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其の佰弐拾伍:懐かしき再会

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。



 何も語らず、食事さえ摂らない爛菊(らんぎく)に犬神の皇、狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろは少し困り果てていた。

「まるで人形のようだな爛菊。嶺照院(れいしょういん)の奴も、困った育て方をしたものだ」

 白露は言うと爛菊の顎を取り、少し顔を上げると彼女に口づけをしたが。

 口唇を離すと顔を顰める。

「正直、臭うぞ爛菊。一緒に風呂でも入ってその身を清めろ」

 白露の言葉に、爛菊は表情一つ変えることなく、虚ろな目をしたままだ。

「風呂に入る。着替えの準備をしておけ」

 側に控えていた使用人に告げると白露は、爛菊を連れて風呂場へと向かった。

 そして風呂場に着くと、白露は爛菊の着物を脱がせて、ふと眉宇を寄せる。

「食事を摂らないせいか、全身の血色が悪いぞ。風呂から上がったら無理矢理にでも飯を食え」

 そうして互いに全裸になると、白露は爛菊を抱き上げて檜で作られた湯槽に入った。

 するとすぐに、お湯は垢で汚れる。

「む……これは不衛生だな爛菊。嶺照院では満足に風呂にも入らなかったのか?」

 白露は言うと、彼女の腕を撫でる。

 するとズルリと、爛菊の皮膚が剥がれた。

「何……!?」

 これに白露は顔を顰める。

 確認するように今度はもう片方の彼女の腕を、白露は撫でてみたがやはり同じように皮膚が剥がれた。

「これは……どういう……」

 白露が怪訝な表情をしていると、肩までお湯に浸かっていた爛菊の頭が、ドロドロととろけ始めた。

「爛菊……!?」

 やがてついに頭は溶けてなくなり、そこには首なしの、しかも“男”の肉体となっていた。

「これはもしや……嶺照院の躯か……!?」

 白露はザバリと湯槽から立ち上がり、その表情を怒りで満たす。

「あの信州戸隠の鬼女の仕業か! 死体を爛菊に変えるとは……っ!!」

 白露は風呂から出ると、使用人が用意した着物を羽織る。

「赦せん……っ! では本物の爛菊は一体どこに……! 爛菊の情報を集めろ!!」

 白露は言うと、ギリリと歯を食いしばった。


 情報はすぐに集まった。

 人狼国の帝が、皇后候補を連れて戻ったと。

「きっとそれが、本物の爛菊に違いない……大神乃帝め……よくも!」

 白露は垂れ耳の巨大な白茶の犬の姿になると、その場から駆け出した。




 千晶(ちあき)(なぎさ)を相手に、囲碁を打っていた。

 今後についての会話をしながら。

 一方爛菊は、退屈そうに丸窓から外をぼんやりと眺めていた。

 するとその窓の外にある縁側から、彼女に声をかける者があった。

「爛菊様。久しく戻られたのです。宜しければご自分が手入れなされていた庭を、ご覧くださったらいかがですかな?」

(おぼろ)?」

「貴女がお留守の間、ささやかながら(それがし)めが、手入れさせて頂いておりました」

「まぁ……そうね。ありがとう朧。ええ、じゃあ早速楽しむことにするわ」

 爛菊は言って立ち上がると、互いに頭を突き合わせて碁を打っている千晶と渚に、爛菊は声をかけた。

「千晶様、渚様。爛は、少し中庭を散策してまいります」

「ああ、分かった」

「今の時期は菖蒲や杜若が美しい頃ですよ」

 千晶と渚の言葉に爛菊はふと微笑んで、部屋を出る。

 しかし気付くともう、そこには朧の姿はなかった。

 きっと偶然側を通りかかったから声をかけただけで、まだ戦略を整えるのに忙しいのだろうと爛菊は察した。

 爛菊の動きに合わせて、数人の女中が姿を現した。

 そうだ。これが皇后ということだ。

 爛菊は、それを受け入れると女中を従えて中庭へと向かった。


 ――「なかなか勝負がつきませんね。兄上」

「ああ。そういう意味では心強い。良い戦力となると言うことだ渚」

「恐れいります」

 千晶の言葉に、渚は微笑む。

 すると突然、何やら遠くが騒がしくなる。

「一体、何事でしょう?」

「……! この気配は……!?」

 渚と千晶が碁盤から顔を上げる。

 そんな二人がいる部屋に、一人の家臣が飛び込んできた。

「申し上げます! 帝、王弟様!!」

 これに千晶が口を開く。

「犬神か」

「はい! 犬神の皇と思しき者が、国内で暴れております! これによる死者も後を絶たず……!!」

「何ですって……!?」

「きっと目当ては爛菊だ」

「后妃が!? では皆に告げなさい。断じて城内に、犬神を入れてはならないと! 行きましょう、兄上」

「ああ」

 千晶と渚は畳から立ち上がると、現場へと急行した。


 現場に到着すると、一人の初老の男が指示を送っていた。

「踏ん張れ皆の者! この先は一歩足りとも行かせるな!!」

 男の言葉に、数十匹もの狼が群となって、巨大な白茶色の犬に跳びかかっていた。

挿絵(By みてみん)

 これに千晶が目を見開く。

「貴方は……十六夜(いざよい)殿!?」

 千晶に名を呼ばれ、初老の男が振り返る。

「これは帝……! 貴方様の手を煩わせはすまいと、ここで足止めをしていたのですが……ご足労、心から申し訳ない!!」

「いいえ、それはこちらこそ……」

 千晶は帝ながらも、この十六夜という男に畏まる。

 白髪の混じる黒髪の男は千晶の前で跪くのを、千晶は慌てるように寄り添う。

「こんな時に、お気遣い無用です十六夜殿。しかしこんなにも早く、貴方が指揮を執られているとは、またどうして……」

「十六夜殿、どうぞごゆっくり兄上と語らいなさいませ。後の指揮は僕が」

 渚は十六夜に声をかけると、戦闘の中心へと駆けて行った。

「渚様……もしかして逆に、面倒をおかけしてしまったか」

「いや、お気になさらず。それより……」

 巨犬に狼が群がっているのを背にして二人は、言葉を交わし始めた。

「いや、実はあの犬神が、私の元へと自分から来たのです」

「十六夜殿の元に……?」

「はい。何でも“爛菊の匂いがする”と言ってね」

「爛菊の……」

「分かっていますよ、帝。私もあの娘の父親です。お隠しになさらなくとも、爛菊の匂いくらいは嗅ぎ付けられます」

 十六夜は小さく口角を上げる。

「いえ、隠していたわけではないのです。実は、爛菊の即位を確実なものにしてから、十六夜殿にはお知らせしようと……二百年前に、俺は貴方を悲しませてしまったから」

「ありがとうございます帝。私は心から嬉しく思っていますよ。この長きに渡り、貴方は我が娘だけを一途に想って頂き、そしてこの度、こうして連れ帰ってくださった。まだ会ってはいませんが、今のうちから娘との再会が楽しみでならない」

「十六夜殿……」

「全ての根源はあの犬神であることも、もう解っています。あの犬神風情が私の妻、月読(つくよみ)の命だけではなく、一人娘の爛菊まで奪った。それが私個人、とても赦せなくてね。寧ろ私と爛菊の匂いを間違えて、こちらに来たことは都合良し。これは私の勝手な復讐でもあるのです」

「そうだったのですか……では、尚の事俺は十六夜殿をお守りしなければ。爛菊は城内にて家臣に守らせておりますから、是非お互いが元気な姿で再会を……」

 千晶は穏やかな表情で十六夜へと答えていたが、ふと彼の、自分の肩越しの向こうを驚愕の表情で見て固まっているのに気付く。

「どうなされましたか十六夜殿……」

 言いながら背後を振り返ると、その遠くに爛菊が佇んでいたのだ。

「――爛菊!? なぜここに……!」

 今度は千晶も慌てる。

「犬神の気配と一緒に……とても、とても懐かしい気配がしたから……つい、ここに……」

 爛菊は歩み寄りながら、そう口にした。


 日本は古来より狼を自然界の神として崇拝していた。

 強く賢い狼は、振る舞いも威厳があり、雄々しい。

 好奇心旺盛で、感情も豊かな狼ではあるが家族思いで仲間も大切にする点で、それを見てきた人間は狼がまるでその理想の姿であったのだろう。

 初めはただの獣だった。

 しかし次第に人は敬意を込めて“大神”と呼ぶようになった。

 しかし文明が進化するとやがて古事記より、人の姿をした“神の上に立つ大神”が登場した。

 これにより人はその区別から、獣の大神として“狼”と書き分けた。

 “オオカミ”という呼び方はそのままに……。

 だがしかし、時代は移ろい近代化していくにつれ、海外から入ってきた一方的な情報により狼は悪とされ、日本狼は駆逐され絶滅してしまった。

 更にそれにより狼信仰も次第に衰退していき、今や一握りばかりとなってしまう。

 よってそれはつまり。


「クククク……弱い。弱いな大神どもよ。昔の最強な力はどうなった。当時は一匹や二匹だけでも我を追い詰めるだけの力があったにも関わらず、今や集団で襲いかかっても我はビクともせん」

 白露は巨犬姿で愉快に笑う。

 そう。狼信仰衰退は人狼――大神族の弱体化でもあったのだ。

「犬神の分際でよくも……!」

 渚は巨犬を睨み上げると不快げに歯ぎしりをした。



十六夜(いざよい)(359歳)……爛菊の実父で、村長でもある。二百数年前に妻、月読を犬神が放った祟りで失っている。千晶の義父にあたる。


狗威獣右衛門白露いぬいじゅうえもんはくろ(338歳)……犬神族の皇。かつては人狼族の配下だったが人間による犬神信仰の手段に理解ができずやがてそれは、次第に人狼族への恨みへと変わる。人狼皇后である爛菊の魂を捕らえ二百年間かけて浄化し、自分の妃に迎え入れ人狼国乗っ取りを企んでいる。

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