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其の佰弐拾肆:水浸地下牢の異変

【登場人物】


雅狼朝霧爛菊がろうあさぎりらんぎく(18歳)……前世が人狼皇后だった人間の少女。二百年間、犬神の皇に魂を捕われて記憶と人狼の能力を奪われ、ただの人の子として現世に転生させられた。神鹿から妖力吸収の力を授かり、再び人狼に戻る為に数多くの妖怪と出会う。


雅狼如月千晶(がろうきさらぎちあき)(327歳)……あらゆる妖怪のトップ大神乃帝である人狼の王で、爛菊の夫。二百年前に妻を失ってからずっと転生を信じて探し続けて、ついに爛菊を見つける。彼女を元の立場に戻すべく、人間界で爛菊の手伝いをする。


雅狼左雲渚(がろうさくもなぎさ)(320歳)……千晶の弟で司とは双子の兄にあたる王弟。丁寧な敬語を主とする。千晶が留守の間は帝代理を務めていた。常に落ち着いた姿勢で周りを見ている。


暁朧(あかつきおぼろ)(年齢不詳)……人狼国で先代から太政大臣を務めていて今は千晶に仕えている。いつも全身を黒の衣装で包む寡黙無表情な性格だが、密かに爛菊を愛していることは司と爛菊以外、誰も知らない。




 地下牢に到着した時、先を歩いていた(おぼろ)が異変に気付いた。

「――(なぎさ)様」

 彼に呼ばれて、渚が駆け寄る。

「どうした二人とも」

 四~五メートル程後ろを歩いている千晶(ちあき)が、渚と朧に声をかけた。

「水が……地下牢を沈めていた水がありません!」

「……ん? それは一体どういうことだ?」

 歩を進めながら千晶は眉宇を寄せる。

「それは……解りません」

 渚は千晶へと振り返ると、頭を横に振った。

(それがし)が見てきましょう」

「ええ。しかし、気を付けるのですよ。中の様子が分かったら念話を使いなさい。それから我々も参りますので」

「畏まりました」

 朧は低い声で静かに返事をすると、中を窺うようにして真っ暗な地下牢へと下りて行った。

 三分程して、朧からの念話が渚に届く。

“確認しましたが、今のところ何の問題もございません”

「分かりました。では我々も参ります」

 渚は答えると背後を振り返り、壁に腕組みで凭れかかっている千晶と、傍らで落ち着きなさげに佇んでいる爛菊(らんぎく)へと声をかける。

「行きましょう。兄上、后妃」

 渚に促されるままに、二人は彼の後に続く。

 中に入ると天井から水滴が滴っていたが、おそらく朧が灯したであろう火の玉で中は薄っすらと、照らされていた。

「足元が滑りやすくなっていますね。気をつけてください」

 渚の言葉に、千晶は背後の爛菊を振り返る。

「手を」

 そうして差し出された千晶の手を、爛菊は握った。

 歩を進めていると、爛菊が小さく声を上げた。

「キャ」

「どうした」

「いえ……ただの水滴よ。冷たくてつい。気にしないで先へ進みましょう」

「ああ、そうか。分かった」

 こうして再び三人は歩き始める。

 やがて奥で佇んでいる朧が見えた。

 何せ全身黒ずくめなので、気付いた時にはもうすぐそこだった。

 辿り着くと渚は、(つかさ)が入っていたはずの鍵のかかったままの牢を掴んで、ガシャガシャと揺らす。

「確かに、鍵はかかったままですね……」

「しかも、某のかけた結界の効力も残っております」

「人間界で出会った陰陽師の娘が、水流道を通したと言っていた」

 千晶の言葉に、渚と朧が彼の顔を見る。

「水流道……ですか?」

堪輿(かんよ)……風水の一つですな」

 小首を傾げる渚に、朧が簡単に答える。

「フースイとは、何のことです?」

「俺も詳しくは分からん。妖怪には無縁だからな」

 すると、朧が静かに口を開く。

「風水とは、無力な人間が自然と向き合い、その力を借りて操る術のことです。主に修行にて得、高めた霊力にて自然の気を司るのが主ですな。天地風水を読み解き、生死をも参考にするとも。霊力によっては式鬼をも統べると聞き及んでおります」

「なるほど……霊力を高めた人の子ほど厄介なものはないと言われているのは、知っています。なぜ、またその陰陽師とやらの娘は、司を脱獄させたのでしょう」

「何でも大神(狼)信仰者で、帝の座は司を推奨しているからだと言っていたな」

「信仰者……我々人狼の歴史を知る存在ですか……」

「ひとまず、中を探ってみてはいかがですかな」

 千晶と渚との会話を窺ってから、ふと朧が口を挟む。

「ああ、そうだな」

 朧の言葉に、千晶が首肯する。

 これを確認してから、朧は片手を牢の前で左右斜めに、交差するように振った。

 するとキンという甲高い音とともに、牢に張ってあった朧の結界が解かれた。

 そして鍵を取り出すと、錠に差し込み牢の扉を開く。

 先に朧が周囲を窺いながらゆっくりと中に入った。

「……問題ありません」

 朧の言葉を待ってから、次に渚が入った。

「地面がぬかるんでいますね」

 渚が足元の泥を気にする。

 朧が中の岩壁をあちこち手の平で触れて何やら確認している。

「今でこそ水滴があるが、その前は水がある環境ではなかったんだろう? 朧」

「はい。こうして見る限り、せいぜい雨などの影響でこの岩壁が湿ることはあったでしょうが、地下牢全体を沈めるほどの水が侵入してくる箇所は――」

 牢の外にいる千晶に問われて、答えながら様子を探っていた朧だったが、パシャンと足で水を踏む音に気付いて彼は足元を見下ろす。

「……」

 黙考して足元を見つめている朧に、再び千晶が声をかける。

「どうした朧」

「は……少々お待ちを」

 朧はそう千晶の言葉を遮ってから、その場に屈みこむ。

 朧はその場にあった小さく浅い水たまりに、手の平を浸す。

 大きさはまさに手の平大くらいだった。

 深さも手の表面が浸かる程度だったが。

 こちらに背を向けていたので、千晶と爛菊と渚には彼の表情は見えなかったが、朧は目を閉ざして何かを探っているようだった。

 しばらくしてから、ようやく朧が口を開く。

「どうやら、この箇所のようですな。ここから人間の気が通った痕跡があります」

 朧は言いながら立ち上がると、その場から少し体をずらしてみんなに見せる。

「そんな小さな場所からですか!?」

 驚きを見せる渚に、千晶はふと口を開く。

「まぁ、式鬼に餓者髑髏(がしゃどくろ)(ぬえ)を操るくらいだからな」

「そんなに大きな霊力を持つ人の娘なのですか!?」

「だが、司に命令されて爛菊の命を狙ってきたから、こてんぱんにしてやったが」

「そうですか……それで、この地下牢を沈めていた水が、突然引いたわけですね」

 納得しようとしている渚に、朧が返答する。

「いや、そうではありませんな。ここの水が引いたのは、その人の子が死したからです」

「え!? 死んだ……!? あの二人が!?」

 今度は爛菊が驚きの声を上げる。

「俺達はその娘らの式鬼を倒しはしたが、殺してはいないぞ。現に立ち去る際に、その者らの生死の気配を確認したがしっかりと生きていた」

 千晶の話を聞いて朧は、小さく首肯する。

「然様ですか。ではその後に、陰陽師の娘らに接触した存在でしょうな。あいにくながら、その犯人までは某には解りかねますが」

 これに爛菊が顔を曇らせる。

挿絵(By みてみん)

「何だか……そうと分かると後味が悪いわ……」

「お前が気にすることじゃあない」

 千晶は言うと、そっと彼女を抱きしめる。

「まさか……司……? いやでも、自分を脱獄させてくれた上に自分を崇拝している者を、果たして……」

 一人考えながら呟く渚に、朧が小さく息を吐く。

「渚様には申し訳ございませぬが、それをするのがあの者です」

 これに今度は渚が表情を曇らせた。

「そうではないことを……せめて一縷の望みとして、祈るばかりです……」

 司とは双子の兄として、そう思いたい渚の気持ちを慮らなくはないが、内心ではやはり皇后殺しの犯罪者として司を信用出来ないのが朧を初め、千晶と爛菊も一緒だった。




「帝がお戻りになられたって?」

「ああ。もうこの国に落ち着くらしい」

「しかも皇后も一緒だとか」

「ついに新しい皇后を迎えられたか!」

「それはめでたいわ!」

「ご婚礼はいつかしら!」

「その時が楽しみだ!!」

 人狼国は千晶が戻った話題でもちきりだった。

 まさか二百年前に死んだはずの爛菊が、転生して改めて皇后になることまでは誰も知ることはなく。




 その日の夜。

「さて……婚礼はいつにしましょうか兄上」

「ああ……そうだな……」

「……」

 和室作りの一部屋で、畳の上に座り渚が難しい顔して尋ねるのを、千晶は険しい表情で答え、朧は無言無表情で腕を組んでいる。

 千晶の隣では、爛菊が不安げに座っていた。

 婚礼――。

 それは千晶達にとって、安易に喜べるめでたい話ではなかった。

 今でこそ司は身を潜めているが、婚礼の日、きっと必ず姿を現す……爛菊を再度殺しに。

 つまりその時に、爛菊をめぐって一国を背負う者同士が争うとなると、それは国民に不安を与えることにもなる。

 絶対に表沙汰にはできないのだ。

「ひとまず某が、少数の腕の立つ者を集結させ、万全の守りを致します。戦力を整える日程さえ頂ければ」

「国民に気付かれぬよう、内密に行わなければなりませんからね……」

「今はまだ司は気配を消してはいるが、きっと必ずどこかで様子を窺っているはずだ」

 朧が静かに述べたことに、渚も自分の思案を口にし、千晶もこれに続くように言った。

 替え玉を用意すれば簡単に思われそうだが、そうもいかない。

 国民の前で婚礼を行うのだが、爛菊が正式な皇后になる為の儀式が待っている。

 その儀式は、爛菊本人でなくてはいけないのだ。

「三日」

 ボソリと朧が口にする。

 これに千晶と爛菊と渚が顔を向ける。

「三日あれば、あの者(・・・)を迎え撃てるでしょう」

 低い声で朧は無表情で述べたが、その双眸には怜悧な光が宿っていた。

 朧は司が二百年前に爛菊を殺害して以来、司の名前を口にすることすら嫌悪している。

「三日か。そうだな。それなら俺達もその気で冷静に向き合うことができる」

 千晶は朧が提案した意見を受け入れる。

「されば爛菊様」

 朧に名を呼ばれ爛菊は彼を見る。

 朧は真っ直ぐに彼女を見つめると、言った。

「爛菊様も、万が一にはあの者に抵抗するお気持ちでいて頂きたい」

 これに爛菊はハッとする。

「その覚悟があって爛菊様は、人の子に転生したにも関わらずこうして人狼に戻られたはず。怯えているだけだったお気持ちは、もう二百年前に死した時と共に、置き去られよ」

「……朧……」

 彼の静かな口調ながらも含まれている力強い言葉に、爛菊は彼の名を口にする。

「爛菊様。貴女はもう、お強い」

 朧の漆黒の眼差しに、爛菊は小さく息を呑んだ。

「されば某はもう今宵、失礼致します。帝も爛菊様も、ごゆるりとお眠りなされませ」

 朧は千晶に頭を下げると、スィと立ち上がって部屋を後にした。



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