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其の佰参拾弐:毒には毒を

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。雷馳を使役し、一時進化をさせることができる。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいたが、今ではそれを諦め人狼族の帝を殺すことで大神の座を狙う。



 両手両足で紅葉(もみじ)にしがみついた羅刹女は、そのまま一気に彼女の頭部を口いっぱいに天辺から噛み付き、そのノコギリのような歯を突き立てた。

「――っ!!」

 紅葉は目を見開いて言葉を失う。

 羅刹女は紅葉の頭蓋骨を切り離すと、口にしたそれを吐き捨ててから顕になった彼女の脳みそを見て舌舐めずりする。

 そしてその淡いピンク色をした脳みそに齧り付いた。が、奇妙な違和感を覚える。

 すると背後から忍び笑いが聞こえてた。

「クックックッ……」

 これに羅刹女は振り返ると、そこにはもう一人の紅葉が立っていた。

「な、に……!?」

 突如、自分がしがみついていた紅葉の姿が煙とともに消え、羅刹女は地面に尻もちを突いた。

「私から細やかな贈り物さ。喜んでもらえたかい?」

 紅葉が煙管を咥え紫煙を燻らせながら、微笑を浮べる。

 羅刹女がしがみついていた紅葉は、彼女の分身だった。

「この……っ!」

 羅刹女は悔しげに唸った。

 紅葉は自分の足元にいる、自分へ背を向けて尻もちを突いている羅刹女の頭の真上に、煙管から火種をポンと落とした。

「え……? ――アッチ! アチチチ……ッ!!」

 羅刹女は慌てて頭上を両手で払う。

「穢らわしい同族の鬼女よ。もっと自分を磨いて出直しておいで!」

 紅葉の背後からの言葉に、血走った眼を見開いて振り返った羅刹女の額を、紅葉が煙管で突いた。

 すると暫しの間を置いてから、羅刹女の全身が突如灰と化してサラサラと掻き消えた。

「第六天魔王の力、見くびるんじゃないよ」

 紅葉は言ってから、煙管の先端を口元に持ってきてふと息を吹きかけた。

「へぇ~、紅葉もやるね!」

 鈴丸(すずまる)の言葉に、紅葉は口角を引き上げる。

「あんなのは所詮、雑魚さ」

 すると突然、鈴丸の背後で声がした。

「茶漬けは食ったか」

 これに鈴丸は振り返ると、そこには小人ほどの大きさで腹が異様に膨れた、餓鬼のような妖怪が立っていた。

 ヒダル神だ。

 鈴丸はヒダル神の問いに頭を振った。

「うぅん。食べてない」

 鈴丸の返事に、ヒダル神はチッと舌打ちするや否や、素早く巨猫姿である鈴丸のフワフワな背中に飛びついた。

 瞬間、鈴丸がガクリと前足と後ろ足を崩して蹲った。

「ク……ッ! しまった……!」

 鈴丸が呻る。

 ――ヒダル神――この妖怪は相手に強烈な飢餓感を与える。

 先程問うたように、“茶漬けは食ったか”とまず言って、相手が“食った”と答えるとその腹を裂いて腹の中にある米をむさぼり食う。

 しかしそうでない場合、相手に取り憑いて強烈な飢餓感を与えて餓死させるのだ。

 その時は雑草などを口に入れるとヒダル神は離れるが、ここは祟り場の中。

 雑草なんかどこにも生えていなかった。

 体力を失い、意識が朦朧としてくる鈴丸に、紅葉が叫んだ。

「人の姿になりな!」

 その時はもう巨体を維持できずに、普通サイズの猫の大きさになっていた。

「ニャ……」

 本来の姿から人の姿になるのにも妖力が必要だ。

 だが鈴丸は体力を振り絞って人の姿に変化する。

「よし。じゃあ何をすべきか分かってるね!?」

 紅葉に言われて鈴丸は頷くと、手を震わせながら片手の平に“米”と指先で書いてそれをペロリと舐めた。

 直後、まるで引き剥がされるように鈴丸の背中にくっついていたヒダル神が、地面に転げ落ちた。

 こうすると、ヒダル神は離れるのだ。

 倦怠感が一気に消えた鈴丸は上半身を起こすと、片手の爪を立てた。

「かなりキツかったよ。お返し」

 目を据わらせ無表情で鈴丸は口にすると、ヒダル神へと鋭い爪を振り下ろした。

 縦と横の二度に渡り爪を振り下ろされて、サイコロ状に切り刻まれたヒダル神は黒い煙となって消滅した。

 そしてまだ空腹の余韻が残っている鈴丸は、腹を抱えて言った。

「あー、お腹空いた」


 残るは九体のうち五体。


 手当たり次第に大鎌を振り回しながら朱夏(しゅか)を攻めるのは、首刈り地蔵。

 朱夏は鎌を必死に避けながら、背中から翼を出すと空へと逃げた。

挿絵(By みてみん)

 首刈り地蔵は全身石で出来ているが、上空の朱夏を見上げる。

 朱夏は両手を突き出すと、首刈り地蔵へと石つぶてを撃ち放つ。

 こぶし大くらいの大きさの石つぶては鈍い音を立てながら、首刈り地蔵に次々と命中する。

 これに首刈り地蔵はところどころにヒビが入り始めた。

「石には石よ! これでとどめ!」

 朱夏は両手を頭上に突き上げる。

 すると彼女の両手から、見る見るうちに巨大な岩が出現して成長を始めた。

 それはまるで動物の象ほどの巨大さまでになると、朱夏は一気に両手を地上に振り下ろした。

 ドカンという重々しい大きな音を立てて、巨岩は首刈り地蔵の真上へと落下する。

 朱夏は振り下ろした両手の平を、今度はグッと握りしめた。

 これに合わせて、巨岩はバンと粉々に砕ける。

 そこには、巨岩の重みと衝撃で同じく砕け散った、首刈り地蔵の残骸だけが残されていた。

 これを確認してから朱夏は、ヘロヘロと地面へと着地し蹲った。

「妖力……使いきっちゃった……」

 すると巨大化した雷獣姿の雷馳(らいち)が、そっと寄り添って朱夏を自分の腕の中に包み込んだ。

「ありがとう雷馳……ちょっとだけ、休ませてね」

 朱夏は呟くように小さく微笑むと、そのまま意識を失ってしまった。

「グゥ……」

 雷馳は短く呻ると、彼女を優しく抱き上げるのだった。


 その時、祟り場の外から爛菊(らんぎく)(おぼろ)が姿を現した。

 これに気付く白露(はくろ)

「外にいたはずが一体どうやって……」

 しかしこれにどちらも答えることなく、爛菊は周囲を慌ただしく見渡した。

「ちち様……? ちち様はどこに……!」

 彼女の言葉に、白露が不気味に口角を引き上げた。

「お前の父なら、立派に我の血肉と力になってくれた」

「え……?」

 爛菊は巨大な二足歩行の犬の姿をした白露を見上げて、サッと顔が青褪めた。

「我が喰らったと言うことだ。爛菊」

「ちち様を……爛のちち様を、食べた――!?」

「ああ、そうだ。どうだ爛菊。これが最後の機会だ。我の元に戻るか、否か。この際今までのことは許してやっても良い」

 胡座を掻き、片膝を立てた上に頬杖を突いた姿勢で、白露は悠然と口元を緩ませる。

 しかし、爛菊の両眼が鋭く白銀の光を宿していた。

「――否」

 爛菊の長い黒髪がザワリと揺らめく。

 そんな彼女に朧が素早く声をかける。

「爛菊様、加減なさいませ」

 これに思い当たる節のある爛菊は怒りの感情に満たされながらも、朧を振り返りコクリと無言で頷いてみせた。

 そうしている間にも、爛菊の爪は鋭く伸び喉の奥から唸り声を漏らしている。

 牙をむき出し、彼女の外見が変貌を始めた。

「フン。せっかく二百年も可愛がってやったのに、我に牙を剥くとは生意気な女だ」

 その言葉に朧が無言で白露を睥睨する。

 やがてそこには、馬のようなたてがみをして白銀の眼をした、真珠色がかった白銀の三メートル程の巨狼の姿があった。

「爛菊!?」

 彼女の存在に気付いた千晶だったが、目の前に疫病が立ち塞がった。

「舌切。こやつの相手をしてやれ」

 白露の命令に、舌切と呼ばれた妖怪が爛菊の前に進み出てきた。

 一見、白髪を長く振り乱したただの老婆に見える。

 たが、手には巨大な枝切りバサミのような物を持っていた。

「悪さをするのはどの舌だ……」

 老婆は小声でブツブツと呟いていたが、巨狼姿の爛菊と目を合わせるや目をカッと見開いた。

「その舌か!!」

 そうして物凄い脚力で巨狼の爛菊の目の前まで飛び上がってきた。

「!?」

 予想外の動きに爛菊は驚愕したが、老婆が突き出してきたハサミを慌てて避けた。

 だがしかし、その老婆は信じられないくらいに俊敏だった。

 空気の層を蹴って方向転換すると、再び爛菊へとハサミを突き出してくる。

 見た目とは裏腹の素早く信じられない動きに、必死で避ける爛菊。

「舌さえ切らせれば良しとしよう。その後はどこにでも立ち去るが良いわ」

「そ、そうはいかないわ……!」

 舌切の言葉に、巨狼姿の爛菊は攻撃を避けながら答える。

「素直に聞かねば、余計な怪我をする羽目になるぞぃ。わしの手元が狂ぅてな」

「そんな取り引きに応じるわけにはいかないわ!」

「フフフ……やはり悪ぅ舌じゃな。切り落とさねば」

 攻防戦中の会話のせいもあり、ハサミを突き出し向かってきた舌切から、一瞬爛菊の動きが遅れた。

 彼女の右頬を舌切のハサミの切っ先が切り裂く。

「ク……ッ!」

 傷口から血が噴き出して、爛菊は歯を噛みしめる。

「ほぅれ、言わんこっちゃない。ケケケケ……!」

 舌切は嬉しそうに笑う。

 これに爛菊は大きく後ろへと飛び退くと、頭を低くして構えた。

「覚悟なさい」

「何……?」

 爛菊の発言に、舌切は空中で眉宇を寄せる。

 直後、鋭く長い棘らしきものが爛菊から、舌切へと放たれた。

 それは強化された大きめの松の針葉だった。

 無数の針葉が舌切の全身を貫通する。

「ヒイィィィィーッ!!」

 舌切は絶叫とともに黒い霧となって消滅した。

「おや。やるではないか爛菊」

 白露が悠然と口にする。

「次はあなたの番よ!」

 白銀の巨狼姿の爛菊が吠える。

 だが白露は愉快そうな口調で答えた。

「フン。お前が、我を? 爛菊、調子に乗らない方がいい。お前如きが、我を倒せるわけがなかろうに」

「ちち様を喰らったお前を、絶対に爛は赦さない!!」

 すると、この二人のやり取りに口を挟む者がいた。

「爛菊! まだだ! まだそいつに手を出してはいけない!」

 それは千晶だった。

「何だ。まだくたばっていなかったか。大神乃帝。疫病、さっさとそいつを殺ってしまえ」

 鬱陶しそうに白露は疫病に命令する。

 これに疫病は更に毒々しい緑色の疫の靄を、大量に鎧から発生させた。

「馬鹿め。思うツボだ」

 千晶は言うと、風を発生させてその靄を白露へと向けさせた。

 疫病の靄を直接受ける形になった白露は、焦って鎧姿の疫病を片手で掴むと咄嗟に、我が身の安全を重んじて疫病を握力にて握り潰し、消滅させてしまったのだった。



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