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其の佰参拾参:思いもよらぬ方向



「ク……ッ、小癪な! なめた真似を!!」

 白露(はくろ)は不愉快さを露わにしながら、空気中にまだ漂っている疫病が発した靄を手で振り払う。

「だがまだ、残っている」

 白露の言葉に千晶(ちあき)は背後を振り返ると、そこでは牛鬼と(つかさ)が戦闘中だった。

 黒毛の二足歩行型人狼姿の司は、牛鬼の二本の角を両手で掴み胸部を膝蹴りしているところだ。

 牛鬼の頭は鬼ではあったが、司の蹴りに牛同様の悲鳴を上げる。

挿絵(By みてみん)

「牛……あの頭じゃなければ美味そうなんだがな」

 つい千晶はこの戦いの場では非常識な発言を口にするが、呟き程度だったので側にいた白露にしか聞こえなかった。

 が、これに白露もつい答える。

「確かに……」

 この思いがけない会話で咄嗟に千晶と白露は顔を合わせて見つめ合う。

「……」

 暫しの無言。

 先に口を開いたのは千晶だった。

「貴様と同感とは心外だ」

「それは我もだ」

 白露も言い返すとツンと互いにそっぽ向く。

 牛鬼は頭を大きく振り、角を掴んでいた司の両手を払いのけると、後ろ足で立ち上がり前足の蹄で司を蹴り返した。

「モ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーッ!!」

「――ッ! チ……ッ!」

 司は腕で防御しながら痛みに耐えつつも冷静に牛鬼の姿勢を観察すると、片足の軸をジリと横向きにずらして、もう片足をクンと持ち上げた。

「腹ががら空きだクソ牛!」

 司は牛鬼の腹に力一杯蹴りを入れた。

 牛鬼は千晶の方へと吹っ飛ぶ。

「おっと」

 これに千晶は横へと少しだけ移動して避けたが、その後ろで悠然と胡座を掻いて座っていた白露へとぶつかっていった。

 白露の胸部に牛鬼はぶち当たり、その衝撃で思わず白露の上半身がよろめく。

 牛鬼は白露の胡座の上へと落下する。

「ク……ッ! この下賤妖怪が! さっさと奴を片付けろ!」

 白露は苛立ちを露わに膝の上の牛鬼を乱暴に払いのけた。

「クックッ……そんな所で余裕げに傍観などしているからだ」

 司が愉快そうに肩を揺らす。

 だがその隙を見るかのように、突如牛鬼は司へと頭を低くして突進してきた。

 気付いた時には既に遅く、司は宙高く舞っていた。

「ガ……ッ!」

 受けた衝撃で司は空中で喀血する。

「本当に、油断は禁物だな」

 この様子に白露も愉快げに笑った。

 しかし司は宙で身を捻る。

「クッ……!」

 地面に落下した司だったが、両手両足の四つん這いの姿勢で勢い良く着地する。

 だがふと顔を上げた時には目前に牛鬼が迫っていた。

「ンモオオォォォー!!」

 叫ぶや否や、牛鬼は司の左肩に噛み付いていた。

「!! グ……ウゥゥゥッ!?」

 司は顔を痛みで顰めながら、牛鬼の両肩に両手を当てて押し退けようとしたが同時に、牛鬼は司の肩の肉を喰いちぎった。

「ぬぁっ!!」

 その勢いで両者はその場から後ろへと離れる。

 司の左肩からはドプドプと真っ赤な鮮血がとめどなく溢れ流れ出た。

「クッソ……!」

 司は小さく呻きながらその傷口に片手を当てる。

 一方で、牛鬼は口の中にある司の肉片を咀嚼(そしゃく)していた。

 ふと、高らかな笑い声が響いた。

「ハーッハッハッハッハ!! まさか貴様が己の血で濡れる姿を拝めるとはなぁ! 司様(・・)?」

 白露だった。

 二百年前、大神国を乗っ取る最初の段階の為に、司を騙し丸め込んで爛菊(らんぎく)を殺害させた相手を意図なく笑い飛ばす。

「てめぇ……」

 司は全身漆黒の風貌に真紅の双眸で憎々しげに白露を睥睨する。

「おっと。そんな恐ろしいお目々で睨まないで頂きたい、司様。――クッ! クハハハハハ!!」

 すっかり白露は自分の発言にまで可笑しそうに、身を仰け反らせて哄笑する。

 だがそんな白露をいつまでも睨んでいる場合ではなさそうだった。

 司の肉片を喰った牛鬼の筋肉が、一回り太く盛り上がったからだ。

「牛鬼の奴……司の肉で妖力を上げたか」

 千晶が険しい表情で口にする。

 牛鬼は鼻息を荒くすると片方の前足で数回、地面を削るや再度司へと突進し始めた。

「司が……!」

 (なぎさ)が心配の声を上げる。

 司は肩の肉を喰われた左腕を、力なくダラリと垂れ下げている。

 傷口に当てている右手は血で真っ赤だ。

 先程突進された衝撃で喀血した口端からも、血の線ができている。

 おそらく肋骨も何本かダメージを負っているだろう。

 呼吸も荒く、肩で息をしている。

 一見すると満身創痍だ。

 つまり牛鬼にとっては絶好のチャンス。

 そのはずだった。

 しかし牛鬼は突然視界を奪われた。

「モォウ!?」

 牛鬼は理解できずに速度を緩める。

 牛鬼の目の周りが赤色に汚れていた。

 咄嗟に司が動く右手を大きく横に振るって、手に滴っている血を牛鬼の両目にかけたのだ。

 寸前の所、牛鬼は司の目と鼻の先で止まった。

「……この俺の肉はさぞかし旨かったことだろう」

 司は落ち着き払った口調で言いながらゆっくりと片方の口角を引き上げる。

 彼の声で距離感をつかんだ牛鬼は、前足を持ち上げて立ち上がった。――が。

「貴様如き雑魚が口にするにゃあ持ち合わせが足りねぇんだよ!」

 司は怒気を露わにすると肩を喰われたはずの左手も一緒に、火炎を纏わせた両手を牛鬼の胴体へと交差と十字に振り払った。

「――っっ!!!!」

 声すら発することなく牛鬼は暫く立ったまま動きを止めていたが、やがてバラバラと全身が細かく刻まれ崩れ落ちた。

「本来なら命を持ってしても足りやしねぇ」

 瞬時に牛鬼を細切れにした司に、思わず白露は絶句し息を呑んだ。

 怒りを覚えた司の強大さに、恐怖に似た感覚を思い知らされた気がした。

 だが白露は頭を振って自己否定する。

 弱気になってはいけないと。

 司の足元では細切れになった牛鬼の肉片が火に燃えている。

 一仕事終えたとばかりに足を動かし向きを変えた司は、ふと何かに気付く。

「クソジジイと田舎娘か。さっきまでいなかったくせにいつの間に」

「……」

 (おぼろ)は無言で司を一瞥するに留まる。

 爛菊は恐怖心から千晶の腕にしがみつく。

「爛菊。大丈夫だ。俺が側にいるから安心しろ」

 千晶は彼女の手の上に自分の手を重ねる。

「相変わらず余裕だな」

 白露の声に、祟り場の中にいる皆がハと顔を上げる。

「全ての下賤が片付いたとでも思うてか」

 この言葉に皆はそれぞれ周囲を見回すと、祟り場結界の端っこで前髪をちょんまげ結したおかっぱ頭で着物姿の小さな女の子がポツンと立っていた。

「何だこのガキ」

「存在感があまりにもないから気付かなかったよ」

 投げやりな言い方の司に、紅葉(もみじ)も自分の感想を口にする。

 その女児には全く表情がない。

 言葉すら発しない。

「何なのこの子……?」

「一見、座敷童子にも見えますが……」

 今度は朱夏(しゅか)と渚がそれぞれ口にする。

「って、あれ? 朱夏さん、さっきまで雷馳(らいち)の腕の中で意識を失ってたんじゃ……」

 鈴丸(すずまる)が、背後に雷獣姿の雷馳を従えて立っている朱夏に、二度見する。

「牛の悲鳴とか高飛車な笑い声で、目が覚めちゃった」

 つまり牛鬼と白露のことだ。

「とりあえずこの最後の九体目を倒しゃいいんだろう」

 そう言いながら司は、女児へと躊躇いなく鋭く黒い爪を振り下ろす。

 が、ピンと軽やかな音とともに司の動きが停止した。

「?」

「??」

「???」

 この彼の様子に、皆が不思議そうな表情で見つめる。

「クソ……ッ、どうなってやがる……っ!」

 司の呻き声に、今度は皆戸惑いを見せる。

 司くらいしか、これだけおとなしい女児へと攻撃できる者がいなかった。

 正体が分からない以上、攻撃をしづらい。

 だがここで、今度は紅葉が動いた。

「悪いねお嬢ちゃん。少しの間だけ眠っていておくれ」

 彼女は言うなり手に持つ煙管の先端を、女児の腹部めがけて突き出した。

 しかしやはり、ここでも寸前の所で紅葉の体が固まる。

 それに当の本人である紅葉がニィッと口端を持ち上げた。

「どうやら間違いないようだねぇ……こいつは“あやとり”だよ」

「何!?」

 紅葉の言葉に、千晶が敏感な反応を見せた。

「あや、とり……?」

 爛菊が小首を傾げる。

「手元を見ろ」

 彼に言われて皆一斉に女児の手元を見ると、輪っかにされた一本の細い糸が女児の両手で複雑に絡み合っていた。

「あれで、他人等を操ることができる」

 千晶の発言に皆がどよめいた。

 一人だけならまだしも、複数を一気に操れる妖怪は知られていない。

「しかし、そんな妖怪聞いたこともありません」

「でもこうして、目の前にいるからねぇ」

 渚と鈴丸が口にする。

 が、突如危険を感じて鈴丸が大きく横っ飛びする。

 途端、鈴丸がいた場所に朱夏が、大きな岩を振り下ろしていて、岩が地面にめり込んでいた。

「しゅ……っ、朱夏さん、一体何を……!」

 顔を青くする鈴丸に、攻撃した方の朱夏も顔を青ざめている。

「か……っ、体が勝手に……! ごめんなさい!!」

 こ、これはヤバいパターンだ……!!

 内心皆が思うと同時に、もう既に皆それぞれがそれぞれに味方同士、戦いを開始していた。

 あやとりの手の中では忙しなく糸がいろんな形に動いていた。



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