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其の佰参拾壱:妖怪合戦

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいる。



 蛇蠱(へびみこ)の大きさは一般的な普通の蛇と同じで、巨大化している(なぎさ)にとってはまるでミミズの如しだったが、だからこそにわかに苦戦することになった。

 渚の全身を這い回る蛇蠱。

 渚は煩わしそうに蛇蠱を取り払おうと自身の体中を忙しげに両手を動かすが、蛇蠱はチョロチョロと這い回りながらなかなか捕まらない。

「厄介な蟲に選ばれたものだ。渚、俺が取り除いてやろう」

 千晶(ちあき)は言いながら、一人バタバタしている渚の側に歩み寄った。すると。

 これに気付いた蛇蠱が突然、表皮を噛み破り渚の腹の中に潜り込んでしまった。

「しまった!」

 千晶が声を上げる。

 直後、渚が呻き声を上げ始めた。

「ウ……ッ、クゥ……!? ア、アァァッ!!」

 腹を抱えて顔を顰める渚。

 蛇蠱は、内側から生者の内臓を喰らうのだ。

 渚の腹部が不気味にあちらこちらと、デコボコと盛り上がる。

 腸を食い荒らしながら蛇蠱が動き回っているのだ。

 内側からだと、下手な攻撃ができない。

 しかしこのままだと渚が危ない。

「クックック……さぁ、踊れ踊れ」

 白露は気付けば胡座をかき座った姿勢で、膝に頬杖で愉快そうに状況を愉しんでいた。

「チ……ッ! 貴様ァ!」

 千晶は振り返ると、白露に攻撃を仕掛けた――が、千晶の目の前に全身鎧姿の妖怪が立ち塞がっていた。

「――疫病(えきびょう)か」

 千晶は眼光鋭く睨みつける。

 疫病は中身のない、一人で勝手に動く鎧だ。

「邪魔だ!」

 千晶は怒鳴ると疫病を片手で振り払う。

 これに鎧がバラバラに崩れ落ちる。

「フン」

 千晶は鼻を鳴らして改めて一歩前へと足を踏み出したが――バラバラになった鎧から、毒々しい緑色の靄が立ち上がり千晶を包み込んだ。

「ク……ッ!」

 咄嗟に千晶は鼻と口を片腕で覆って塞ぐ。

 その間、ガラガラと音を立てながら、崩れたはずの鎧がまた元通りに組み直された。

 これが疫病と呼ばれる所以――鎧の中身は疫病の靄がこもっているのだ。

 千晶は風を起こして靄を掻き消したが、多少なりとも靄を吸い込んでしまった。

 立ち眩みを覚える千晶。

「おやおや。たかが下級妖怪でもう、大神の王族が二人も被害を受けたか」

 そう言いながら白露(はくろ)は、だらしなく口元を緩ませる。

 次第に千晶は大量の汗とともに発熱を起こし始めたが、彼は自分の胸元に片手を当てた。

「疫病耐性」

 そう呟いた時、少しずつ千晶は落ち着いてくる。

 回復したわけではないので、ある程度体力は低下したが千晶は改めて疫病へと向かい合った。


「――カッ!」

 一方では、渚が腹を抱えて喀血していた。

 このままでは渚が死んでしまうかも知れない。

 しかし。

 渚が腹を抱えている両腕の隙間へ、何かがズブッと突き刺さった。

 見ると、(つかさ)が側面で直立したまま隣り合っている渚の腹に、指を一本刺し込んでいた。

「どうせ内部から傷を負うんでありゃあ、外傷も覚悟しててめぇで掘り出しゃいいものを」

 そう吐き捨てるや司は渚の腹に突き刺した指を引き抜く。

 するとズルリとその指先から蛇蠱が引きずり出された。

 司の鋭く黒い爪先に刺さった状態で、蛇蠱はウネウネと動いていた。

 渚は体内から蟲を取り除かれて、片膝を突いて肩で呼吸をしながら蹲っている。

 よくよく見ると、渚の腸を喰らってか蛇蠱が一回り程大きくなっていたが。

 そんなことなど全く気にせず司は、もう片手の人差し指の爪を蛇蠱へ更に突き刺すと、両手の爪で縦に引き裂いた。

 二つに分かれた蛇蠱は、黒い粉塵となって消滅した。

 そして司は紅い双眸だけを動かして白露を睨みつけ、不敵な笑みを浮かべて見せた。

「本当だな。たかが下級妖怪だ」

 余裕げにそう言い捨てた司の様子に、思わず白露は臆してしまった。

 おそらくこの顔ぶれの中で一番危険性が高いのは司だと。

「フン。だったら貴様には、こいつをくれてやる」

 白露は言うと、ある妖怪を呼んだ。

「牛鬼。こいつの相手になれ」

 牛鬼は、今回登場した不浄妖怪の中で一番大きかった。

 巨大化している司とさほど変わらないくらいの大きさだ。

 体は牛で頭は鬼の、全体的に黒っぽい出で立ちをしている。

「ク……ッ」

 司は愉快そうに小さく喉を鳴らすと、牛鬼へと体を向けた。

 その間、渚は自分で腹部に手を当てて傷めつけられた腸を麻痺させ、一時期だけ痛覚を無にさせていた。

「司。感謝しますよ」

 喀血して汚れた口元の血を、舐め拭いながら渚が礼を述べる。

「もっと度胸を身に付けろ」

 これに答える司だったが、何せ戦い慣れしていない渚には難しい問題だった。

 白狼二足歩行姿の渚は、司の言葉に無言を返すしかできずにいた。


「おや。見慣れた種族もいるもんだ。朱夏(しゅか)、私は一旦地上に降りるよ」

「はい」

 背中に乗っていた紅葉(もみじ)の言葉に、姑獲鳥姿の朱夏が返事すると同時に、紅葉は朱夏の背中から身軽に飛び降りた。

 そこには、赤褐色の肌色をして赤い髪を振り乱して粗末な着物を着崩している、女がいた。

 黒目がなく白目部分は黄色く濁り、鋭い爪と口にはのこぎりのような歯が並んでいる。

「相変わらず、醜い姿をしてるね羅刹女」

挿絵(By みてみん)

 すると女――羅刹女はガチガチと歯を鳴らした。

「貴、様は、信州、戸隠の、鬼、女……」

 濁声でたどたどしく、そう口にする。

 羅刹女は、好んで脳みそを食する。よって。

「脳みそ、を……貴様の脳みそをよこせぇぇーっ!!」

 叫ぶや否や、羅刹女は紅葉へと飛びかかった。


 空を飛び回っていた姑獲鳥姿の朱夏と、雷獣姿の雷馳(らいち)だったがこの祟り場に囲われた空は飛び辛く、二人は一旦地上に降りて羽を休めた。

 どちらも巨大化していたのはあったが、ふと雷馳の太ももに激痛が走った。

「キシャアァァーッ!!」

 雷馳は叫んでその足へと首をめぐらす。

 すると足には、一人の若い娘が食らいついていた。

 娘は顔を上げると、艶然と微笑んだ。

「ンフフ……美味しいお肉」

 傷口はまるで溶かされたかのように、肉がドロドロになっている。

 どうやら娘は、妖怪肉吸いのようだった。

「これだけ大きいのなら、たっぷりお肉が食べられそうだわ。では、改めていただきます」

 肉吸いは言うと、再び傷口に食らいついた。

 雷馳はまた感じた痛みに唸り声を上げると、足に食らいついている肉吸いへと手を伸ばして鷲掴みにした。

「あ……っ! ちょっと! 何するのよ放しなさい!!」

 逆さまに掴み上げられた肉吸いは抗議の声を上げたが、雷獣姿の雷馳は小首を傾げて見せてから、一気にその手を集中的に放電した。

「ギャアァァァァーッ!!」

 肉吸いは絶叫すると黒い粉塵とともに白骨化してしまった。

 それを雷馳が握りしめて粉々にすると、細かくなった骨はパラパラと地面に呆気なく撒布されたのだった。

 地上にいる間だけならと朱夏は姑獲鳥から人の姿へと変わる。

「雷馳、大丈、夫――!?」

 咄嗟に雷馳へと駆け寄った朱夏の目の前を、何かが掠めた。

 ショートヘアではあったが、毛先がハラリと舞い落ちる。

 足を止めて確認すると、そこには大鎌をもった地蔵が立っていた。

 首刈り地蔵だった。


 (おぼろ)からの強制特別執行を終わらせた爛菊(らんぎく)が、彼とともに現場へと戻った。

 しかしそこには巨大な祟り場が存在しているだけだったが、その側には倒れている数体の人間の屍と、両手を払っている壱織(いおり)の姿があった。

「これは一体、何なの!? 他のみんなは!? まさかこの人達を飛鳥先生が殺したの!?」

「ん? おお、朝霧か。いや、俺が殺ったわけじゃねぇよ。そもそも普通の人間が異界であるこの場に入って来れるわけねぇだろう」

「じゃあどうしてこんなに人間の死体が……」

「どうやらこれらは皆、初めから屍となってこの異界に侵入したようですな」

 爛菊の疑問に、一体の死体の側に跪いて確認していた朧が、静かに答えた。

「こいつらは犬神信仰者の死体だ。何でも犬神が信仰者の命を奪って、ここへ導いたらしい」

 壱織も両腕を組んでから答えた。

「何て残酷なことを……!」

 ショックを受けて爛菊は、咄嗟に片手で口を抑える。

「安心しろ。操られていたこいつら人間の魂を、今俺が浄化したところだ。もう犬神の野郎には操られねぇよ」

「そう……ありがとう飛鳥先生。ところで、千晶様達はどこに?」

「見りゃ分かるだろう。この祟り場が。みんなこの中だよ」

 壱織は背後にある巨大で禍々しい紫色のドームを、親指立てて指差す。

「みんなの元へ急がなくちゃ……!」

 慌てた様子で一歩踏み出した爛菊の手首を、朧が掴んで引き止める。

「これは“祟り場(・・・)”……外から簡単に入れませんし、何よりもその瘴気で魂が穢れてしまう。ここは(それがし)にお任せを」

「そんじゃ、俺はまた此花(このはな)と高みの見物に戻らぁ。用があったら呼んでくれ」

 壱織は言い残すと、背中の翼を大きく羽ばたかせて、空へと飛んで行ってしまった。

 爛菊はそれを見送っていたが、朧はそうすることなく祟り場の壁に片手を当てていた。

 するとその掌を中心に、眩く光を放ち始めた。

 やがて黄金に輝く光のトンネルができる。

「これで中に入れます。行きましょう爛菊様」

 朧は空を見上げていた爛菊を促した。


 紅葉は自分に跳びかかってきた羅刹女を、細長い煙管で二~三回殴ってから跳ね除けた。

「脳みそをよこせだって? 馬鹿だねぇ。そう言われて簡単にやるわけないだろう」

「グウゥ……!」

 羅刹女は悔しそうに歯をガチガチ鳴らす。

「己ーっ!!」

 羅刹女は叫ぶと跳躍し、一気に紅葉へと跳びかかり、両手両足で彼女の体にしがみついた。




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