る。

「クックック……良いぞあやとり。面白い組み合わせだ」

 この様子に白茶色の巨大二足歩行型の犬姿である白露(はくろ)が愉快そうに口にする。

「司! 兄上! どうか冷静に――!?」

 二人に声をかけていた(なぎさ)は、背中に鋭い痛みを覚えて振り返る。

鈴丸(すずまる)さん!?」

「ごめーん渚さん! 体が勝手に動いて……!」

 三メートルほどの巨猫姿の鈴丸は謝罪を口にしながらも、全身の毛を逆立てている。

 一方で空では、空中戦が勃発していた。

 四メートルほどの大きさをした雷獣姿の雷馳(らいち)が、姑獲鳥の母親である朱夏(しゅか)に攻撃をしていた。

「やめて……! こんなこと、したくはないのに!」

 朱夏は背中から翼を出して雷馳の攻撃をかわしながらも、両手から雷馳へと石つぶてを放っていた。

(ラン)ちゃん逃げなー!!」

 その声の方を見た爛菊(らんぎく)へと、紅葉(もみじ)――もしくは呉葉(くれは)――が煙管を構えて襲いかかって来るところだった。

「そんな! 呉葉ウソでしょう!?」

 これに人の姿に戻っていた爛菊は青ざめると、慌てて紅葉から逃げ始める。

 祟り場内が大混乱の中、白露だけが良い余興とばかり愉しんでいた。

「ハーッハッハッハ!! こんなにも面白い戦いは初めてだ」

 あやとりは相変わらず無表情のまま、手元だけが忙しそうにヒモをいろんな形に動かしている。

 千晶と司は取っ組み合っている。

 鈴丸と渚は攻防戦を繰り広げている。

 雷馳と朱夏は互いの攻撃を避けながら飛び回っている。

 爛菊と紅葉は追いかけっこをしている。


「あやとり、か……」

「何だ。知り合いか?」

 犬神城の屋根の上で見物していた此花(このはな)壱織(いおり)だったが、彼女の呟きに壱織が訊ねる。

「いや、知り合いではないがの。あやとりは座敷童子の亜種みたいなものなのじゃ」

「あー、それっぽいな」

 此花の言葉に壱織は他人事のようにあっけらかんと納得する。

「けどよ。それを言ったら犬も狼の亜種だよなぁ」

「皮肉な戦いじゃの」

 壱織と此花はそれぞれ言うと、一緒に頷きあった。


 祟り場内では混乱中ではあったが一人、何事もないように様子をうかがっている者がいた。

 だが誰もその存在には気付かない。

 もっとも、戦闘中である皆はそれどころではないのだが。

 唯一その者だけは、あやとりから操られることがなかった。

 正確にはあやとりが操ろうにも操れないのだ。

 なのであやとりは、その者の動きを警戒と疑念の目で意識しながらも、懸命にほかの八人を操っているのだが。

 やがてその者は嘆息を吐くと、静かに口を開いた。

「気は済んだか白露」

「……?」

 この言葉を発した者へと白露は怪訝そうに視線を向ける。

 次の瞬間。

 ――プツン!!

 あやとりの手元にあった糸が突然切れた。

 これには無表情であったあやとりが驚愕の表情を浮かべた時には、黒い靄となって霧散していた。

 あやとりは糸を切られると消滅するのだ。

「貴様……!? どうしてあやとりに操られなかった!?」

 白露がその者に問うたが、その者は無言のみを返した。

 その者があやとりの糸を切断したのだ。

 それまで仲間同士、戦いあっていた皆の動きが止まる。

 操られていることに抵抗しながらの戦いだったので、皆全身で息を切らしていた。

 やがて落ち着いた千晶が、その者へと声をかける。

「よくやった(おぼろ)

 その者――朧は千晶の言葉に頭を下げる。

「はっ」

 これに白露が顔を顰めた。

「お……ぼ、ろ……? おぼろだと……? どこかで聞いたことのある名だ……」

 しかしこれに朧は素知らぬ様子で答えることなく無言のままだ。

「はて……どこで……いつだったか……」

 その間、すっかり九体の下賤妖怪を倒したおかげで祟り場が消滅する。

「あーこの開放感! 空気が美味しいねぇ!」

「でも周囲には人間の死体がたくさんあるけれどね」

 両手を広げて深呼吸する紅葉に、爛菊がそう言い返す。

 犬神に操られて出現した犬神信仰者の死人を、壱織が浄化してただの死体に戻したものだ。

「哀れだから火葬してあげよう」

 そう言うと鈴丸は全ての死体に猫又の火を放った。

 死体はあっと言う間に骨も残さず燃え尽きた。

 いざ、ついに犬神の皇である白露との対峙だったが、皆それぞれ九体の下賤妖怪から受けたダメージがある。

 しかしここで、白露が戸惑いながら口走った。

「朧……思い出した。お前はあの時の……幼き頃に出会った朧か!?」

 そう言った白露は巨大二足歩行型の犬の姿を解き、人の姿へとなる。

 これにゆっくりと朧は彼へと振り返り、抑揚のない口調で短く答えた。

「――……ああ」

挿絵(By みてみん)


「おや。思い出話でも始まったようじゃのぅ」

「よし。それじゃあ今のうちに連中の回復に行くぞ!」

 言うと壱織は此花を抱き上げてから、背中の翼を大きく羽ばたかせて皆の元へと向かった。




 大きな屋敷にある庭の縁側にて。

「狼の仔を捕らえただと!?」

「へい。仕掛けたウサギの罠にかかっておりやして……」

 雇われの農民の足元には、縄につながれた灰色の仔狼がもがいていた。

「狼は元来、大いなる神と呼ばれる。この仔狼を我々の神として飼育して、悪いことはあるまい」

 そう言いながら恰幅な体にちょんまげ姿の男は、仔狼に手を伸ばしたが。

「ガウッ! グルルルル……!!」

「ほほぅ。こやつ、まだチビの分際でもう一丁前に牙を向けよる。良い良い。つないでおけ」

 男は声高らかに笑いながら、部屋の奥へと入って行った。

 男の言葉に従い、農民の男は抵抗する仔狼をひきずりながら、庭の隅へと連れて行った。

 ここは、とある庄屋。

 後の嶺照院(れいしょういん)の祖先である。

 そこで仔狼は囚われ、縄につながれる身となった。

 食べ物や水は与えられるものの、自由を失った仔狼は毎夜、月を見上げては儚げに遠吠えを繰り返した。

「ハッハッハ! あのチビ、今度は一丁前に遠吠えをしおる」

 嶺照院の旦那は、それもまた良しとして笑い飛ばした。

 

 そうして幾日かが過ぎたある日の夜。

 月に向かって遠吠えをする仔狼に、声をかける獣が現れた。

「お前か。いつもうるさく遠吠えしている奴は」

 これにハタと遠吠えをやめて仔狼はその獣を見つめた。

「……お前は?」

 仔狼はしばらく間を置いてから、訊ねた。

 これに獣は胸を張って答える。

「僕か? 僕は野犬の仔だよ」

「野犬……犬……」

 仔狼は白茶色の仔犬をまじまじと見つめた。

「お前、囚われているのか」

「見てのとおり」

 野犬の仔犬と仔狼は言葉を交わした。

「親はこの事を知っているのか?」

「親は人間に殺された」

「奇遇だな。僕の親もだ」

「お前も……?」

「ああ!」

 仔犬は首肯すると、ニッと笑った。

「なのになぜ、お前はそんなに明るいんだ」

 仔狼の問いかけに、仔犬はしばらく考えてから言った。

「分からない」

 ケロッとした様子に、仔狼は嘆息を吐いた。

「きっとそれは、お前が俺と違って自由だからだろうな」

「じゃあ僕が、お前を解放してやるよ」

「え? 一体どうやって……」

「僕がお前の首元の縄を引っ張るから、緩んだところで頭を引っこ抜きな」

「できるのか」

「いいから!」

「あ、ああ……」

 こうして仔狼の首元の縄を仔犬が噛んで引っ張った。

 すると思いかけずに縄は本当に緩んだ。

 仔狼は必死になって頭を引っこ抜いた。

「ほら、できた」

 思いがけない自由に、仔狼は喜びに打ち震える。

「感動している場合じゃない。早くこんなところから逃げよう!」

「ああ!」

 走り出した仔犬の後を追いかけるように、仔狼もその場から走り出した。

 再び走れる喜びに、仔狼の足取りはとても軽かった。

「お前、名はあるのか?」

 走りながら仔犬に問われ、仔狼は答えた。

「朧。親から名付けられた」

「そっか! 僕は白露。親からもらったんだ。何でも産まれたばかりの時は僕、白かったらしい」

「ふぅん……」

「よろしくな! 朧!」

「あ、ああ……白露」


 こうして親がいない者同士、仔犬と仔狼は兄弟のように仲良く野山で一緒に生活を始めた。

 初めのうちは野ネズミやウサギが獲物だった。

 一緒に狩りをし、鹿を狩れるようになった頃には、朧も白露も立派に成長していた。

 朧は寡黙でおとなしい性格だったが、白露は元気で明るい性格だった。

 月への遠吠えに白露も付き合ったが、やはり犬だけに狼である朧と比べると拙いものだった。

 探究心も強い白露はよく、一匹のみでどこかへ行ってはふらりと朧の元へと帰ってくることもしばしばだった。

 なのである日、朧が眠りから覚めると白露がいなかったのでいつものことだと、朧は白露の帰りを待った。

 白露が戻ったら一緒に狩りにでかけよう。

 そう思っていた。

 しかし一日待っても、二日待っても白露は朧の元には戻ってこなかった。

 さすがに朧も疑問を抱き始めた。

 こんなに長時間、白露が戻らないことはなかった。

 念の為、もう一日待ってみたがやはり白露は戻らなかった。

 遠吠えで呼んでみても、あの拙い遠吠えが返ってくることはなかった。

 朧はその場から離れ、白露を探し始めた。

 見覚えのある野山へも行ったがどこにもいなかった。

 いろんな野山を渡り歩き、そうして約三週間ほどが経過した頃。

 突如はっきりとした白露の匂いを感じ取った朧は、その匂いをたどったところ人里へと下りてきた。

「ヒィ! 狼だ!!」

「キャア! 狼よ!!」

 立派に成長した朧はもう人間を恐れることはなく、逆に人間が朧の姿を恐れた。

 気にせず朧は白露の匂いをたどった先にあったのは。

「こ、こは……嶺照院邸……!」

 かつて仔狼の頃、朧が囚われていた庄屋だった。



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