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其の佰弐拾柒:犬と狼②

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。


猫俣景虎鈴丸ねこまたかげとらすずまる(118歳)……妖怪猫又の族長の息子で、千晶の同居人。家事全般が大得意で、女好き。とても人懐っこい。人間界での暮らしの方が長く、誰よりも人間社会に詳しい。本来の姿は金と青のオッドアイをしたオスの三毛猫。


響雷馳(ひびきらいち)(70歳)……妖怪、雷獣の子供。物心ついた時には最早両親がいなかった孤児で、ある嵐の日に大百足と戦って傷ついているところを爛菊に拾われ、名を与えられる。千晶の家の居候で、自分も妖怪のくせに世間知らずからくる極度の妖怪恐怖症。


朱夏(しゅか)(推定200歳以上)……妖怪、姑獲鳥。元は人間だった。土蜘蛛から縄張りの一部を与えられて数々の人間を騙してきたが、ある雨の日に雷馳と出会ってからその悲愴感さにいたたまれなくなり、種族も血筋も違うが雷馳の母親になる決意をする。千晶の家で住み込みの家政婦をしている。


飛鳥壱織(あすかいおり)(529歳)……元々はツンデレで一人を好んでいた妖怪、丹鶴。祖母は若い頃に人間に恩返しをした鶴。爛菊の通う高校の保健医をしていて、極度の潔癖症。高慢な性格で趣味は編み物。高度な治癒系能力を持つ。最近、神格妖怪である座敷童子、此花に惚れられて以来一緒にいることが多いようだ。


此花(このはな)(推定400歳以上)……元々は人間の頃、口減らしされた地縛霊だったが人間からの半ば都合の良い祭祀により、神格化された座敷童子。年齢を操ることができる。壱織への想いからようやく自由を得た。


紅葉(もみじ)もしくは呉葉(くれは)(推定1000歳以上)……信州戸隠の鬼女で、爛菊とは前世から仲の良い友人。呉葉は元は人間の両親に与えられた本名で、紅葉は鬼女となってからの名前。第六天魔王から生み出された。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいる。



(それがし)が犬神を帝と(なぎさ)様に任せて、戦略発足に集中していたばかりに……大臣である某が、戦陣に立つべきでした。大変申し訳ございません!」

「謝罪は不要だ。今は爛菊(らんぎく)救出と――」

 千晶(ちあき)が口にしている途中、(おぼろ)がふと顔を上げる。

「この気配はもしや……」

「ええ、その通りですよ朧」

 渚が答える。

「ならば尚の事、爛菊様をお救いせねば」

「せっかく来たんだから、僕達もお供させてよ!」

「うむ! ラン殿を守らねば!」

 鈴丸(すずまる)雷馳(らいち)の言葉で彼らの存在に気付いた朧が、微かに顔を顰める。

「姿は消しても、奴が行く宛はただ一つだな」

「急ぎましょう兄上!」

 そう口にする千晶へと、渚が促す。

「俺も行かねぇとダメか」

 渋る壱織(いおり)に対して、五歳児姿で彼に抱っこされていた此花(このはな)が叱責した。

「妾が壱織と出会えたのも、爛菊のおかげじゃ! ここで見捨てては末代までの恥ぞ!」

 これに壱織の脳裏で、怒りの表情の祖母が過ぎる。

「……だな。戻っても俺は祖母に殺されるな。仕方ねぇ。行くか」

 他にも何やらブツブツと愚痴っている壱織を他所に、千晶は周辺で傷などを負っている住民達に声をかけた。

「皆の者、よく頑張ってくれた。ここは体を休めて後は俺に任せてくれ」

「はっ……!」

 これにみんなは片膝を突いて申し訳なさそうに頭を下げる。

「気にせずとも良い。万が一の時は、また頼む」

 千晶は人狼達を労っておいてからこの場に集合した、種族の違う仲間や身内へと号令をかけた。

「それじゃあ、みんな行くぞ!」




 白露(はくろ)は人の姿で、両腕に爛菊を抱きかかえていた。

 そして犬神国である城の一番上――七重造りの望楼から城下町を見下ろして、愕然としていた。

 あちらこちらでは家が燃え、たくさんの数えきれない住民達が倒れ、吹く風は強烈な鉄分の臭いを運び、見渡す限り眼下は真紅に染まっている。

「奴一匹で、ここまでやったと言うのか……っ!!」

 白露は歯ぎしりすると、踵を返して一つ下の六重の階にある部屋へと向かい、そこに敷かれている布団に爛菊をそっと横たえた。

「爛菊……我ら犬神の勝利の女神となるのは、お前だけだ」

 白露は囁きかけると、意識を失っている彼女へと口づけをする。

「大神の座は、我ら犬神のものだ」

 白露は彼女から口唇を離すと、スクと立ち上がった。

 そして外を望む窓へと歩み寄ると、大きく吸気した。

雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)あああぁぁぁーっっ!!」

 すると上空から真っ直ぐ、白露の目の前に司が宙に浮かんだ状態で降りて来た。

「俺を、呼んだか? 狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろよ」

 黒い狼の耳と尻尾に、真紅の双眸と髪。

 牙をむき出すように、司は笑みを浮かべている。

「よくも、よくも我の国を!!」

「同じ言葉を、貴様に返してやる」

「我は権力奪取と領土拡大をするだけだ!!」

するだけ(・・・・)……? ふぅん。俺はてめぇら種族を絶滅させているだけ(・・)だ」

「貴様ああぁぁっ!!」

 白露は珍しく感情的な様子で、窓から身を乗り出すと宙に浮かんでいる司へと跳びかかった。

 が、あっさりと司に避けられてしまい、白露はそのまま転落する。

 しかし身を捻ると白露は、地面に巧く着地した。

 そして憤怒の形相で、頭上の司へと顔を上げた。




「何……!? 人狼国を犬神が乗っ取ろうとしているだと……!?」

 本来の住人を失った陰陽師の居住神社の一部屋で、司が相手の言葉に眉宇を寄せた。

 境内が本来の住人の血と肉片で真っ赤な痕跡を残しているにも関わらず、司は一人の男と酒を呑み交わしていた。

 その男は、うぐいす色の長髪を三つ編みにして右肩から垂らしている、同じ色の目をした姿だった。

挿絵(By みてみん)

「ああ。今に大神国と犬神国は、血で血を洗う争いに突入するだろうな。弱体化している大神国も、ただでは済まない」

 男――天活玉命あめのいくたまのみことはあっけらかんと述べると、クイと猪口の中身を呷った。

 天活玉命――。

 いつぞやに異界の都にある遊郭で、千晶をフルボッコにした三十二人の防衛(ふさぎもり)の一人である(まれびと)である。

「あんのクソッタレ犬野郎……! だったら俺は、犬どもを全滅させてやるっ!!」

 司も猪口の中の酒を仰ぎ飲むと、空になった猪口を投げ捨てた。

「クックッ……今のお前なら不可能はなさそうだな」

「ああ。情報に感謝する。活玉(いくたま)様」

「何。俺は神としてちょっとした修整を加えているだけだ」

 隙間を作った親指と人差指を、片目を瞑った自分の開いている目の前で近づけて見せる活玉の言葉に、司は首肯すると立ち上がって足を踏み鳴らしながら部屋を後にした。

「さぁ~て。俺は高みの見物でもするか。面白くなりそうだ」

 活玉は愉快そうに微笑を浮かべると、フッとその場から掻き消えた。




 こうして司は、犬神国へと駆け付けたのである。

「てめぇは二百年前、俺の人狼国に呪術をかけた人間を送り込み祟り場などを発生させて、挙げ句の果てには俺の両親をも呪殺した。思えばあの時、てめぇと田舎娘の件で取り引きするのではなく、殺しておくべきだった」

「騙されたことに今更後悔してここに来たと言うのか」

 ゆっくりと上空から腕組み姿勢で降りて来る司に、白露は睥睨しながら訊ねる。

「少し違う」

 司は静かに爪先から着地すると、小首を傾げて見せた。

「ある人物から貴様が人狼国を――大神国を乗っ取ろうとしていると聞いてな。こうしてここに参上したまでだ」

「ある人物だと……!?」

「てめぇ如きが知るのもおこがましい相手だ。聞かねぇ方が賢明だぜ」

「フン……まぁ知ったところで、我の国をこんなにした貴様は無傷ではいられんがな」

「おいおい。あんまり笑わせることをぬかすな。腹が捩れる」

 司は言うと、ニタリと不気味に笑った。

「それで? てめぇが相手になるのか。それとも、そこらに隠れている犬どもか」

 司の言葉に、周囲に身を潜めていたたくさんの犬神族の住民達が、怯えた様子で姿を現した。

「す、す、皇様……っ、我々は狼の相手をするのは恐ろしい……っ」

 その中の一人が恐る恐ると口にした。

「腰抜けどもが。狼一匹、束になってかかれば恐れるに足らん!!」

 白露は周囲の民達に声を荒げた。

 ――「狼一匹とは限るまい」

 その時ふと、別の声がした。

 これに振り返った白露の目に、千晶と渚と朧の姿が目に入る。

「ヒィィッ!!」

「大神乃帝様!!」

 犬神の民達が悲鳴を上げた。

「やはりお前だったか司」

 白露を間に挟む形で、千晶は向こう側にいる司へと声をかける。

「これはこれは兄者」

 司は余裕げにニンマリと笑う。

「よくぞ戻って来ましたね。司」

「おぅ渚。いや、別に戻って来たわけじゃあねぇんだけどな」

「……」

 一方朧は、この上ない憎悪の眼差しを司に向けていた。

 これに司は、勝ち誇ったようにふと朧に微笑を見せた。

「ここもここで悲惨な状態じゃのぅ」

「あっつ……! 熱風が」

 上空から、巨大折り鶴に乗った雷馳と鈴丸の声がする。

「こりゃあ大博打になりそうだねぇ」

 もう別の一羽の折り鶴から、紅葉(もみじ)が額に片手をかざしながら口にする。

 五歳児姿の此花を抱きかかえて一定箇所で翼を羽ばたかせながら留まっている壱織と、朱夏の姿に気付いた犬神の民達の一部が騒ぐ。

「鳥か……!?」

「喰いたいな」

「旨そうだ」

 これに朱夏は目を据わらせると、それらに碁石程度の石つぶてを撃ち放つ。

「ケダモノ。やっぱ俺帰る――」

 そう口にしながら背を向ける壱織の翼を、またもや鷲掴みする此花。

「いちいち怯むでない壱織」

 だがあちこちに火の手が上がり、血の臭いが充満し、地上では目をギラつかせる存在に溢れている光景を見れば、本来なら誰しも同じ心境にもなるだろう。

 特に壱織くらいの戦い慣れしていない立場ともなれば。

 人の姿をしてはいたが、朱夏が撃ち放った石つぶてにより地上では、犬神の民達が皆キャンキャン悲鳴を上げている。

 これに手応えを感じた朱夏は喜びを露わにした。

「これなら私程度でも戦力になれるかも!」

「見よ。姑獲鳥もあの意気じゃ。しっかり致せ!」

「あー、はいはい」

 またもやそう叱責してきた此花に、壱織はそっぽ向き耳の穴をかっぽじりながら適当に受け止めた。

「今は身内争いしている場合じゃねぇはずだ。俺の敵はこの白露だ」

「お前の敵がこの白露……? しかし二百年前は白露と手を組んで后妃を殺害したのでは……?」

 司の言葉に、渚が怪訝な表情で疑問をぶつける。

「ああ。そうだと思ったが、どうやら俺は白露に都合の良いように利用されたにすぎなかったらしい。全ては、人狼国を守りたい、俺の一心の隙によるものだ」

「隙ですと……? あの時のそちの殺意には、一切の迷いもなかったが?」

 そう低い声で口にしたのは朧だった。

 これに司はふと口角を引き上げる。

「とにかく先程も言った通り、身内争いはなしにしようぜ。互いの今の敵は共通だろう」

 司の言い分に、千晶はふと小さく息を吐いた。

「司も全てを覚悟の上でこうしてここに来ているのは確かだ。ひとまずは結託するのが合意だろう」

「さすがは兄者。理解が早くて何よりだ」

 嬉しそうな様子を見せる司に、千晶は鋭い睥睨を彼に寄こした。

「だからと言って許すわけではない。万が一を覚悟しながら挑むことだな」

「……」

 千晶の低い声で発せられた言葉に、司は口答えすることもできずにいた。

 するとその時、突然頭上からか細い歌声が降ってきた。


「人に卑下する犬コロ家畜 我らを追いかけ生意気に 牙を向ければキャンキャンと 喉笛喰らって犬殺し」


 これに真っ先に反応したのは、司と千晶、渚、朧の間にいた白露だった。

 ピクンと垂れ耳を動かすと、声のする方に顔を見上げた。


「頭を残して埋めりゃんせ エサも与えず様子見る 一体いつまで保つのやら 頭上で一輪の梅が咲く」


 そこには、犬神城の望楼から姿を現した、爛菊の姿があった。

 どうやら意識を取り戻したらしい。

 これに白露がプルプルと震え始めた。

 この様子に皆が白露に注目したが、彼は激昂を露わにした。

「爛菊ううぅぅうぅうぅーっ!! その唄は口にしてはいかんと、教えたであろうがああぁぁあぁーっ!!」

 そうして白露は、見る見るうちに超巨大な犬……しかも二足歩行型に変化した。

「俺の妻の名前を気安く口にするな」

 千晶は冷静に言うと、ふと朧へと一瞬振り返った。

「朧、例の件を頼むぞ」

「御意に」

 白露に立ち向かう千晶とは反対の方向へと、朧はタッと走り去った。




雅狼八雲司(がろうやくもつかさ)(320歳)……千晶の弟の一人である人狼国の王弟。傲慢で言葉遣いも悪く、爛菊の存在を快く思っていない。前世の爛菊を殺害し、200年もの間牢獄に入っていた。それでも一応、国を思い面倒見も良く誰よりも家族思いだったりする。

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