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其の佰弐拾捌:秘められし想い

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


此花(このはな)(推定400歳以上)……元々は人間の頃、口減らしされた地縛霊だったが人間からの半ば都合の良い祭祀により、神格化された座敷童子。年齢を操ることができる。壱織への想いからようやく自由を得た。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいる。



「ゥワオオオォォォーン!!」

 超巨大型二足歩行の白茶色の犬に変化した白露(はくろ)は、天に向かって吠えた。

 これを耳にし目の当たりにした、周囲にいる犬神の民達は主君からの命令として受け止め、次々と犬の姿になる。

 犬種も様々で……。

「あ。チワワとかトイプードルもいる」

 巨大折り鶴の上から地上を見下ろしていた鈴丸(すずまる)がそう口にすると、プッと小さく吹き出した。

 あちらこちらから、ワンワンと犬達が吠え立て始めた。

「あー、うるせぇ」

 (つかさ)が煩わしそうに耳の穴を人差し指で塞ぐ。

「馬鹿な犬ほどよく吠える」

 千晶(ちあき)もうんざりした表情でボソリと吐き捨てた。

「ひとまずこいつら雑魚を、散らしてくれるかい? 朱夏(しゅか)

「分かりました」

 紅葉(もみじ)の言葉に、朱夏は首肯すると空で背中の翼を羽ばたかせながら、両手を地上へと突き出した。

 すると彼女の手の平からこぶし大ほどの石つぶてが出現し、白露を取り囲んでいる犬達へと次々へとぶつけていく。

 これに犬達はキャンキャン悲鳴を上げる。

 雨のように降り注ぐ石に、耐え切れなくなった主に小型犬や中型犬などが、散り散りになって逃げ去って行った。

 これで犬の数は半分ほどに減った。

 当然ながら残ったのは大型犬だ。

 白露は人狼国で散々狼達を殺したが、千晶達は本命である白露以外は無駄な殺生を避けた。

 今度は雷馳(らいち)が、手加減した攻撃を繰り出す。

「雷波」

 雷馳はそう呟くと巨大折り鶴の上から、片手を地上に向けて大きく振るう。

 それに合わせて雷撃がまさに波のように、円形に千晶達を取り囲んでいる犬達へと流電した。

 さすがに大型犬も飛び跳ねて悲鳴を上げると、それから更に半分が逃げ去った。

 それでもまだ数十匹は残った。

「やれやれ。案外しぶといねぇ」

 紅葉が溜息を吐く。

 しかしその時。

「ギャイン!!」

「ギャワワン!!」

 次々と甲高い悲鳴が響き渡る。

 突然の断末魔に、地上の千晶達と上空の鈴丸達が周囲を見回すと、残っていた大型犬の半分の数が切り刻まれ血塗れとなって死んでいた。

 目にも留まらぬ出来事に、超巨大型二足歩行の犬姿の白露も唖然としたまま立ち尽くしている。

「一体いつまで準備運動させる気だよ白露」

 血塗れの肉片の中から、身を屈めていた司がそう言いながら立ち上がった。

 黒い爪が鮮血の赤に濡れている。

 千晶達の、無駄な殺生を避けていた努力も虚しく、司にはそんなことはお構いなしだった。

「司!」

 渚が声を荒げる。

「甘ぇんだよ。てめぇら全員。敵を逃がすとか。バカか」

 司は爪を舐めながらニッと笑ったが、すぐにペッと唾を吐き捨てる。

「犬の血はマジィな」

 これに白露の目が血走った。

「お……の、れ……己ーっっ!!」

「さっきから吠えてばかりだな白露。はっきり言って、うるせぇ」

 司は頭上高くそびえ立つ白露を、振り返りざま自分の肩越しに見上げると、べっと舌先を出した。

 残った犬達の中から、クンクンと鼻を鳴らし尾を股の下に丸めてから、後退るものも現れた。

「今この場に残っている犬どもは、命がねぇ覚悟があるんだなぁ!?」

 司の大声に、数十匹が逃走し更に減ってもう頭数が分かるくらいの数が残った。

「何だかんだ言いながら、お前も逃がしましたよ司」

「俺は雑魚片付けが面倒なだけだ」

 渚の言葉に、司は吐き捨てる。

「貴様こそ、覚悟しろ!!」

 白露は足元にいる司へと怒鳴ると、足を踏み下ろしてきた。

 しかし垂直に司は飛び上がると、紅葉が一人で乗っている巨大折り鶴に飛び乗る。

「図体でかくなった分、動きがとろくなってんじゃねぇか?」

 司は今度は目下になった白露へと声をかけて、改めて紅葉とその隣の巨大折り鶴に乗っている鈴丸と雷馳、そして翼で空を飛んでいる壱織(いおり)とその腕の中にいる此花(このはな)に、朱夏へと視線を配った。

「で、何でこれだけの多種族な妖怪が一緒にここにいやがるんだ?」

 すると地上から千晶が大声で答えた。

「そいつらみんな、俺の仲間だ!」

「ふ~ん。兄者の仲間、ねぇ……」

 そうしてまじまじとそれぞれを、目を細め下唇を親指で撫でながら見回すと、フンと鼻を鳴らした。

 紅い双眸と髪に、黒い狼の耳と尻尾、爪をしている司の外見に、紅葉以外は皆息を呑んだ。

「だったらまぁ、別にいいや。今のところはな(・・・・・・・)

 司はニヤリと笑みを見せると、折り鶴から飛び降りがてら白露の顔に蹴りをお見舞いして、地上へと降り立った。

「ガ……ッ」

 白露は司からの蹴りに顔が反対向きになる。

「さぁ、始めようぜ。殺し合い」

 着地した司の言葉に、白露は犬の顔でニッと口角を引き上げる。

「当初の計画とは随分狂ったが……最早大神の座を頂くのならこっちの方が手っ取り早い」

 舌舐めずりをすると白露は、足元にいる千晶と渚と司へと手を振り払った。

「兄弟揃って我を相手にしたのが運の尽きだ!!」

 しかしやはり超巨大二足歩行の犬の姿になった白露は機敏さに欠けてしまっていて、軽々と千晶と渚に避けられた。

 一方司は、避けながら後ろ向きに跳躍すると、千晶と渚に声をかけた。

「ひとまずそいつらは任せるぜ」

「どこに行くのです司!?」

「俺の目的はもう一つあるんでな」

「まさかあいつ……!」

 白露の振り払った手のせいで砂埃が起きた中に、司は姿を消したが。

 直後。

「ゲィィンッ!!」

「ギャン!!」

「ギャワワン!!」

 あちらこちらから犬の悲鳴が響き渡る。

 司が犬達の殺戮を行っているのだ。

「馬鹿め。我らをただの犬だとなめるでないぞ」

 白露は唸り声とともに牙をむき出すと、大きくワンと吠えた。

 その吠え声は大きく空気を振動させた。

 その影響で辺り一面燃え盛っていた火が掻き消される。

 空にいたみんなにもその煽りを受け、此花を抱いている壱織と、同じく翼を持っている朱夏の二人はその翼で身を包み、衝撃波を避ける。

 折り鶴に乗っていた鈴丸と雷馳と紅葉は弾き飛ばされ、折り鶴もビリビリに引き裂かれた。

 だが雷馳は空中で雷獣の姿に変化し宙を舞い、鈴丸は巨猫の姿となって背中で紅葉を受け止めた。

「ふ……以前も犬神とは少しやりあったけど、吠えただけでこれだけの威力は……だてに犬神の皇ではないね」

 紅葉は巨猫姿の鈴丸の背中に横座りする姿勢で、口角を引き上げる。

 巨猫姿になった鈴丸は紅葉を背に、宙に浮いていた。

「いきなりあんな大声、思わず全身の毛が逆立っちゃったよ」

 鈴丸がぼやく。

 巨猫になると鈴丸も空を飛行できるが、普通の猫と同じ大きさである雷獣姿の雷馳は、空を滑空することしかできない為、翼を広げた朱夏が迎えに行って雷馳を受け止めた。

「あぶっね。危うく羽根が全部抜け落ちて手羽先になるところだったぜ」

 壱織も翼を広げて姿を現すと、バサリ一度大きく翼を羽ばたかせた。

「貴様らは一体いつまで、人の形で我の相手をする気だ?」

 白露の言葉に、千晶の青い目が揺れた。

 二百年前まで白露は、人狼に勝てる気がしなかった。

 しかし皮肉にも、この百余年の間に日本狼は絶滅し弱体化してしまった理由に、今やもう白露はそこまで必死になるほど爛菊の必要性もなくなっていたが。

 爛菊を犬神の妃にするのは半ば意地でもあった。

 爛菊を奪われて茫然自失となっている千晶を、ぶっ潰す愉快さを得たいのもあった。

 二百年の間、爛菊は魂でしかなかった。

 肉体を得たのはそれこそ、つい十八年前の話だ。

 たった十八年で白露が、肉体を得た爛菊を本気で愛してしまうには(あやかし)の世界ではあまりにも短すぎる。

 そのはずだ……。

 だからこの際、爛菊を手放そうが白露には問題の範疇ではない――。

「貴様を殺し、爛菊から絶望を吸収すれば更に妖力も高まろうな。雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)よ」

 白露は笑みとともに牙を剥いた。


 魂の浄化とともに、白露に従うよう洗脳されていた爛菊にとって、未だ拭えぬそうした影響から白露は恐怖の対象でもあった。

 だが記憶を取り戻し人狼として完全体となった今、本来の夫である千晶の敵である白露は打倒すべき存在だ。

 内心に根付く恐怖心を必死に払拭しつつ、彼の元に駆けつけようと爛菊は七重造りの犬神城を懸命に駆け下りていた。

 しかしはたと爛菊は気付く。

 いちいち階段を使わずとも、城から飛び降りれば早いと。

 十八年間の人間としての生活にて、前世では当たり前の能力を忘れていた。

 爛菊は窓に向かうと、地上を見下ろし窓枠に足をかけて空中へと飛んだ――と同時に、爛菊の腰を何者かが腕を回し引き戻された。

「キャ……! 離して! 離……!!」

 ――「爛菊様」

 聞き覚えのある野太く低い声に、彼女は顔を上げる。

「……朧……」

 そこには、漆黒の双眸を微かに潤ませながら爛菊を見つめる、朧の姿があった。

 彼の存在に安心する爛菊。

「爛を……迎えに来てくれたの……?」

「はい」

 爛菊の問いに、朧は落ち着き払った声で返事をする。

「良かった。じゃあ一緒に千晶様のところへ……」

 恐怖の対象である白露の前へ、一人で行くより信用できる相手と一緒ならば心強い。しかし。

「その前に、大神国へと(それがし)とともにお戻りください」

「え……? でも千晶様が……」

「これは帝からの命です」

「千晶様の……?」

 突然引き戻された拍子に、爛菊は朧の膝の上に腰を落とす格好になっていた。

挿絵(By みてみん)

 その勢いで彼女の片目に髪が乱れてかかっているのを、そっと優しく払いのけながら朧はしっとりとした声で述べた。

「またこうして貴女に再会出来て某はこの上なく……」

 ここまで言って口を噤んだ彼に、爛菊は朧の自分への想いを思い出す。

「朧……」

 しかし朧は最後の言葉を飲み込むと、自分とともに彼女を立ち上がらせた。

「急ぎましょう」

「でもこんな時にどうして爛だけが人狼国――大神国に戻らなければならないの?」

「爛菊様は、帝がご心配であられますかな……?」

「ええ。だって爛は千晶様の……」

 ここまで言いかけた彼女の言葉に、本来は無表情な朧が儚げに微笑んだ。

「ならば尚の事、急ぎましょう。大神国に戻れば解かります」

 そうして差し伸べてきた朧の逞しい手に、爛菊はもう何も聞かずに自分の手をそっと重ねた。




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